メンバーからの便り


 この浮穴研ホームページは、浮穴が空き時間やリフレッシュがてら気ままに書いていますが、研究室メンバーからのコメント、メッセージ、思いや状況報告を発信するページを作りました。メンバー自身の思いが伝われば良いと思います。ここに彼らの文章を貼り付けるだけで万感胸に迫ります。

越智祐太(平成27年度B4、平成28年度~M)「出遅れた感が...」2017.4.30
 浮穴研に配属されて丸2年が経ちました。就活に挑むに当たり、過去を振り返り、自分を見つめ直す機会ができたので、思うところを書いてみたいと思います(本来は、卒論が終わった時に何か書く予定だったそうですが…タイトルの由来通り出遅れた感があります)。
 私が浮穴研へ入りたいと思ったきっかけは、浮穴先生の専門の学生実習でした。アンジオテンシンⅡを脳室内へ投与すると、ラットたちが一斉に水を飲み始めた光景は今でも鮮明に覚えています。高校のときに物理選択生であった私は、「生物が物質により制御されている様子」を目の当たりにし、衝撃を受けたとともに、もっと「生命活動のメカニズム」を知りたいと思いました。そこで、「摂食中枢から見つけた新規物質が生体内でどのような機能を有するか」という魅力的なテーマのもと、「摂食行動」に着目して研究を行っている浮穴研究室への配属を希望しました。
 配属当初は、情報の嵐でした。研究室の先輩方が積み重ねてきた解析データやそれに関連する論文を読み漁り、少しでも皆のディスカッションが理解できるように努めました。今思えば、もっと積極的に先輩達の実験も見学させていただいて、「技」を盗んでおけばよかったなと思います。浮穴研究室では、新規遺伝子を発見後、動物を用いた「行動薬理評価チーム」とそのための「ペプチド合成チーム」に分かれており、配属されたのが私一人だったため、やりたい方のどちらかを自由に選ぶことができました(男性は基本「行動薬理評価チーム」らしかったのですが)。私は、両方ともに興味があり、どちらもやってみたいと思っていましたが、決めきれずしばらく悩んでいました(チャレンジ精神が旺盛なのか、優柔不断なだけなのか…)。しかし、先生にその意を伝えると、両方させていただくことになりました。
 その後は、ペプチド合成のいろはを益田さんに教えていただきながら、鹿野さんのご指導の下、動物実験の経験を積みました。動物実験では、脳室内投与手術を行うためにラットを脳定位装置に固定します。目的の場所に投与をするためには、ラットの脳がきちんと、水平に固定されなければなりませんが、とても難しく、最大の難関となりました。鹿野さんがお手本を見せてくれるのですが、最初は見るだけでは全くコツをつかむことができませんでした。一人で四苦八苦している私の横で、それでも鹿野さんは付きっ切りでアドバイスをしてくださいました。時折、横で黙って実験をしてくださり、「背中で語る職人」のようで、「将来こんな先輩になりたいなぁ」と思ったことを覚えています。これらの実験も、一度コツをつかむと、鹿野さんが見せてくれようとしたテクニックがわかるようになりました。また、浮穴先生直々に形態学的解析の「観察眼」をご教授していただき、スライドを観察する「目」には少しずつ自信がつくようになりました。
 そうこうしているうちに、半年が経ち、後輩が一人できることになりました。一学年下の後輩達の年から学部の制度が変わり3年後期から研究室に仮配属するようになりましたが、正直、いい先輩になれるか不安でした。多くの実験手技について、まだまだ人に教えられるレベルではありませんでした。今でも「いい先輩」であるかわわかりませんが、修了するまでには何か残してあげられるような存在になりたいと思っています。そのあとは「卒論」や「学会発表」など、様々な貴重な経験をさせていただきました。卒論発表では、松浦さんや加藤さんにもお世話になりました。へたくそな私の発表練習に、何度も付き合ってくださり、ほんとうに感謝しかありません。そして大学院生になり、研究員の古満さんの協力もいただきながら、自分で作ったペプチドを用いてラットへの投与実験を行い、解析するところまで一人でできるようになりました。壁にぶち当たることも多々ありましたが、浮穴先生や岩越さん、先輩方のフォローのおかげで、何とか今までやってくることができました。研究は期待通りいかないことも多いですが、節目ごとに面白いデータも出すことができているので、今後の展開が楽しみになってきたところです。
 そして今、私は就職活動に勤しんでいます。就職活動では、「出遅れた感が、、、」とならないよう精進していますが、いくら頑張っても心が落ち着くことがありません。しかし、持ち前の粘り強さでこれからも精を入れて取り組み、なるべく早く就職先を決めて残りの大学院生活で少しでもいい成果を上げられるよう、頑張りたいと思っています。(浮穴コメント:越智君、オチは?)

齋藤鷹也(平成28年度B4、平成29年度~M)「美味しいとこだけ、全部ゴチになりまーッス!!」2017.3.22
 浮穴研に配属されてから早いもので一年半が過ぎました。卒論発表も無事に終わったのでこの一年半を振り返ってみたいと思います。
 私達の学年から総合科学部のプログラムが変わり研究室への仮配属が3年生の後期からになりました。最初は春休みが短くなると残念な気持ちもありましたが、今では配属が半年早まったことに感謝しています。私は2年生のころからすでに浮穴研に行くことを心の中で決めていました。というのも私は小さいころから食べ物の好き嫌いが激しく、周りの人から「人生損している」と様々な場面で言われてきました。そのためどうして食べ物の好き嫌いがあるのだろうかという疑問を抱いており、摂食行動と脳の関係について研究したいと考えていたからです。しかし、GPAの数値から他人と競うことはできなかったので希望通りになるか心配していましたが、無事入ることができて良かったです。浮穴先生の海外出張のために研究室配属は1名の枠でしたが、同級生の間で浮穴研に入りたいということを強くアピールしておいた甲斐がありました。また、2年生の後期での生命科学実習のレポート提出時に、浮穴先生から何度も書き直しの指示があり、すっかり先生が私を気に入ってくれたのだと勘違いをしてしまっていました(配属後に知ったのですが、本当に一番出来が悪かったようです…)。また仮配属後も他研究室の同級生は新歓を早々にしてくれたと聞いていましたが、浮穴研ではなかなか行われず、私は歓迎されていないのかも?、4年生になったら他所に移った方が良いと皆に思われているのかも?と勝手に不安に思っていました。その後、新歓を行ってくれましたが、話すことなく肉ばっかり食べている私を見て驚かれていたことは今でもよく覚えています。好き嫌いはすぐには直らないことも分かりました。
 浮穴研に入って最初のころは散々な実験結果でした。手際の悪さをいつも怒られていました。また、日本語の使い方が下手で面倒くさがりということもあり文章作成やポスター作製が苦手でした。しかし、先生や先輩方はそんな私を非常に辛抱強く育ててくれました。そのおかげか次第に結果が出始め、最終的には「浮穴研の過去の卒論生の中で一番データが出ている」とお世辞にも言っていただけるほどデータを出すことができました。この成果は自分一人の力ではないことはよく分かっています。特に鹿野さんには足を向けては寝られません。さらに最近、同一貢献度の筆頭著者の一人として国際誌に論文が受理されたのも驚きでした。
 話は戻りますが、4年生の後期から先生と岩越さんがアメリカへ行かれ、古満さんと私達学生だけでの日々が始まりました。周りの人達からは先生がいなくて大丈夫かと非常に心配されましたが、偉大な先輩方のおかげでなんとかやっていくことができました。11月に沖縄で開催された動物学会には学生5人だけでの参加となり、自分の知らない世界がまだまだ沢山あることを知ることができました。5人での学会参加は最初で最後になりましたが楽しい思い出を作ることができたと思います。
 1月末には先生も帰ってきて下さり卒論発表に向けて必死に取り組みました。発表練習は何回も何回も何回も見直してくださったおかげで自信をもって卒論発表に臨めました。本番の際、緊張したというよりは楽しんでやることができたと思います。最初に作成した発表資料と比較してみると、よくここまで綺麗になったなぁと感心してしまいました。院試が終わった時と同じようにガッツポーズをしながら研究室に戻ってきたら先輩達にひんしゅくを買われてしまいましたが、それくらいの達成感がありました。
 私も4月から大学院生になります。まだまだこれからです。皆様、こんな私ですがこれからもどうぞよろしくお願いします。この文章のタイトルは先生が勝手に付けたものですが、実験も食べ物も、これからは苦手なものにもチャレンジしていきたいと思っています。

