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『ついに日本の出番がやって来た』
(講談社+α新書、今夏刊行予定)
  二〇一一年三月十一日、マグニチュード九・〇という誰も予測していなかった大地震が三陸沖に発生しました。そして間髪を置かずして、約五百キロわたって、東北地方の沿岸部に巨大津波が襲いかかり、推定されるだけで約三万人の人命を呑み込み、いくつもの町や村が幻のように消えることになりました。
  それだけでも大きな悲劇ですが、この地震が想像を絶する大惨事となってしまったのは、福島第一原子力発電所から広範囲にわたって放射能が漏れ出したことです。その瞬間、官民一体で作り上げられた原発の安全神話が脆くも崩れ去ってしまいました。
 この事故によって地元民や作業員に被爆者が出ただけでなく、海水や土壌まで高濃度の放射能汚染を受けることになり、日本列島全体、いや全世界に悪影響を及ぼすことは不可避です。
 福島原発事故というのは、想定外の規模で襲ってきた津波による突発なものとは言い切れません。原発建設の決定から始まり、設計・施工・操作のすべての段階において、人間の間違った判断が複合的に重なって起きたものです。こんなことが起きると想像もせずに、原発誘致に躍起になった地元の人たちもいたはずです。「では、その責任者は誰なのか」と、今さら魔女狩りを始めても何の意味もありません。
 今なすべことは、ただ一つ。未曾有の危機感を国民全員で共有することです。自分の住んでいるとことには、放射能が飛んで来ないから安心だ、と考えるのは、完全に間違っています。放射能が直接飛来しなくても、知らないうちに口にする肉、魚、野菜が汚染されていて、体内被曝を受ける可能性も大です。そうなると、多数の国民が重篤な疾患にかかることになります。
 もっと現実的なシナリオは、放射能汚染を含む震災の規模があまりにも大きく、大企業から零細企業までバタバタと倒産し、日本経済が行き詰まることです。そうなると税収は見込めなくなりますから、それでなくとも巨大な借金を抱えている国家財政がいよいよ逼迫します。
 また政府が慌てふためいて、早期復興を理由に赤字国債を乱発してしまうと、国内ではそれを消化できないことになり、それに感づいた海外の機関投資家が、日本の国債と株の売り投げに走ります。そうすると日本経済は完全に破たんし、昨日までふつうの生活をしていた者まで、路上をさまようことになります。
 今、日本は綱渡り状態です。この凄まじい危機感をまず一丸となって共有しなくてはなりません。なのに、政治家は自分たちの保身ばかり考えています。選挙のたびに「国民のために」と絶叫する彼らが、どうして真っ先に震災現場に入らないのでしょう。
 とくに原発関連ポストの大臣や地元政治家は、東京で作業服を着るというジェスチャーを見せるだけではなく、現場で防護服に着替えて作業員と共に働くべきです。そういう決死の行動にでる政治家がいれば、国民の意識は一気に変わります。この原稿を執筆している四月後半において、大連立内閣の可能性も囁かれていますが、誰もがどうすれば自分の党に有利かみたいな計算ばかりしています。情けない話です。
 この国難は、海抜下にあるオランダで言えば、土手に大きな穴が開いたようなものです。今は、その穴をふさぐことに一秒一刻を争うのです。誰のせいで、こんな穴が開いたのかなどと議論している暇はありません。ともかくあらゆる情報と技術と人力を集めて、その穴を閉じることが、先決です。作業に直接参加できない私たちは、祈るという応援の仕方があります。その祈りは、節電・節水・節食という具体的な形を通じてなされなくてはなりません。
 メディアも、局所的で断片的な情報は頻繁に流していますが、この危機の本質を迅速に国民に知らせる使命を果たしていません。いつまでも野次馬根性から抜けることができないのが、日本メディアの悲しさです。テレビは、相変わらず劣悪なお笑い番組を放映しています。ポンペイ火山が爆発した時、市民が享楽に耽っていたことを思い出してしまいます。
 私は本書を、いたずらに危機感を煽るために書こうとしているのではありません。深刻な危機感を読者と共有した上で、私が訴えようとしているのは、日本には「追放と復活」という「文化の祖型」があるということです。この試練をみんなで乗り越えれば、その先に希望の光が差しています。
 フクシマを「折り返し点」として、人類文明は大きく方向転換をすることになります。でなければ、バベルの塔のように、文明は崩壊します。「折り返し点」に立たされた日本には、大きな使命があります。どこか大げさに聞こえるかもしれませんが、それが比較文明学者でもある私の確信です。
 国民も東日本大震災という痛みを謙虚に、そして素直に受け止めることができたなら、必ず日本は今までよりも、はるかに住みやすく楽しい国になります。そのことを一人でも多くの人に伝えたくて、緊急出版という形で本書をしたためることにしました。「はじめに」より(2011・4・11)

「バベルの塔」