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『ほんとうに役立つ情報』
 つくづく思うのですが、ほんのちょっとしたことでも、良質の情報を手に入れていないと、とんでもない失敗をしてしまうことがあります。たとえば、化粧品やエステでも、ほんとうに美容に良いものを愛用していないと、お金ばかり使って、少しも奇麗にならないどころか、とんでもない結果を招いてしまうかもしれません。
 女性でも、やたらと服装が派手で、若作りをしていても、ずいぶん肌が荒れたり、くすんだりしている人を見かけたりしますが、そんな時は「正しい美容法さえ知っていれば、見違えるほど美しくなるはずなのに気の毒だな」と思ったりします。
 そもそも若い人が憧れる結婚ということについても、事前に互いが相手の人となりについて、もう少し正確な情報を持ち合わせていれば、多くの不幸が回避されるはずです。(但し、必要以上の情報を入手してしまえば、誰も結婚しなくなる恐れがあります。)
 健康法でも、そうです。世の中に溢れるほどの健康法がありますが、ほんとうに自分の体に良いことを根気よく実践していれば、ほとんどお金もかけずに、病気知らずの体になるでしょう。反対に、骨折り損のくたびれ儲けの健康法もあります。スポーツ選手も、正しい科学的情報に基づいたトレーニングをすれば飛躍的に記録は伸びますが、その反対のことをやれば、トレーニングに精を出せば出すほど、不調に陥るかもしれません。
 歯医者さんだってそうです。虫歯治療のみならず、歯列矯正などでも、最初に良い治療を受けておれば、生涯にわたって、とても奇麗な歯を維持できるはずです。とんでもない歯医者にかかって、大切な歯を台なしにしてしまうことだってあります。
 ガンなどの深刻な病気になって、どの医者にかかるかとなれば、これはもう生死の分かれ目に立つことになります。月並みな医師なら簡単に諦めてしまう病気にかかったとしても、最新の医学情報と治療設備と技術を持ち合わせる医師に出会うことがあれば、助かるかもしれません。女性の一大事である出産でも、産科医次第で、「何度でも産みたい」と思う人もあれば、「二度と産みたくない」と思う人もあるでしょう。
 現代医学のみなならず、民間療法でも、眉唾ものが多い中で、ほんとうに効果のあるものもあります。それを知るか知らないかで、天国と地獄ぐらいの差が生まれます。医者に見放されても、九死に一生、民間療法で蘇った人は、私の周囲にも何人もおられます。
 日頃の食生活でも、親が食べ物について正しい情報を持っていないと、子育てに大きな過ちを犯すことになります。その子の一生の性格、体質を決定づけてしまうのが、食べ物ですから、これは実に重要な情報です。よく新幹線の中などで、子供に大量のジャンクフードを与えている親を見かけたりしますが、「その子と日本の未来のために、あなたは大きな過ちを犯しています」と説教をしたくなるぐらいです。
 買い物でも、不動産から日用品まで購入対象について正しい情報を入手していなければ、お金をドブに捨てることになります。まさに金融商品なんか、情報次第で泣きを見る人もいれば、満面の笑みを浮かべる人も出てくるわけです。
 どの情報が正しく、どの情報が間違っているかは、簡単に決められないことです。しかし、どの情報がほんとうに自分に役立つかについては、自分で決められるはずです。もし、「町田宗鳳」という情報が、自分の幸福な人生に少しも役立たないと判断されれば、早々にあなたの頭から「削除」すべきです。
 平安末期に生きた法然上人は、膨大な仏教の情報をすべて学習し、どれも正しく立派だけど、この末法の時代には口称念仏しか役に立たないという結論に達し、専修念仏を始められたわけです。そういう彼の教えに従って、乱世であるにもかかわらず、救われた人が続出することになりました。
 ただ、平安末期の社会には役立つ情報だったとしても、21世紀の現代に役立つかどうかは保証のかぎりではありません。宗教家というのは、そういう情報更新を拒否することによって成立している職業のことですから、彼らの言説を冷静に点検するだけの批判的眼(まなこ)をもって臨まないと、信仰をもつが故に、ますます心が暮れてくるということもあります。
 情報化社会に生きる私たちは、ほんとうに役立つ情報を選別しないと、とんでもない過ちを犯してしまいます。たいていの情報は産業廃棄物並みに厄介な存在ですが、中には宝物に匹敵するものもあります。
 そういう良質の情報に出会うためには、まずそれを真摯に求めるという態度が大切だと思います。仏教では、それを初発心(しょほっしん)といいますが、それを強く持てば、必ずどこかで、自分にほんとうに役立つ情報に出会うはずです。(2010・4・20)