加藤正暉(平成26年度B4、平成27~28年度M)「浮穴研での3年間を振り返って」2017.3.14
 修了を間近に控え、これまでの3年間を振り返ることが多くなりました。学部4年生の時は部活漬けの学生で、卒論研究をする心構えや研究に関する理解など、何もかもが足りていなかったと反省する一年間でした。そして修士課程は、それまでの1年間を取り戻したい一心で研究に打ち込むことが出来た2年間だったと思います。
 浮穴研究室の3年間を乗り切れたのは、研究室の皆さんの存在が大きかったと思います。浮穴先生は、だらしない4年生だった私に何度も喝を入れてくださいました。またそれ以上にたくさんの実験や学会に行くチャンスも与えてくださいました。岩越さんには研究、進路、私生活でいろいろなことを相談させていただき、常に励ましてくださいました。古満さん、益田さん、別所さん、近藤さん、鹿野さんには研究のイロハを一番近くで教えていただきました。実験手技からデータ整理、資料作成まで直接教えてもらったこと以外にも、たくさんのことを学ばせていただきました。同期の松浦は、配属当初はただ昼飯を食べに行く仲だったのが、気が付けばお互いの研究について忌憚なく意見をぶつけ合う仲に変わっていました。扱う動物種が違っていたことが、教え教えられのいい関係を築けた要因なのではないかと思っています。後輩の越智君、齋藤君には私が直接してあげられたことはとても少なかったですが、発表練習に付き合ってもらったり、遠慮なく意見を述べてくれたことにとても感謝しています。
 そして、研究のスタートとしてニワトリに出会えたことに運命を感じています。これまでは人生で一度もニワトリを触ったことすらなく、農学の知識もない中でまさに手探り状態でのスタートでした。日々試行錯誤の中、総科でニワトリを使って研究することが枠にはまらないオリジナル性の高い研究に成長していくことを経験出来たのはとても良かったと思います。ヒヨコを連れて廊下を歩いていると、珍しいものを見る顔をする人や、中には興味をもって話しかけてくる人がいたことは今では良い思い出です。
 私は浮穴研究室の研究テーマが大きく前進している時期に幸運にも在籍することができました。そして、これからもっと面白くなるだろうというところで修了となってしまうのはとても残念です。ですが、今後研究を進めていく中で私の残したデータが少しでも参考になればとても嬉しいです。春からは民間企業の研究員として働くことが決まっていますが、浮穴研で学んできたことは間違っていないことを証明するために気合を入れて頑張っていきたいと思います。機会があれば遊びに来たいと思っていますので、その時はよろしくお願いします。3年間お世話になりました。ありがとうございました。

松浦大智(平成26年度B4、平成27~28年度M)「3年間を振り返って」2017.2.14
 修論発表と口頭試問が終わり、データ整理や机の片づけを行うようになりました。先日、不要なサンプルを処分するべく、大量のチューブの蓋を開けては捨て、開けては捨てという単純作業をしながら、「ああ、大学生活もついに終わるんだなぁ」と、柄にもなく感傷に浸っていました。浮穴研で過ごしたこの3年間は研究に邁進する日々で、正解のない課題に挑む過程は困難であると同時に非常に面白く感じました。自由にのびのびと研究を進めさせてもらい、浮穴先生には大変感謝しています。岩越さんとは多くのディスカッションを交わすと共に、無駄話も沢山しました(注)。周囲からは浮き気味の私が浮穴研に馴染めたのも、岩越さんのおかげです。研究員の古満さんには実験手技を教わり、その手際の良さに驚きました。実験の補助や論文の校正などなど、鹿野さんには大変お世話になりました。私の失敗を黙ってフォローしてくれる鹿野さんの存在は大きく、とても有難く思うと同時に、ミスや物忘れの多い私はなんだか申し訳ない気持ちにもなりました。同期の加藤に対しては、「こいつにだけは負けたくない!」と、勝手に内なる闘志を燃やしていたことはここだけの秘密です。結局、データ量では大敗を喫してしまいましたが…。後輩の越智君と齋藤君には、実験を手伝ってもらったり、実験の指導をしたりしました。特に齋藤君には「教える難しさ」も教わりました(決して嫌味などではありません)。二人にとって良き先輩であったかは分かりませんが、研究に対するひたむきな姿勢は伝わっていることでしょう。
 この3年間(特に修士の2年間)を振り返ると、行った実験はことごとくネガティブでした。あまりにもネガティブデータばかりを出すため、ネガティブのサンプルを保存しておく箱に「松浦BOX」との異名がつきかけたこともあります。そんな松浦BOXも、この春でお役御免です。実験ノートはもっと綺麗に書いておけばよかった、もっと実験をしておけばよかった、もっと論文を読めばよかった、英語を本気で勉強しておけばよかったなど、思うことは多々ありますが、後悔先に立たず。「大学で得た専門知識は社会に出たときには役に立たない」と言われますが、この3年間の経験はやがて血となり肉となり、いずれ違う形で役に立つことと思います。
 4月からは社会人として働きます。「石の上にも三年」と言うので、3年は頑張ろうと思いますが先のことはわかりません。最後に、浮穴先生をはじめとする浮穴研の皆さん、3年間お世話になりました。と、ここで締めくくりたいところですが、行き当たりばったりの人生を送っているので、またお世話になるかもしれません。   (注)せめて世間話でしょ!(by岩越)

加藤正暉(平成26年度B4、平成27年度~M)「アメフトをやっていて」2015.4.13
 浮穴研に配属されあっという間の1年が経ち、4月からは大学院1年生になりました。同時に、卒論研究の間に少しずつ準備してきた新しい研究も本格的に始めることができ、新たな節目の始まりとして良いスタートが切れそうな予感です。後輩も入ってきて、もう先輩になってしまった!という焦りと、自分ももっと頑張らなければという刺激をもらっています。
 タイトルにあるように、僕は大学4年間をアメリカンフットボールというスポーツに費やしてきました。引退は4年生の11月で、他の部活、サークルよりも長い期間活動することになり、当然、卒論にも影響が出てしまうことが予想できました。研究室配属が決まる前、浮穴先生にそのことを相談させていただいたところ、最大限の理解を示してくださりました。また、益田さんをはじめ研究室の先輩方のフォローのおかげで、僕は最後まで全力でアメフトに打ち込むことができ、卒論も発表という形まで持っていくことができたと思っています。
 先生からこの記事を書くように言われたとき、アメフトで得た経験が今後の研究活動に生かせることはないか考えました。そこで現時点で思いついたことを恥ずかしながら3つ記させていただきます。まず1つ目は、「体力」が思い浮かびました。これは3年までのチューターの先生が僕に常々言われていたことで、「研究、実験には体力を使う、だから体力をつけるためにもアメフトは続けなさい。」というものです。シンプルですがとても大事なことだと思いました。ですが、今振り返るとアメフトで体力を使い果たしていたのではないかと反省するところもあります。2つ目は、自分にしかできないことを見つけるということです。アメフトには20以上のポジションがあり、各々に専門性が求められます。その中でも、同じポジションの選手とレギュラーを争わなければならないとき、自分にしかできないことがあれば生き残れることを体験しました。自分しかできないことがあれば研究室でも居場所ができるのではないかと思いました。最後の3つ目は、よく話し合うということです。4年生のころはアメフト部の部室で毎日のようにミーティングをしていて、しすぎて午前様になることもしばしば…。この話をするとよく驚かれますが、話し合いのしすぎで後悔することはありませんでした。浮穴研では誰かがデータを出せば自然と皆が集まってきて、色々な話し合いに発展します。その中で、次の流れが出来上がっていくように感じています。
 4年間、学生生活の大半をアメフトにつぎ込んだ結果、最後の年に実績(中四国リーグ優勝、全国大会出場)を残すことが出来ました。次は大学院を卒業するときに、浮穴研で実績を残すことができたと、ここで胸を張って報告できるように頑張っていきたいと思います。


