まえがき
小野寺真一(広島大学・総合科学部)
「我々は,広島のことをどのくらい知っているのだろうか?」「また,どのくらいの人が広島の自然を気にしているのだろうか?」「もし、気にしていないとしたら,我々に何ができるのだろうか?」と、21世紀を目前に控えた1999年暮に漠然と考えていた。このような疑問を解き明かしたい、さらには,より幅広い人々にその現実を広め共感したいというのが,この教養ゼミならびにゼミ成果集のねらいである。
世の中では,「環境」に関連して「自然との共生」、「循環型社会」といったキーワードが目立つようになってきた。CO2削減問題に絡み,地球規模での議論が盛んに行われるようになってきた。しかし、例えば大気汚染が一向に改善傾向の見られない広島では、同様の議論が十分にされているとはいえない。地球規模の環境について議論した成果をトップダウン形式で広島に当てはめるという考え方も確かに成り立つが,広島には固有の特性もあり、適用できない部分も多くあるものと考えられる。すなわち、広島について独自の議論をしておくことは極めて重要である。以上の点から、本成果集の意義は少なからずあると考えられる。とくに、21世紀における広島県民及び日本国民の意識改革に繋がることを期待したい。本書は、好奇心旺盛な若い世代が自分たちの時代である21世紀を考えるという点で,極めて新鮮でかつ斬新な内容であると信じている。ただし、あくまで大学1年生が主体となり作成したものであり、内容の専門性は必ずしも高くない。専門性の高い部分については,参考書を示してあるのでそれらを参考にしていただきたい。
ここで、本テーマにたどり着くまでの背景に関して、教養ゼミという広島大学の教養的教育システムとともに説明をしておきたい。
21世紀まで1年を残す2000年正月は,Y2K(コンピューターが2000年を認識できないことで引き起こされると想定された問題)問題で幕があけた。その被害自体は予想に反しほとんどなく拍子抜けの感があった。私自身は正月早々大学の研究室にいて、Y2K問題を気にしながらも、来年度広島大学総合科学部で担当する教養ゼミ(1年生前期の必修科目で、あるテーマに基づいて各自が調べたことを発表する演習形式の授業)のテーマを考えていた。経験のある先生方からは「気楽にやってください。」と言われたものの、自分自身が毎回やる気になるテーマが欲しかったため悩んでいた。研究室のかつて教養ゼミを経験した学生にも相談したが,答えは簡単に見つからなかった。
その頃,NHKでは「21世紀に残したい日本の風景」募集というシーンが流れていた。時がちょうど2000年正月で、21世紀がいよいよ現実味を帯びてきた時期であるだけに,適切なテーマに思えた。そこで、この「21世紀に残したい」という枕言葉をいただいた。一方,私自身,広島の正月はこれが2回目であった。初めての地である広島のことを詳しく知りたいと思っていた赴任当時の気持ちとは裏腹に、自分の研究と授業に追われ広島のことはまだ何も知らなかった。「もっと知ろう」という正月の気分が,「広島」という地域に限定された要因である。ただし、「21世紀に残したい広島の風景」では物足りない印象であった。そこで、これまでの自分のポリシーとなる部分で味付けをすることにした。その一部が冒頭の素朴な疑問である。
私自身の通常の授業科目は、教養科目として「物質循環と地球環境」、「自然環境形成学(A,B)」の3科目(半期)と専門科目として「第四紀学」(半期)を開講している。それぞれの中で,私は学生に対し共通のメッセージをこめている。それは、「自然との共生」と「自分自身のオリジナリティーの追及」である。「自然との共生」は,20世紀の人類が残した21世紀へのメッセージである。すなわち、人類にとって20世紀は飛躍的な進歩を遂げたが,一方でその弊害に気づき,限りある地球という真の価値に気づかされた時代である。20世紀後半、生活水準の向上にあわせ自然破壊と大量消費を繰り返し,自然災害を克服すべく科学技術の限りを尽くした。その結果、地域の公害から地球環境問題へと規模が拡大し,行き場を失った大量の廃棄物を生じダイオキシンなどの新たな汚染物質が出現し、また、阪神大震災では高層マンション等がもろくも崩れ、昨年の集中豪雨では広島で多くの土石流が発生し自然災害に見舞われた。限りある地球で人類が21世紀以降も生活していくためには,自然との共生は不可欠である。この考え方は,多様な視点からものを見るいわゆる「複眼的視野」が根本にあり、総合科学部の理念とも一致する。また、この複眼的視野を育てながら個性を磨くことは,「自分自身のオリジナリティーの追及」に至るものであると信じている。21世紀を目の前にして,学生の就職状況は相変わらず厳しい状況である。このような困難な時代こそ,視野の広い「個性」を育てることが極めて重要である。
以上の結果、教養ゼミのテーマが「自然との共生」という思いを込めて「21世紀に残したい広島の自然環境」に、今年3月になってようやく決まった。私自身はとても満足で、これなら私もやる気になると思った。しかし、肝心の学生が興味を持って来るかどうかが問題であった。結果的には人数調整のため9人(平均9〜10人)になったが,第一志望の学生は3〜4人と予想通り少なかった。とまどう彼らに対し,私は,成果集を出版すること(インターネットホームぺージ公開は6月頃提案)を提案し,目次を考えさせ各自の担当する章を決め、出版を目標にスタートした。メンバーの個性は意外にも豊かであり,各章ともとてもユニークな内容になったと思う。と同時に、それぞれの個性が将来を切り開いていくために今後も磨かれ,この成果集がその礎の一部になることを祈りたい。一方で,私自身もこの教養ゼミに対し、広島をより知るきっかけとなり,今後の研究上の課題だけでなく社会的な課題も整理するきっかけとなったことを感謝したい。
私は,人類にとっての21世紀とは、人生で言えば熟年期(壮年期)に例えられると考えている。悲観論者の多くは人生末期に例えるだろうが,熟年期とした所以は,まさに「自然との共生」という考えにある。熟年期は、陰りの見えた体力を知力で補う時期であり、現在の「自然との共生」という考え方に一致する部分が多い。私自身の人生も熟年期への転換期でもありとてもよい経験となった。人類も、広島県人も、私も、よりよい熟年期を目指したいものである。
現在、以下のアドレスでホームページとして公開している。
http://home.hiroshima-u.ac.jp/sonodera/21c/21index.htm