【更新は不定期。】

『宮古の感動』
   学士号から博士号までの学位を得、晴れて卒業していく町田研究室の学生たちを見送った後、私も息抜きの旅に出ることにしました。行先は、沖縄の宮古島でした。以前、何人かの人たちから、とても霊的な島だと聞いていただけで、まったく何の計画もなく出かけたのですが、冒頭から不思議体験の連続でした。
 まず、レンタカー屋のお兄さんから、「ウチの近くには、パワースポットがあるんですよ」と言われて、さっそく訪ねてみると、それは定吉さんという老人の家にある石庭のことでした。定吉さんが、みずから鍾乳洞から掘り起こした円錐形の岩が南国の花々や木々の間に無数に点在する不思議な空間でした。一体どのようにしてこのような巨大な石を掘り起こしたのか・・・。思わず、トルコのカッパドキアを思い出したほどです。
 その後通りかかった、さとうきび畑の入り口に立つ「津嘉山荘」と書かれた古い看板に誘われるようにして奥へ奥へと入って行くと、千代さんという元気いっぱいのお母さんが、1000キログラムのニンニクを黒糖漬けにしているところに出くわしました。「アッハッハッハッハー」と大声で笑い続ける千代さんは、一週間に一個食べれば元気モリモリ!という「丸ごとニンニク漬け」を、私に一度に五つも食べさせてくれました。そして夕食には、千代さんお手製の心のこもった宮古の郷土料理を美味しく頂くことができました。千代さんが、「定吉さんの石庭に行った人は、なぜかウチにも来ることになるよ」と言われたので、それも又不思議なご縁だと思いました。
 以前沖縄に来た時は、研究目的でユタに会い、話を聞いたりしたのですが、今回は偶然が重なり、ツルさんという上品なユタにお会いすることができました。仏壇の線香に火をつけながら、ツルさんがいきなり「アンタは、本書いとるね」と言われたので、びっくりしました。そして、「定吉さんの石庭は宮古のヘソだから、とても大事な場所だ。よく見つけたね。アンタは、世界の中心である宮古のことを本に書いてくれ」と頼まれました。
 常識を超えた発想力をもっていたスティーブ・ジョブズのニックネームは、「現実歪曲空間」だったらしいですが、宮古もまさにそのような感じで、どこからか人がふと現れて、なにかブツブツと私に語りかけ、必要なことを教えてくれたのです。沖縄は御嶽(うたき)という拝所の多い場所なので、その幾つかを訪れて、「ありがとう」の感謝念仏をしたのですが、そのつど目に見えないものに導かれているような気がしました。
 その極めつけは、竜宮城という鍾乳洞でした。ドライブ中にたまたま立ち寄った小さな商店で、おばあ(島の言葉でおばあさんのこと)から「鍾乳洞に行きなさい」と言われ、走っていると、海岸沿いからいくつかのシーカヤックが見えました。自分も降りていくと、まさにこのツアーの行先が何と海中の鍾乳洞だったのです。
 しかも、ちょうど次のカヤックツアーが始まる時間で、じつに予約もなしに、仲間に入れてもらうことができたのです。私も世界各地の海を見て来ましたが、宮古島ほどコバルトブルーがあざやかな海も珍しいと思います。そんな透き通るような海の中をカヤックを漕ぎながら進んでいくと、案内の人から小さな洞穴の前で、「海に飛び込め」と言われたのです。
 洞窟の中に入って、びっくり。目の前に丸みをおびた巨大な石灰岩が、まるで生き物のような柔らかさを帯びながら、波に洗われています。洞窟の外から差し込んでくる太陽の光に照らされて、ややピンク色をおびた巨岩とコバルト色の海が、なんとも言えない神秘的な空間を作っています。思わず手を合わせ、感謝念仏をしていました。
 しかし、驚くのはまだ早いことがすぐに分かりました。その岩の横に梯子をかけ、よじ登っていくと、クリーム色をした鍾乳洞が広がっています。懐中電灯で照らしてみると、足元は美しい大理石の階段のようになっていて、その上を透明な湧水が踊るようにして流れていきます。上を見上げると、無数の鍾乳石が垂れ下がり、ゴシック建築のような荘厳さを漂わせています。ところどころ深みがあり、そこを泳ぎ切ると、洞窟の最奥に到達します。
 国内・海外を問わず、深い森の中に入って行ったりすると、「神がそこにおわします」という空間があったりするものですが、そこでもまったく同じ感覚を持ちました。さらに驚いたのは、ハブの七十倍という猛毒をもつ海蛇があちこちにトグロを巻いて、岩陰に冬眠していたことです。
 地元の人たちは、竜宮城は海の神がいます場所と考えているようですが、まさにその海の神が蛇体という形をとって、「そこにおわします」という感じでした。知らぬ間に、私の口から出てくる感謝念仏が不動明王真言に変わっていました。こんなに深い感動を味わったのは、久しぶりでした。
 思い着いたように出かけた宮古でしたが、幸運な偶然が重なり、じつに味わい深い旅となりました。いま執筆中の『異端力』(祥伝社新書)という本の後には、『縄文力』という本を出す予定にしていますが、今回の宮古の不思議体験は、「海の縄文力」を学ぶために、あらかじめ用意されていたような気がしています。(2012・4・1)



「ご神体」




「千代さんと」


「折々の言葉」バックナンバー