松浦大智(平成26年度B4、平成27年度~M)「世界旅行か研究か」2015.3.28
 浮穴研に配属され、早一年が経過しました。配属されたばかりの頃、免染は染まらない、PCRは増えないなど、初めての実験はことごとく失敗に終わりました。自分の非力さを痛感し、落胆する一方、「初めてだから仕方ない!いずれ、どうにかなるさ!」と、持ち前の楽観性を発揮し、翌日には心を新たにして研究室へ足を運びました。何をしたらよいかわからず、論文を読んで一日が終わるという時期もありました。「これではいけない!」と思い、とりあえず手を動かすために実験をしていたこともあります。実験を目的に実験するとは、痛々しい…。そんな新米の私が満を持して卒論発表に臨めたのも、ご指導して下さった先生、先輩方のおかげです。
 ところで、一年前の私といえば「海外に行きたい」という思いが強くありました。理由はいたって単純で、「海を渡れば刺激的なものが沢山あるのに、行かないなんて損だ!」と思ったのが始まりです。お金はあるし、時間は作れる。『とりあえずやってみよう』が信条の私にとって、思い立ったが吉日。ビザ発行の仕方を調べたり、必要なものリストをつくったりなど、着実に準備を進めていました。そんな折、浮穴研に配属され、先生に胸の内を明かしたところ、先生は「とりあえず、研究やってみたら?」とおっしゃいました。この一言に、とりあえずやってみよう主義の私がぐうの音も出なかったことは、言うまでもありません。結局のところ計画は未遂に終わりましたが、思い立つのがもう一年早ければ、私は大学を休学し、今頃はボリビアのウユニ塩湖の真ん中で夢心地の気分だったでしょう。
 さて、最近読んだ本にこんなことが書かれていました。「目標や夢は口にしてはいけない。なぜなら、口にした途端に満足してしまい、実現しないからだ。」と。私が単身バックパッカーを思い留まったのは、その思いを口にしてしまったからなのか、それ以上の魅力を研究に見出したからなのか…。こんなことを言うとお叱りを受けるかもしれませんが、胸を張って「後者です。」とは言い難いのが正直なところです。しかし、少なくとも今の私にとって、研究は刺激的で、浮穴研で過ごす日々はとても充実しています。
 最近は頼まれごとを受ける機会が増え、自分の成長を実感しています。また、成熟後のマウスであれば簡単に雌雄判別が出来るようになったことには、私自身驚きです。これが出来るのは浮穴研でも私だけでしょう…。四月からはM1として新生活が始まります。通常ならばここで目標や意気込みを書き表すべきですが、実現しないと困るので胸に秘めておきます。聞かれても答えません!どうか悪しからず。もし答えるとしたら、宇宙旅行くらいにしておきます。


鹿野健史朗(平成24年度B4、平成25~26年度M、平成27年度~D)「浮穴研での『これまで』と『これから』の3年間~寂しさを乗り越えて~」2015.4.7
 浮穴研に配属されてから3年という月日がたちました。学部4年生の頃は出来ることが限られ、言われたことや自分に出来ることをこなすことで精一杯で、いつのまにか1年が過ぎていました。修士課程になると出来ることも少しずつ増え、やりたいこと、やるべきことが増えてきました。優先順位をつけながらそれらをこなし、出来なかったこともありましたが、濃密な2年間を過ごせました。当時から、もっと計画的に、もっと要領良くこなせればと思いながらも、自分を甘やかしてしまう部分があったので、これからは限られた時間を大切にしていきたいと思います。
 3年間振り返ってみると、嬉しかったこと、楽しかったこと、辛かったことなど様々ありましたが、何よりもまさか自分が現時点でこんなにも寂しい思いをしていることに驚いています。配属直後は、同期の近藤とラットの世話や実験を行っており、一緒に過ごす時間も多かったため、ヤン坊マー坊などとセットで扱われたり、他研究室の先生方に名前を混同されたりすることもありました。当時は実際に半人前だったので仕方なかったのですが、認められていないように感じ、2人でいることに対して若干の抵抗を感じることもありました。3年という時間を過ごした割には交わした言葉は少なかったようにも思いますが、信頼関係を築き(?)、今ではかけがえのない相棒ができたように思います。もう一人の同期の別所は実験系が違っていましたが、持ち前の頭の良さや根性で常に私や近藤の先を行き、超えるべきハードルとなってくれました。あれだけ努力ができて周りからも評価されているのに、なぜか本人だけは自信がなかったようですが、そのような謙虚な姿勢を貫いてくれたからこそ、同じ土俵で3人切磋琢磨し成長することができました。この3人だったからこそ、仲良しこよしの馴れ合いの関係にはならずに、ただ研究するだけでもなく、研究を楽しむことができました。それもこれも、3人が共通して興味を持った研究テーマや、ここでならやっていけると思えた浮穴研の明るさや誰でも受け入れてくれるような雰囲気があったからだと思います。3年前は授業以外で話すこともほとんどなかった3人だったので、今の心境になるなど全く想像していませんでしたが、同期としてこの2人と浮穴研で過ごせて心から良かったと思います。修了式を終えた今、2人の机から荷物がなくなり、これから研究室で2人の姿を見られなくなると思うと、本当に寂しく、私にとってどれほど大きな存在だったかを感じています。この寂しさを乗り越えて、より成長していきたいと思います。
 最後に、私は博士課程へ進学してあと3年間は浮穴研でお世話になるので、まだ浮穴研での折り返し地点に到着したところです。研究室配属された頃から比べるとメンバーもがらりと変わり、いつのまにか後輩もできました。いつまでも初心を忘れずに、反面教師にならないように努力していきたいと思います。まだまだご迷惑をかけると思いますが、浮穴先生を初めとして研究室の皆さん、これからも宜しくお願いします。


