1章 はじめに

木村公一・小野寺真一

 

 1997年地球温暖化京都会議以降、21世紀を目前に控え、地球環境問題に対する注目は急速に高まってきた。議長国であった日本も1990年のCO2排出レベルの6%削減を積極的に打ち出した。その後,マスコミでは,企業のCO削減にむけた取り組みを積極的に取り上げ、「地球環境」というテーマの数多くのドキュメンタリー番組も制作された。また、選挙においても、もはや「環境」を語ることが票の獲得につながるとまで論評されるようになった。すなわち、我々日本人の中に「地球環境」は広く根付きつつあるといえる。しかし、広島県としてみたとき、どうであろうか。

 広島は,歴史的に見て常に日本の中心であったというわけではないが、古くから山陽道を通して人の往来があり、特に陸域においては平安期以降厳島神社の影響で、また、江戸期以降たたら製鉄や塩田の影響で森林の利用が盛んであったようである。ただし、独特の山の管理制度(佐竹,1999)により,村単位及び地区単位で管理し全山が禿山化していくことを防いでいたようである。また、稲作や畑作などの農業も盛んであり,そのための水源として溜池が古くから地区単位で利用されてきたようである。このように、かつては自然との共生が積極的に行われてきた地域であるといえる。しかし、現代に至っては,瀬戸内工業地帯の発展にともないその影響が大気や水域環境に及んできた。赤潮の発生件数は減少傾向を示すものの,1999年のマスコミの資料によれば,大気汚染のレベルが広島県で改善の兆しがないことを示していた。また、昭和61年から平成8年の10年間における土地利用形態の推移をみると、森林が55平方キロメートル(0.9)、農地が103平方キロメートル(13.0)減少し、荒廃地が24平方キロメートル(54.5)、宅地、事務所・店舗など都市的土地利用、レクリエーション用地が増加している。この結果,自然生態系のバランスが崩れ、動物122種、植物178種、合計300種について絶滅のおそれがあることが明らかとなっている。すなわち、広島では、自然との共生関係に陰りがみられ、かつての積極的な共生関係は失われつつあることが明らかである。

これに対し,広島県としては,廃棄物を削減するための循環型社会の構築を目指した「ゼロエミッション」の提案とともに、環境学習の推進を宣言している。特に、瀬戸内海の保全を強調している(平成11年度広島県環境白書)。全般的に環境庁の提案(平成11年度環境白書、環境庁)と一致している。そのため、特に広島としての問題の掘り下げは十分とはいえない。また、現在の施策には具体的な方向性はなく,21世紀に多くの課題が棚積みの状態である。特に、環境学習という点について、市民レベルの視点からの議論が十分でないため,具体性に乏しいと考えられる。すなわち、現在広島における市民レベルでの環境問題の掘り下げが重要であり,なおかつ、具体的で現実的な議論が必要とされる。特に,将来を語る際には、20世紀の既成概念を引きずった議論ではなく,視点または論点の変革が必要である。その点では,自治体レベルの議論と相容れない点もあろうかと思うが,より自由な立場での議論も望まれる。

本成果本は、広島大学総合科学部「教養ゼミ」という1年生前期開講されるセミナー形式の授業のレポートを取りまとめたものである。本ゼミのテーマは「21世紀に残したい広島の自然環境」である。これに対し9人の学生が後述するような各課題に取り組み,多くの議論を経てまとめあげた。この間、各々がいわゆるフレッシュマンとして、既存の多くの文献を紐解きながら、広島の自然をあらためて直視した。その中で,多くの新鮮な発見と問題を見出した。これらは、先の県の報告書に出ていないようなことである。もちろん,専門性はきわめて低く扱った範囲も狭いが、その中での議論は将来の広島にとって重要な視点を数多く含んでいるといえる。広島への環境意識の普及に向けた市民レベルでの試みの成果として、本成果本の意義は大きいといえる。

さて、本成果本の特徴として先に述べた内容の他に以下に上げる構成がある。各々に与えられたテーマは大きく2章と3章の2つに分けられる。2章の「20世紀から21世紀に向けての広島の自然環境を見つめて」では広島の自然環境を概説し現在の問題点を掘り下げ、3章の「広島の自然環境」では我々がこれはと思う広島の自然環境を様々な切り口で取り上げ議論した。

まず2章だが、2章は「20世紀から21世紀に向けての広島の自然環境を見つめて」という大きなテーマの下に4つの項目が設けられている。1番目は「日本の中の広島、世界の中の広島とは −広島の自然環境の特徴」という項目だが、ここでは広島県の大地がどのようにして形成されたのか、また広島の森林や地層などはどのような構成になっているのか、ということなどをかなり大きな視野に立って検討している。2番目の「どこを残したいか?残すべきか、 ―広島駅前の一般市民の声」という項目では、広島駅前と宮島において行われたアンケート調査の結果より得られた一般市民の自然環境に対する意識の高さや一般市民の広島の自然環境に対する認識度などの情報をもとに21世紀を迎える上での課題について検討している。3番目に「20世紀の総括、−広島の環境問題と自然破壊」という項目が掲載されているが、ここでは20世紀における環境問題の変遷と環境状態を日本と広島とに分けて考えることで、広島で特に深刻化している環境問題や自然破壊について検討している。そして、4番目は「21世紀の展望、 ―広島の人間と自然との共生の道は?」という項目であるが、この項目は担当者が考える自然との共生の方法が記載されているために他の項目とは異質であり、かなりユニークな項目となっている。

次に3章であるが、この3章では「広島の自然環境」というテーマに関する5つの項目が設けられている。1番目の項目として「瀬戸内海 ―自然の恵みと開発」ということが記載されているが、ここでは、瀬戸内海に生息する生物、瀬戸内海の開発と環境を調べることで、今後瀬戸内海という自然環境を保全していく上での課題を検討している。2番目に「宮島 ―世界遺産の島」という項目だが、この項目は「宮島」の自然環境があまり知られていない現実から、実際に宮島に見学に行った時の疑問点や宮島の歴史や植物などを調べることで「宮島」のことをよりよく知ろうという目的に沿って作成されている。3番目に記載されている「太田川 −日本名水百選、珍魚の里」という項目であるが、ここでは、太田川の歴史や自然などについて検討しており、特に太田川に生息する絶滅危惧種の魚に関してかなり詳しく扱っている。4番目の項目は「中国山地 −八幡湿原、林業の里」というものであるが、ここでは、中国山地の気候や中国山地に生息する生物や森林、そして中国山地の林業などについて調べることで、中国山地が抱える環境問題とその対策について検討している。最後の項目として「ため池 −共生のシンボル」があるが、この項目ではため池に生息する動植物、そして東広島市のため池などを調べていく中で、今後のため池の保全の課題などを検討している。

本書は、上述のように2章と3章に分類されているが、実際にはすべて密接にかつ有機的に関係しており、広島の自然環境を知る上ではどの項目も欠かすことはできないと思われる。そのため、各章の興味のある部分だけを読むのではなく,全体を通して読まれることを切に希望する。一方で,各節においてまだまだ議論の不足している部分や稚拙な部分も数多くある点、また、広島の自然環境を語る上で国立公園に指定されている瀬戸内海の話題が少ないという内容にやや偏りがある点は、お詫びしたい。しかし、いずれも編者の趣向が反映されたものであり,あくまでも既成概念にはとらわれないという意図をご理解いただきたい。また、この本は、おそらく我々でなくともできたに違いないものであり、あくまでもひとつの試みに過ぎない。そのような中でも、広島の自然環境について興味を持ったり、よりよく理解したりする上で多少なりとも役立つことを大いに期待する。

 

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