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『自分というアリ地獄』
 私たちは、大なり小なり、目に見えないアリ地獄に陥っているようなところがあります。ここでいうアリ地獄とは、家族、仕事、健康、金銭、人間関係などの現実的問題に起因する悲しみ、苦しみ、焦りのことです。浅い穴もあれば、深い穴もあります。
 誰でも、そこから一刻も早く、這い上がりたいと思っていますが、現実は中々そうはいきません。苦しみから逃れたいと、足掻けば足掻くほど、ズルズルと深みにはまっていきます。希望がない生活です。
 ところが不思議なことに、そこにアリ地獄があると思っているのは、そこで足掻いている当人だけなのです。第三者の眼には、アリ地獄など、どこにも存在していない場合が、ほとんどです。ということは、アリ地獄は誰が掘ったのかといえば、自分なのです。そこには、自分が掘った罠に、みずからハマって苦しむという、おかしな構図が存在しています。
 果たしてアリ地獄から脱出する方法は、あるのでしょうか。答えは、否です。アリ地獄は、一度ハマったら、抜けられない恐ろしい世界なのです。もうお陀仏を覚悟したほうがいいのです。
 万が一、救いの道があるとしたら、アリ地獄の原因となっている自分の思い込みを外す以外にありません。ところが、思い込みというのは、自分が自分で抱え込んでいるものですから、それが思い込みであると気づく人は、稀です。
 そういう私にも、自分で気づいていない思い込みがいっぱいあり、それがゆえに自分で担がなくてもよい苦労を担いでいるような面があります。自業自得です。「先生」と呼ばれるような分際ではありません。
 思い込みの核心にあるのは、自我です。この自我ほど、厄介な代物はありません。死んでも、自我にまとわりつかれている人がいます。だから、幽霊というのが存在するのです。
 反対に、自我という幻想が消えてしまえば、あらゆる思い込みが外れていくことになります。それができるかどうか、それも自分次第ということになります。そのためには、自分の小ささや醜さに気づけるほどの精神的高みに、自分を置くのがいちばんです。
 では、その精神的高みが、どこにあるのかということになりますが、こればかりは答えようがありません。ただ言えることは、今いる場所から、一歩踏み出ることが大切だということです。一歩踏み出ることも、結構、勇気のいることですから。
 せっかくの短い人生ですから、眉間に皺を寄せるような生き方は、なるべく早く卒業して、嬉しく楽しく、伸びやかに生きていきたいものです。(2010・9・15)
 

 

「精神の高みへ」