別所裕紀(平成24年度B4、平成25~26年度M)「浮穴研での3年間」2015.3.23
 浮穴研に入ってからあっという間でしたが、私は周囲の人たちに恵まれていることを実感した3年間でした。頑固な性格のくせに涙腺がかなり弱く、扱いづらいであろう私のことを、先生をはじめ研究室の方々が全力でサポートしてくださいました。浮穴研の方々と出会えたことは、私の財産です。研究室配属の際にはあれこれと悩んだ末に浮穴研に入りましたが、今思い返すと、この3年間一度も「モグラになりたいとか、もし他の研究室だったら・・・」と考えたことはありません。それだけ浮穴研の環境が馴染みやすかったのだと思います。また学部3年生までは何も考えずに日常を過ごしていたと思いますが、研究室に入った後は、考えて行動をする癖がようやく身につきました。
 浮穴先生は、研究はもちろんですが、進路のことなど様々なことについて叱咤激励して下さいました。頑固者で泣き虫な私を理解して下さり、その上で学会発表や実験で多くの経験をさせて下さったおかげで私は人間的に成長することができたと思います。岩越さんには実験から私生活までとてもお世話になりました。ムードメーカーの岩越さんがいなければ、研究室に馴染むのにもっと時間がかかったと思います。また人生についても多くのアドバイスを頂き、今後の生活に活かしていくつもりです。古満さん、益田さんは直属の先輩ということで、気軽に色々なことを相談させていただき、時には遊びにも連れて行って下さいました。ずっと頼ってばかりでしたが、いつでも温かく受け入れて下さったお二人は本当に私の憧れの先輩です。同期の近藤と鹿野とは3年前の挨拶さえしない関係から、今や無二の仲(お互い遠慮なしにけなし合う仲?)になれました。2人がいたからこそ、やってこられたと思うので本当に感謝しています。3人だけで行った初国際学会でも、3人よればなんとやらで乗りきることができ、現地でのハプニングも良い思い出です。4年生の二人には、実験の指導をしたり、また実験の手伝いをしてもらいました。2年間、浮穴研の一番下として甘えっぱなしで過ごしていたので、いざ後輩ができた時に先輩方のように上手く接することが出来なかったのが申し訳ないです。他にも浮穴研の方々とは、ここでは書ききれないほど思い出があり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 2年前には記しませんでしたが、4年生の岡本賞候補に選ばれた際、あまりの自信の無さに候補を辞退しようと思っていました。3年生までの「見かけだけの学業成績」は本当にコンプレックスで、所詮一夜漬けの知識で、全く中身が伴っていないのは自分が一番分かっていたので、候補になる資格なんてないと思いました。しかも岡本賞は卒業研究の賞で、それこそ同期の二人が頑張っていたのを見ていたので、学業成績がどうというより、よっぽど二人のほうが相応しいと思いました。それでも、先生を始め研究室の皆さんが励まして下さり、また時間を割いて全力でスライドや論文の手直しをしてくださるのを見て、「浮穴研の代表として恥じない発表をしよう!絶対受賞して恩返ししよう!」と腹をくくることができました。このようなサポートがなければ、絶対に岡本賞はなかったと思います。あれだけ嫌だった岡本賞ノミネートも、受賞後はマスターでもまた受賞したいという気持ちが湧いたのも不思議なものです。不安ばかりだった私にも少しだけ自信が付いたからだと思います。残念ながら叶いませんでしたが。
 また、4年生で学会発表を経験でき、その後も数多くの学会に参加させて頂きました。その中で学会発表賞を受賞することができましたが、それも個人ではなくチーム浮穴研としての結果です。
 この3年間で研究室メンバーの総力により、浮穴研の研究テーマが大きく前進しました。もともと摂食調節やエネルギー代謝に興味があり、研究テーマが浮穴研への配属希望のきっかけだったので、この研究テーマを進める上での最も面白い時期に携われたことをとても嬉しく思います。社会に出てからも、浮穴研で学んだこと(研究はもちろん、人生についても)を糧に、頑張っていきます。これからは、泣き虫を卒業した姿を見せに浮穴研に遊びに来たいと思います(もう泣きません!!泣きたくはないです!泣かないかも?泣くかも??少しくらいなら・・・)。
 皆様、本当にお世話になりました。ありがとうございました。


近藤邦裕(平成24年度B4、平成25~26年度M)「浮穴研での3年間」2015.3.23
 浮穴研での3年間は私の人生で最も濃密な期間でした。正解が分からない問題を追いかけることは非常に難しかったですが、それ以上に楽しかったです。特に、自分の考えがハマったときにはこれまで味わったことのない興奮をおぼえました。実際に修了が迫ってみると3年間という月日は非常に短いもので、ここからまた一段と面白くなるであろう研究ができなくなるのは寂しく思います。浮穴先生には多くのご迷惑をおかけしましたが、自由に研究をさせて頂き、本当にありがとうございました。
 研究室に配属されてからこれまでのことを振り返ると、期待通りの結果が出なかったり、そもそも何の変化もないというネガティブデータが多かったなという印象です。そのような状態でもここまで続けてこられたのは、研究が好きだったことと、周りの方々の支えのおかげです。浮穴先生はだらしない私を何度も叱ってくださり、研究で行き詰まったときには数多くの助言を頂きました。同期の鹿野には多くの実験を手伝ってもらい、非常に助けられました。鹿野がいなければ今の私がないと言っても過言ではありません(・・・やっぱり過言かもしれません)。同じく同期の別所は非常にしっかりしており、テキトーな私は怒られたことしか記憶にありませんが、言葉足らずの私と鹿野を引っ張ってくれたのは間違いなく別所です。本当に感謝しています。岩越さんには、研究室での生活全般をはじめとし、就活中の実験など大変お世話になりました。古満さんや益田さんは、多忙にも関わらず私が実験で使用するペプチドの準備をしてくださいました。4年生の2人とは1年間だけですが、実験を手伝ってもらい、感謝しています。それ以外にも、学会や修論での発表練習では鋭い指摘を数多くしてくださり、勉強になりました。
 また、研究室の雰囲気が明るいので、実験でうまくいかないことがあってもみんなと話をすると気分転換ができ、「次の実験はうまくいくはず!」とポジティブになることができました。私自身の根が非常にネガティブなため、研究室の雰囲気が明るいことで本当に助けられました。そして最後には3年間の集大成となるデータを出すことができ、浮穴杯・最優秀賞という最も名誉のある賞(ノーベル賞と肩を並べる?!)を頂きました。
 この4月から社会人となります。うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあると思います。そのような時には浮穴研でのことを思い出し、「次の仕事はきっとうまくいくはず!」とポジティブに考えて仕事を行いたいと思います。拙い文章もこれで最後になりますが、浮穴研のみなさん、本当にお世話になりました。また必ず遊びにきます!


別所裕紀(平成26年度 M2)「第8回国際神経内分泌学会議(ICN2014)inオーストラリア・シドニー 学会発表体験記2」2014.12.1
 2014年8月17日-20日にオーストラリア・シドニーで開催されました“The International Congress of Neuroendocrinology”に参加しました。初めての国際学会参加ということで、自分の研究を英語で世界の研究者の方々に伝えることへの不安もありましたが、楽しみでもありました。実際、英語でポスターを発表したときに、なかなか相手に伝わらないことがあり自分の英語力の低さに落ち込みましたが、内容を理解してくださった時のリアクションが日本人よりも大きいので「自分の研究について興味を持って聞いてもらえている」と感じ、嬉しくも思いました。シンポジウムやオーラルのセッションでは、聞き取ることとスライドに書いてあることを読むことに必死で、話の内容を理解できたとは言えず、改めて英語力の乏しさを痛感しました。それゆえ、懇親会や休憩時間はどうしても日本人同士で集まってしまい、英語で海外の研究者とお話をする機会を持てなかったことを残念に思っています。もし今後、国際学会に参加することがあれば、自分から話しかける位の気持ちで参加したいと思います。
 学会の合間にはシドニー市内を観光し、オペラハウスやハーバーブリッジなど有名な観光スポットを見て周ることができました。また、シドニーの街中に教会や元宮殿など歴史的な建築物が多くあるのですが、それらが現代的な高層ビルと並列している景観がとても斬新で印象に残っています。私は、これが人生初海外だったのですが、風景や街並み、そして文化がやはり日本とは違い、世界の広さを感じることができました。例えば、懇親会で即興のダンス会が始まり、国籍が異なる方たちが一緒に楽しそうに踊っていらっしゃるのを見たときに日本とは違う文化を実感しました。このように言葉や文化が全く異なる方たちが集まっていますが、目指すところは一緒の「生命現象の解明」であるという面白さが国際学会の醍醐味だと思いました。


