【更新は不定期。】

『石巻の奇跡』
  震災後、四度目の東北行脚をして来ました。仙台で二回目となる「風の集い」には、今回も被災者の方々が参加してくださり、出来たばかりの日めくりカレンダー「風の便り」を無料配布しました。嬉しいことに、旧友の東北大学教授・安田喜憲氏も参加してくださって、東北復興のために団結を誓い合いました。
 現在執筆中の小説『浄光の海』で、真っ黒な津波の中で光の観音菩薩に救われた主人公として登場される大森早苗さんにも、お会いすることが出来ました。お会いするたびに触れる、その温かいお人柄にはいつも心打たれます。しかも、彼女の仮設住宅に泊めてもらうという、部外者にはあり得ない貴重な体験を持つことが出来ました。
 今回の旅で特筆すべきは、二人の被災僧侶にお会いしたことです。お一人は、ひときわ被害のひどかった石巻市長面の龍谷院のご住職斉藤師です。あっという間に住居ごと津波に連れ去られ、一晩中、真っ暗な海の中を行ったり来たりしながら、沖合に流されそうになるたびに、電信柱に建物がひっかかって難を逃れ、最終的には観音菩薩が祀られている本堂の横に建物が漂着して助かるという、これまた奇跡を体験された方です。
 目の前で、檀家さんが低体温で水中に沈んで行くという光景を目の当たりにしながら、一命を取りとめられたのは、その後の使命があったからです。壊れた本堂の中から供養の米袋と、大きな鐘を発見し、墓石を組み、その上に載せた鐘を釜にして、玄米粥を炊かれました。そのおかげで、完全孤立の二日間、寺の裏山に避難した二百人が生き延びることが出来たのです。その体験談は、小説よりも奇なりですが、私の小説にもドラマチックに登場して来られます。
 もうお一人は石巻市門脇町の西光寺副住職の樋口師です。門脇小学校は、津波後、建物全体が炎上したことで有名ですが、その一帯だけで五百名あまりの方が亡くなっておられます。そのため付近一帯で、やたらと幽霊話がささやかれ、地元の人もあまり寄り付かないと聞きました。あまりにも急な出来事だったために、この世を去ったことにすら気づかないでいる亡霊が多いのかもしれません。
 そういう話を耳にした私は、さっそく現場に向かい、供養の読経と感謝念仏を唱えたのですが、帰途、偶然見つけたのが、西光寺です。海岸近くの平地にあるお寺がほぼ無傷で残ったのが、不思議でなりませんでしたが、なんと押し寄せる瓦礫がダムとなり、お寺を守ったのだそうです。ご本尊は阿弥陀仏ですが、日頃から檀信徒が熱心にお念仏を称えておられた功徳かもしれません。
 樋口師はつねづね、訳のわからない漢文のお経を唱えるのではなく、檀信徒と共に和文のお経を唱えるように努めるという「異端力」の持ち主ですが、震災直後も、毎日のように発見される遺体に正面から向き合い、ねんごろに供養して来られた勇士でもあります。ちなみにプロの僧侶でも、あまりにも惨い遺体を連日、目にするうちにPTSD(外傷後ストレス障害)を受けてしまうそうですが、樋口師は号泣しながら、読経を続けたそうです。
 そして私にとって今回の旅の極めつけは、西光寺で飼われているトイプードルの「オリーブちゃん」です。本堂で阿弥陀様の前に坐る私のひざにスッと入って来て坐り、お念仏を称えながら木魚を打つ私の右手に、なんと自分の手を添えて、最初から最後までずっと一緒に打っていたのでした。こんな犬は見たことも、聞いたこともありません。ホトケの使いとしか思えません。これから私は、刷り上がった「風の便り」を携えて、東北通いが続きそうですが、いちばん再会したいのは、「オリーブちゃん」です。
 11月には福島で「風の集い」が計画されていますので、ぜひ福島地方の友人知人にお伝えください。また被災地での無料配布用に、日めくりカレンダーを一括購入して下さる方がございましたなら、ぜひご一報ください。一冊600円ですが、二十部以上の購入で一冊500円となります。内容は、逆境に生きる人々への励ましの言葉が綴られています。私の東北行脚には、皆さんのお力添えが必要ですので、どうぞよろしくお願い致します。(2012・9・1)



「龍谷院住職夫妻」




「日めくりカレンダー」


「折々の言葉」バックナンバー