近藤邦裕(平成26年度 M2)「第8回国際神経内分泌学会議(ICN2014)inオーストラリア・シドニー 学会発表体験記1」2014.12.1
 2014年8月17日から20日まで、オーストラリアのシドニーで開催された国際神経内分泌学会議に参加しました。今回の学会に浮穴研究室から参加したメンバーは私を含めて同期の大学院生3人だけでした。全メンバーが初海外であり、緊張と不安しかありませんでした。しかし、いざ学会が始まると、その不安を忘れてしまうほどの面白い発表が多数あり、非常に勉強になりました。その中で印象に残った発表は親が肥満だと子供の行動が変化するといった内容の発表でした。サルに低脂肪食または高脂肪食を摂取させ、非肥満サルと肥満サルにします。肥満サルは生まれたばかりの自身の子供の世話の頻度が非肥満サルに比べて減少し、さらにその子供が成長した際に他のサルとの関わりが減少し、不安様行動の増加がみられたそうです。以前から、親が高脂肪食を摂取し続けると子供も高脂肪食を好んで摂取するようになると言われており、親の食生活が子供の好み、社会性等に影響を与えることが強く示唆された研究であると思います。この発表を聞いた時に、すぐに大好物のファーストフードの摂取を控えようと思いました(-_-;)。
 近年、私達は鳥類や哺乳類から新規遺伝子を発見しました。本遺伝子は分泌性の小タンパク質の前駆体をコードしており、産出されるタンパク質をNeurosecretory protein GL(NPGL)と命名しました。現在、研究室一丸となって機能解析を行っています。本学会ではその成果の一部を発表させて頂きました。世界の研究者の方々に興味を持っていただき、貴重なご意見、質問、アドバイスを頂き、活発なディスカッションができました。
 今回の国際学会に参加して、研究者は世界共通でパワフルなのだと感じました。非常にタフな日程にも関わらず毎日多くの熱いディスカッションが繰り広げられていました。学会3日目のディナーでは有志によるバンドが行われ、その周囲ではダンスをする人の姿があり、一番若いであろう私達よりはるかにパワフルでした。彼らの姿を見て、研究が本当に好きで、楽しんでいると感じました。私も今以上に研究に愛情を注ぎ、精進していきたいと思います。
 また、シドニーではオペラハウス、教会、動物園、水族館、マーケットなど、多くの観光名所を巡りました。オペラハウスは写真よりはるかに美しく、教会は思わず息を飲むほどの荘厳さでした。動物園や水族館はウォンバット等のシドニーならではの生物を見ることが出来ました。動物好きの私としては、たまらない名所でした。マーケットは雨天にも関わらず、観光客や地元の住民で活気づいており、思わずお土産を多く買いすぎてしまいました。


谷内秀輔(平成23~25年度ポスドク)「下垂体研究会及び内藤コンファレンスにて優秀発表者に選定されて」2013.9.24

はじめに
 私が岡山大学で学位を取得後、一昨年の2011年10月に浮穴研にポスドクとしてやってきて丸2年が経とうとしています。新しい神経ペプチドの機能解析という挑戦的なテーマに魅力を感じて、浮穴先生の下で研究を進めてきましたが、自分の研究テーマに関しては、2012年の年末までは細々としたデータは出るものの(もちろん重要なデータではありますが……)、機能を明らかにするに足る決定的なデータは得られない状態のまま1年少しがあっという間に過ぎ去っていました。正直、あまりのデータの出なさに、もうだめかと思ったことは何度もありましたが、2012年の年末ぎりぎりになってようやく機能を明らかにするデータを得ることができました。その後の研究は、それまでの停滞が嘘のように進展し、今年の8月の下垂体研究会では優秀発表賞、9月の内藤コンファレンスではポスター発表賞(内藤記念特定研究助成金贈呈候補者)に選ばれるという大変な栄誉にあずかりました。この機会に、下垂体研究会と内藤コンファレンスに参加して感じたこと、浮穴研で過ごして考えたことについて文章にしてみたいと思います。

下垂体研究会
 2013年8月7日から9日まで日本下垂体研究会第28回研究会(岩手)に参加し、優秀発表賞をいただきました。私は、学生時代は下垂体特異的転写因子の研究を行っていましたので、下垂体研究会は毎年ではないものの定期的に参加する好きな研究会でした。研究分野が異なる浮穴研に移るにあたり、もう下垂体研究会に参加する機会はないだろうと思っていたのですが、 予想外にも下垂体に関係するデータが得られたことから、浮穴先生にお願いして2年ぶりに参加させていただきました。ですので、今まで学会での賞とは無縁だった私が、この研究会で初めて賞をいただけたことは感慨深いことでした。発表後、いろいろな先生から「やっと機能がわかってきたね」と温かい言葉をかけてくださると共に、貴重なアドバイスをいただきました。また、懇親会では本年度の吉村賞を受賞された田谷先生のお隣に座らせていただき、いろいろと研究についてのお話を伺わせていただきました。その中で、「あきらめないことが大事」という多くの成功した先生と共通のことをおっしゃられていたことが印象に残っています。

内藤コンファレンス
 2013年9月10日から13日まで第36回内藤コンファレンス(北海道)に参加してきました。今回の内藤コンファレンスには、論文でしか名前を知らないエネルギー代謝と摂食研究分野における国内外のトップで活躍する研究者が集まっていることから、参加できることを楽しみにしていました。内藤コンファレンスに行ってまず驚いたことは他の研究室の方々のデータでした。トランスジェニックマウスやノックアウトマウスといった実験環境的にどうしても敵わないものは別としても、発表スペースいっぱいの質、量ともにしっかりしたデータの数々には、「これが競争の激しい分野でトップクラスの研究をしている人たちなのか……」と圧倒されるばかりでした。懇親会や発表後にHospitality roomでお酒を飲みながら、他の参加者の方々とお話をさせていただきましたが、医学部の先生(特にMDの方々)の体力、精神両面のタフさ、研究に対する情熱は、見習うところが多かったです。正直なところ、参加できただけでも十分に勉強できて楽しめていましたし、他に凄い発表が数多くあったことから、最後に内藤財団特定研究助成金贈呈候補者として名前を呼ばれた際には、驚いてしまいました。下垂体研究会に続いて内藤コンファレンスで賞をいただけたことは、浮穴研に来てからの研究成果が認められて嬉しく思うと同時に、これらの賞に恥じないように、より一層と研究に励まなければならないと決意を新たにさせられました。

浮穴研で過ごして
 以前、同僚ポスドクの前嶋さんも同じようなことを書かれていましたが、私が浮穴研に行くことが決まった際にいろいろな先生に言われたのは、「浮穴先生は厳しいのでしっかりやるように」ということでした。行ってみると確かにハードワークを求められるいわゆる厳しい研究室ではありましたが、これは浮穴先生の研究に対する真摯な姿勢の現れだと思います。実際、浮穴先生は朝から夜遅くまで研究のことを考えておられ、研究室メンバーが研究だけに集中できるように研究費の獲得、環境の整備等に尽力してくださっています。これに関してはただただ頭が下がります。また、ネガティブデータとポジティブデータを問わずしっかりとしたディスカッションや発表練習を研究室全体で活発に行っています。それぞれのメンバーが担当する研究内容は違うものの、最終的には一つの大きな研究テーマに挑んでいることから、チームワークもしっかりした研究室です。今回、私が2つの学会で賞をいただけたのも、研究室全体で材料の準備や結果に対する議論、追試を繰り返してきた集大成です。
 浮穴先生も度々おっしゃっているように、この研究の最初のゴールはもうすぐのところに来ていると感じています。ようやく出口が見えてきて思うのは、「ハードワークとトライアンドエラーをあきらめずに繰り返さないと何も得られない」ということです。そして、自分は研究が好きだということを改めて認識した2年間でした。データの出ない期間は本当に苦しいものでしたが、良いデータが出て、再現性が取れたときはそれまでの苦しさが吹き飛んでしまうくらい嬉しく、興奮するものでした。こういう喜びがあるからこそ、研究からは離れられません。

最後に
 私にポスドクとしての研究の機会を与えてくださり、データがなかなか出ない中、辛抱強く叱咤激励をしていただき、鍛えてくださった浮穴先生と様々なサポートをしてくれた研究室のメンバーに感謝を申し上げてこの文章を締めくくらせていただきます。


益田恵子(平成25年度 D1)「第17回国際比較内分泌会議(ICCE2013)inスペイン・バルセロナ 学会発表体験記」2013.8.24
 初めての国際学会でとても楽しみな反面、発表・質疑応答への不安がありました。ニワトリのニューロテンシンに関してポスター発表をさせていただき、単語を並べた拙い英語で説明をしました。質問を聞き取れなかったり、上手く伝えられなかったり、ときには紙に書いて説明したりもしました。一方で、周囲の参加者はスムーズに英語でコミュニケーションをとっていました。私も英語が堪能であれば、より充実したディスカッションができたでしょう。自己評価としては「国際学会の空気を吸ってきた」という感じでしたので、次は「国際学会に参加してきた」と言えるようにしたいです。
 学会からスカラシップをいただいたことは大変光栄であり、日頃お世話になっている方々に良いお土産を持って帰ることができました。エントリーするにあたって初めてcurriculum vitaeを書いたことや、英文メールでやりとりしたことも、よい経験・勉強になりました。
 バルセロナはずっと行きたかった街で、特に、念願のサグラダファミリアをこの目で見ることができて感動しました。また、間違って学会会場から少し離れたホテルをとってしまいましたが、おかげで毎朝バスからガウディ建築(カサ・ミラとカサ・バトリョ)を眺められました。食事やワイン(サングリア、cava)はとても美味しく、帰国数日後にスペインシックになりました。最終日、偽警官(たぶん)に遭遇しましたが、被害はなく(先生と先輩はしつこくからまれていましたが)、「観光地らしいことはやりつくしたね」と笑い話ですみました。
 今回、このような機会に恵まれてとても幸運でした。これを励みに更に研究に励もうと思います。


別所裕紀(平成25年度 M1)「第65回日本動物学会中国四国支部大会in徳島 学会発表体験記」2013.5.17
 2013年5月12-13日に徳島大学で動物学会中国四国支部大会が行なわれ、ポスター発表をさせていただきました。
 植物学会、生態学会、高校生の発表も合同で行われたので、会場内は人がとても多く、準備時間から熱気がむんむんしていました。その熱気に乗じて、モチベーションというかテンションが上がり、気合い十分で発表を始め、夢中で発表しているとあっという間に時間が経っていました。
 今回の学会発表は、(学会発表に、この言葉は相応しくないのかもしれませんが)「楽しかった」です。昨年の比較内分泌学会大会、今年2月には大緊張の卒論発表も経験したからか、今回は全く緊張せず、自分が伝えたいことを全て伝えることができたと感じます。学会直前まで粘ったin situと免染の二重染色の実験結果が最後の最後で綺麗に出たのが発表内容の要となりました。背水の陣で実験に臨んだのは良かったのかもしれません。自分の研究を多くの方に知っていただき、そしてコメントをいただきました。昨年度の発表会よりも格段に上手くいったことを確信し、とても有意義でした。さらに、若手優秀発表賞をいただくことができ、非常に嬉しく、自信にもなりました。ただ、いただいた賞状に印(判)がなく、「実は間違いでした」とならないか…少し不安です。が、一度貰ったものは返しません!


 以下は、平成24・25年度の年度替わりの時期に、研究室メンバーのこれまでを振り返っての感想やこれからの抱負を記してもらいました。


前嶋 翔(平成24~25年度ポスドク)「あいつは広島でやっていけるのか?と思われていた僕でも・・・」2013.4.1

はじめに
 富山から広島に移って来てから、あっと言う間に1年が経ちました。1年前はと言うと、学位授与式が終わり、引越しの準備もそこそこに研究室の後片付けに追われ、富山での9年間の想い出にひたる間もない慌ただしい日々を過ごしていました。広島での新生活、特に研究に対し不安もありましたが、それでも新しい場で研究できること(+広島で生活できること)への期待が勝っていたと思います。
 僕が広島大学にお世話になることになったのは、2011年の比較内分泌学会での1コマに起因します。自治医科大学の屋代先生や東京大学大気海洋研の竹井先生の計らいで、懇親会の席で自己アピールをする機会に恵まれ、当時就職先の決まっていなかった僕は一も二もなく跳びつきました。緊張で何を喋ったのか全く覚えていませんが、浮穴先生の目にはさぞ心細く映ったのでしょう(これは研究室HPにも書いてありますね)。後日、先生より「就職先が無いならうちに来ませんか?」という天の声をいただき、無事学位も取得して現在ポスドクとして研究する機会を与えられています。

浮穴研での生活・研究室の雰囲気・比内若手研究者最優秀発表賞受賞
 僕が浮穴研に行くと決まった時に先生方から揃って言われたことは、「浮穴先生は筒井研出身でとんでもなく厳しいから、覚悟しておいた方が良いよ。」でした。実際に浮穴先生のもとで働くようになって感じたことは、厳しいと言うよりもとにかく真摯であるということです。また、そんな先生に倣うかの様に、所属学生も実に真面目で、勤勉な学生さんが揃っています(これは僕だけでなく、学会に来ていた富山大学の後輩も言っていました)。そして浮穴研に来て最も印象的だったのが、ラボメンバー全員が研究に対する知識・考察を共有しているということでした。僕が所属していた研究室は、学生だけで20名を超える大所帯であったので、ラボの大きな柱としてのテーマはあるものの個々の研究内容がかなり異なっていたため、互いの研究についてはフォローしきれない部分が多々ありました(もちろん大人数ゆえのメリットもたくさんありましたが)。その点、浮穴研は少人数であり、かつ研究テーマを共有しているため、日々のディスカッションにより相互の研究内容について理解することができ、なにより自身の研究に対する責任感がより強く感じられるようになりました。こちらに来てわずか1年ですが、ひとつ世界が開かれ、研究に対する自身の態度も大きく変わったと思います。
 この様に書くと、浮穴研は○○真面目でガチガチなラボだと思われるかもしれませんが、それだけではありません。時には誰かのお土産を囲んで談笑することもあり、その際には先生の渾身の一撃とそれに対する岩越さんの痛烈な突っ込みも見られます。これはもはや浮穴研の名物の一つではないでしょうか。こう言ったオン・オフの絶妙なバランスも浮穴研の良い点であると思います。
 話は変わりますが。こちらに赴任してから1年間、特に最初の半年はとにかく少しでも早く浮穴研の一員になろう、少しでも戦力になろうと、自分なりに研究に打ち込んできました。振り返ればポスドクの仕事量としては不十分な部分もあったと思います。それでも魅力的な研究テーマや岡山大学での電子顕微鏡観察、数多くの学会発表の機会にも恵まれ、昨年の比較内分泌学会では若手研究者最優秀発表賞を受賞することができました。特に比内の若手発表賞は何度もアプライしながら落選してきた賞なので、研究生活6年目にして受賞できたこと、大変嬉しく思います。今年度の若手発表賞は、浮穴研の学生の誰かがとってくれることを期待しています。

おわりに
 2012年度は、僕の最も良いところ(あるのか?)、そして最も悪いところが表出した1年だったと思います。最後に今年度の目標を以下に挙げさせていただきます。
 まず1つめに遅○をなくす(これは本当に)。2つめに、研究も生活態度も、よりポスドクらしく振る舞う。3つめに研究・教育・生活全ての面でスキルアップを目指す。そしてこれが最も切実ですが、4つめに就職先を見つける。以上4点です。先日、広島大学の名誉教授になられた筒井和義先生より「自身の環境が一番だと思って研究すること」とのお言葉をいただきました。それを胸に以上のことについて達成できるよう、日々精進していきたいと思います。
 できるだけ堅苦しくない文章で、とのオーダーでしたが結局はこんな文章になってしまいました。そして全体的にネガティブな表現が目立ったかもしれませんが、この手の文章はこんなものだろうと流し読みしていただければ幸いです。こんな頼りない新米ポスドクではありますが、今年度もよろしくお願いします。


益田恵子(平成22年度B4、平成23~24年度M、平成25年度~D)「浮穴研だけは○○と思っていた私が・・・。これまでの軌跡とこれからの奇跡」2013.4.1

2009年(B3)
 マスターへの進学は決めていましたが、当初は別の研究室を希望していました。○○と思っていた理由は、3年生までの講義で浮穴先生はとても厳しそうだったからです(研究室に入ってからは意外と優しい先生で、ギャップを感じます)。浮穴研の研究室紹介や先輩のお話しを聞き、詳しくは理解できていませんでしたが「面白そう」と思い入室しました。これも奇跡かも知れません。

2010年(B4)
 「新規遺伝子にコードされているペプチドの産出方法の改良」というテーマをいただきました。研究室全体のテーマは「新規遺伝子の機能解析」で、コードされているペプチドの投与実験が必須でした。いただいたテーマの「重要性(ペプチドがなければ投与実験ができない)」を理解するほど自分に務まるのか、急がなければと焦りを感じ、「難しさ(先輩方が合成に苦戦してきたペプチド)」を理解するほどやる気が駆り立てられました。また、優秀な先輩の古満さんに付かせていただいたことで、目標をより一層高く持つことができました(先生にはいつも古満さん越えをしろといつも言われていましたので)。先輩に教わるだけでなく、早くディスカッションできるようになろうと勉強しました。充実した1年間を構成していたものは、3割が自分の好奇心で、残りの7割がいただいたテーマやご指導いただいた先生、先輩、仲間といった恵まれた環境でした。

2011~2012年(M1~M2)
 M1の12月、研究に夢中になっていて、先生に「そろそろ就活を始めなさい」と言われてやっと就活をし始めました。様々な企業を見聞きして自分のやりたいことを考える時間は貴重で、前向きに活動できました。翌4月、もしドクターに進むなら学振DCの締めきりが…と考えると、やはり研究を極めていきたいと思い、先生と家族に相談して進学を決意しました。その後、これまでの研究成果、意義、今後の計画、業績等をまとめたことは、申請書の書き方や自分に足りないものを知る上で勉強になりました。
 ドクター進学を決めてからは修論に専念しました。有機化学専攻の研究員の大山さんにご指導いただき、新しい合成機の導入もあって、徐々に目的ペプチドの大量合成が可能となってきました。所属3年目にしてようやく研究室に貢献できてきた気がしました。並行してドクター進学に向けて新たなテーマ探しも行っています。現在、モノとりや形態解析の技術を勉強中です。
 修論発表の準備を振り返ります。発表時間は15分でしだが、さっと作ったら約10分。簡潔すぎたので膨らまして13分。他研究室の方々に聞いていただいて「意義」が伝わっていないことに気付き、説明を足して15分。抑揚がないと言われて練習して、少しは良くなった(はず)と思います。本番は緊張しましたが、おかげ様でまずまずの発表ができたかと思います。

2013年~(D1~、これから)
 卒論生のときは一生懸命やることしか能がなく、視野が狭く、力の入れ方が偏っていたように思います。今は、やるべきことだけでなく切るべきこと(優先順位のようなこと)を考えられるようになったかなと思います。周囲を見渡すと自分の未熟さに不安を感じることもありますが、これから多くのことを学び経験し、スキルアップしていきたいと思います。私は浮穴研で好奇心や向上心を何倍にも膨らませられたし、多くの成長のチャンスをいただいてきました(別にゴマすりではないです)。これからも奇跡が起こることを夢見て精進してまいりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


別所裕紀(平成24年度B4、平成25年度~M)「岡本賞までの道のり」2013.4.1
 岡本賞までの道は、平坦な一本道だったわけではありません。実際、相当な方向音痴の私が岡本賞受賞という地点へ到達できたのは、浮穴先生をはじめ周りの方々がしっかり導いてくださったおかげです。
 道中、研究室選びは最大の分岐点だったと思います。配属希望を提出する直前まで、とても迷いました。最終的に浮穴研を選んだ理由として、研究の内容はもちろんですが、研究室を見学させていただいた時に、研究室の先輩方全員が「浮穴研で良かった」と仰っていたことも、決め手でした。
 研究室に入って最初のうちは、分からない単語もいっぱい、誰が何をしているのかも分からない、話にも全くついていけない状態で、これからやっていけるのか本当に不安でした。しかし、研究員の方々や先輩方、仲良しになった(?)同期にフォローしてもらい、いつの間にか研究室になじむことができました。
 浮穴研では、何かで困った時、周りの皆さんが当たり前のようにサポートしてくださいます。特にこのことを実感したのは、卒論発表の時期です。発表スライド・原稿の作成には、研究室の皆さんが時間を割いてくださり、発表練習にも何度も付き合っていただきました。また、岡本賞の選考時にも尽力していただきました。候補になった直後は、自信がなく、非常にプレッシャーに感じていました。しかし、周りの方々にたくさん励ましていただき、「この1年間、どのプログラムよりも生命科学プログラムの人達は頑張ってきた、その生命プログラムから選んでいただいたのだから、頑張るしかない!絶対とる!!」と開き直ることができました。受賞が決まったときは、周りの方々も一緒に喜んでくださり、そのことが本当に嬉しかったです。岡本賞は、先生や研究員の方々、先輩方、同期に恵まれていたからこそ、受賞できたのだと思っています。
 浮穴研に配属されてから、あっという間に1年が過ぎましたが、3年生までに学んだことよりも、4年生の1年間で学んだことのほうが多いと感じます。そして非常に多くのことを経験させていただきました。中でも11月末にあった学会発表は、とても良い刺激になりました。研究室配属されて1年も経っていない4年生に、一研究者として接していただき、本当に嬉しく、もっともっと頑張ろうという気持ちになりました。
 大学院では、自分の力を蓄えるとともに、その力を十分に発揮できる人になれるよう、努力していきたいと思っています。そして周りの方々への感謝の気持ちを忘れることなく、岡本賞の、その先の道を進んで行きたいです。ハードルは高いほど良いですよね。


近藤邦裕(平成24年度B4、平成25年度~M)「モノマネの大事さ」2013.4.1
 浮穴研の門を叩いて一年が経ちました。この一年間で様々なことを体験、学習し、研究だけでなく、人間的にも成長することが出来たと感じています。浮穴研に入って本当によかったと思います。
 配属前の私は、研究室選びでずいぶんと悩みましたが、思い切って浮穴研を志望しました。そして、昨年の2月に配属が決定しました。最初右も左も分からない私にラットの扱い方や手術法を教えてくださったのが、当時修了間際の修士2年の大口さんでした。大口さんは非常に丁寧に指導してくださいました。私は大口さんのようになりたいと思い、必死に手術の練習をしました。しかし、なかなかうまくいきませんでした。そこで、大口さんの手術ビデオを何度も見てマネできるところはとことんマネをしました。その結果、手術はうまくできるようになりました。その他にも自分が「あっ、これいいな」と思ったことはどんどんマネしました。人の動きばかりマネしようとしすぎて、話を聞いてないこともたまに•••(笑)。他研究室の人には理解してもらえないマニアックなモノマネのレパートリーは増えました。就職できなかったらモノマネ芸人を目指します(ウソです)。
 また、緊張を楽しむことも覚えることが出来ました。私は根っからの緊張する人間で、特に最初に生理系セミナー(斎藤・古川・佐藤・浮穴研合同セミナー)で論文紹介をした際には、準備も苦痛で本当に上手く発表できるか毎日が不安の連続でした。先生や先輩たちからは、「こんなことで、卒論発表時期になるとどうなるの?」と冷やかされていましたが、一度経験してなれると意外と何でも乗り切れるという自信も付きました。
 昨年の11月には福井で行われた比較内分泌学会に参加し、ポスター発表をさせて頂きました。初めての学会発表で非常に緊張しましたが、多くの方とディスカッションをすることができ、有意義な時間を過ごせました。また、同年代の学生の発表を聞き、いい刺激を受けることが出来ました。
 そしてついに、今年の2月には卒論発表を行いました。最初、どのようなスライドを作り、どのように発表すればいいのか、というのがイメージ出来ませんでした。そこで、今まで自分が見てきた人たちのスライドや発表の仕方をマネしました。しかし、それだけでは違和感があったので、自分なりの工夫や他の方のアドバイスのおかげで、本番では納得のいく発表をすることが出来ました。多分、成績評価がなければ岡本賞は私の手中だったと思います。これは同期の鹿野と協力して進めた研究でしたが、あまり知識や経験の無い4年生の私たちでも凄い発見が出来るということを証明できたという自負から思うことです。2年後は岡本賞をもらえるように頑張ります。このことを先輩方に言ったら、「小心者の天狗だね、鼻先の折れかかった天狗」と冷やかされました。
 4月からはM1として研究室生活が再スタートしますが、自分が今まで培ってきたモノマネの技術を活かして精進していきたいと思います!最後に、浮穴先生をはじめ、同期や先輩の方々のおかげで非常に充実した一年間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。


鹿野健史朗(平成24年度B4、平成25年度~M)「冷酷ではなく、冷静なだけです」2013.4.1
 浮穴研の一員となりあっという間に1年が過ぎました。その間、様々なことがあり人間的に成長できました。その一方で、これまでひた隠しにしてきた「世間を斜めに見る」部分が露呈してしまい、皆から「顔はニコニコしているのに中身はブラックだね」と言われるようになりました。研究もそうですが、過去の常識を素直に受け入れるのではなく、過去の知識を疑うという姿勢は重要な気がします。先生も岩越さんからよく「悪い奴やねー」と言われているので僕と似たところが大いにあると感じます。しかしながら、ただ1つ自信を持って言えることは浮穴研を選んだ自分は絶対に間違っていなかったということです。僕が成長できたのは浮穴研には目標とすべき研究者としての人生の先輩がたくさんいたからであり、素の(悪い)自分を出せるようになったのは、全てを受け入れてくれる先生の器の大きさがあったからです(同期の一人は先生のことを外見で太っ腹と言っていましたが、僕は中身でそう思います)。そんな先生や先輩、また同期の2人のおかげで充実した1年間を過ごせました。
 研究室の選択を間違っていなかったと言いましたが、僕が浮穴研を選んだ理由は、先生の人柄に惹かれたことです(言わされた訳でも、ネタでもありません)。授業や新歓など短い時間ですが先生と接する機会があり、持ち前の人間観察力を発揮して感じた先生の印象から、自分は卒研時には浮穴研に行くんだろうと心のどこかでずっと思っていました。この1年間でさらに先生のことを知ったことで、研究の楽しさを一生懸命に伝えようとする姿勢や真面目な人柄(先生のことを良く知らない人は厳しい・怖いとも言っていますが)などに惹かれたことに気付きました。ただ、最終的に決め手になったのはある授業で先生が先生自身のことを社会不適合者だと言っていた時に、浮穴研ならこんな自分でもやっていけるだろうとなぜか思ったからです。
 そんな訳の分からないあやふやな理由で選んでしまった自分に試練が与えられたのか、配属されてから半年ほどはほとんどデータが出ませんでした。不安や焦りを感じながらも先生を信じて投与実験を続けた結果、データが出た時には何事にも代え難い喜びを感じました。同時に、先生が伝えようとしていた研究の面白さとはこういうことだったのかとも冷静に考えている自分がいました。
 この1年間にはいくつかのイベントがあり、大学院入試の面接では、頭が真っ白になるほど緊張している中、どこか冷静に緊張している自分を想像し、笑いそうになったことは今では良い思い出です。また、4年生ながら比較内分泌学会で学会発表をさせていただきました。発表中や懇親会でぺーぺーの自分を一人の研究者として接して頂いた時には感動し、様々な方と接したことは、本当に楽しく良い経験でした。4年生の最後のイベントである卒論では、それまでにも十分感じてはいたものの、自分の文章能力のなさに頭を抱えながら書きあげた論文を提出し、これまた話すのが下手で研究室の皆さんの頭を抱えさせてしまいましたが(どのような感じかは浮穴研の人なら分かりますよね)、なんとか卒論発表は形になり、無事卒業することができ、今に至ります。
 1年間過ごす中で様々なことがあり、超感動的な某国民的アニメを見ても泣かなかった自分は人間じゃないと言われたこともありましたが、研究に携わる中で様々な感情が湧きあがり、少しは真っ当な人間に近付けたのではないかと思います。いつか人間になりたいと思っていた僕も妖怪でないことが分かりました。
 最後に、浮穴研での一番の恩返しはデータを出すことだと思うので、そのためにも自分が成長していきたいと思っています。これからも悪さは抜けないと思いますが、どうぞよろしくお願いします。


別所裕紀(平成24年度B4、平成25年度~M)「2013.3.23総合科学部学位記伝達式 謝辞(答辞)」
 本日は、私達卒業生のために学位記伝達式を挙行して頂き心より御礼申し上げます。多くの仲間とともに良き門出を迎えられたことを大変嬉しく思います。
 思い返せば、4年前の入学式がつい最近のことのように感じられます。あっという間の4年間でしたが、歓迎お花見会やオリエンテーションキャンプといった行事をはじめ、普段の生活の中においても、友人と何時間も語りあったこと、一緒にご飯を食べたこと、一緒に試験勉強したこと、など非常に多くの思い出がつまっています。
 総合科学部は、生まれ育った環境や学んできたこと、興味の対象も全く違う人達が集まっています。それゆえ、それぞれが異なる考えを持っており、他愛無い会話の中においても新しい発見が多くありました。自分の世界を広げてくれた、個性と才能にあふれた多くの仲間たちと出会えたことは何ものにも代え難い財産です。また、多様な授業を通してそれまで無知だった分野に触れ、自分の視野を広げることができました。今後、社会に出る者、進学する者、それぞれの道に進むことになりますが、この総合科学部で得た様々な知識や経験は、必ず役立つものでしょう。
 本日、無事に卒業を迎えることができましたのは、熱心にご指導いただきました諸先生方、学生生活を支えてくださった職員の皆様、いつも応援してくれた家族、そして友人達のおかげです。特に、4年生で研究室に配属されてからよく感じることですが、私は先生方、研究員の方々、先輩方、同期の仲間など周囲の方々に非常に恵まれています。皆様に支えられていたので充実した大学生活を送ることができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 今後も感謝の気持ちを忘れることなく、そして様々な分野で活躍する仲間の存在を支えに、自分の決めた道を進んでいきたいと思います。
 最後になりますが、皆様方の御健康と御多幸、そして、広島大学総合科学部の一層の御発展を心よりお祈り致しまして、謝辞とさせて頂きます。
平成25年3月23日
 広島大学 総合科学部 学部卒業生代表
 別所裕紀