雑感 (戯言?)


2016年1月 新たな論文受理(ペプチド合成)で思うこと
 益田さんの学位請求主論文の骨格となる3報目の論文が受理され、出来事欄に論文受理に至る経緯を記しました。
 この出来事欄には、独立後最初の成果であった2008年の論文受理(ホヤの後葉ホルモンの仕事)、2010年の論文受理(鳥類の神経ペプチド26RFaの仕事)、2011年の3報の論文受理(カエルの抗菌ペプチドの仕事)などを紹介してきましたが、久しぶりの論文受理の話題となりました(2012・2013年は開店休業のような状態で論文もあまり出ず、2014年から徐々に回復状態です)。

 以下、出来事欄からのつづきです。

 益田さんは、2014・2015年にペプチド産出とは異なる仕事を2報の論文にしており、当初はさすがにヘンテコ英語で修正も苦労しましたが、その後、論文を書くに従って、目を見張るほどの上達ぶりで、急成長を感じました。英語で論文を書くということに抵抗がなくなったことは、研究室生活6年間で大きな収穫となったと思います。
 私も中堅研究者になったので偉そうなことを言いますが、「学術論文は、ロジックさえしっかりしておれば問題なく、中学生英語でよいので、研究結果をどんどん英語の論文にしよう!最終的に英文校正でネイティブスピーカーにより英語の使い方自体を修正してくれるので、英語の下手さは気にしないで良いよ。下手な英語も書き続けていれば、少しずつ上達するよ。変なコンプレックスは持つ必要はありません。」ということです。
 今の時代、性急な成果ばかりが求められますが、若者を育てるには、それなりに時間がかかることをお役人らのお偉い方々には理解してほしいと思います(沢山研究費をいただいていた2012・2013年には業績は出ませんでしたが、結果はすぐに出ても論文になるのは時間がかかるのです。研究費をもらってすぐ業績になる成果は、研究費をもらう前に得ていた実験結果だと思います。)。実験だけするなら、お金さえあれば機械がしてくれたり、受託業者がしてくれたりするのでしょうが、得られた結果を正しく解釈し、再現性を確認し、それらをまとめて論文が受理されるまでに持っていくには相当な時間がかかります(成果が出ない間は、「あいつは仕事もせずに研究は諦めたのだろう」と陰口をたたかれますが、「今に見てろよ」と腹の中で思っておくしかありません。)。学生主体(教員が勝手に学生の結果を英語にするのではなく、学生が書いたものを地道に添削・修正指示していく作業の繰り返し)で進めるには、根気強い忍耐力が必要なのです! 教育というのは商売ではないので、投資が成果として返ってくるには気長に待つしかないのかもしれません。

 あと、論文執筆に加え、もう一つ言いたいことは、「ドクターコースに進もうという学生ならば、複数の研究テーマを必ず並行して進めよ」、ということです。単に博士号が欲しいならともかく、ドクターコースに進学する学生さんは、将来、「研究する」ということを職業にしたいのだと思います。その業を積むには、文字通り業績が必要です。難しいジャーナルを狙えば狙うほど、結果を得るためには難しい実験が必要となってくるし、何種類もの異なった研究手法が必要です。したがって、すぐに成果・業績は出ません。一方で、ポスドク問題からもわかるように、業績が無い者はポスドクになることすら難しい時代です。学生というお客様の立場から、給料をもらって仕事をするという立場になるためには、将来を考えながら研究をしないといけません。業績やポスドクの働き場所は指導教員が何とかしてくれるだろうという考えでは、間違いなく将来不幸になるはずですし、そのような者は淘汰されるべきと思います。「論文はボスが出すもの」ではなく、「仕事した本人に論文の形まで持っていかせる」ことが教育者のやるべき仕事と思います。一生傍にいて面倒見ることはできませんので、自立した研究者に育てることが重要と思います。

 我々の大ボスの宗岡先生は、「学会発表する際の内容が必ず異なるように、複数の実験を走らせよ。研究は上手くいくこともあれば、そうでないことの方が大部分なので、保険実験が重要」ということを常に言われていました。桃栗3年柿8年ではないですが、2~3年で論文にできる仕事と、5年以上かかってもライフワークになる大きな仕事の両方を進めておく必要があります。そういう意味で、私の助手時代は、今の研究を行うための予備実験をする期間でした。7年間、自分自身の業績は考えず、研究室の学生達の面倒と自分の将来独立してからの構想のための下準備でした(もちろん、この間自身のファースト論文が少なかったことで色々と言われたりもしますが、それは自分が選んだ道なのでしょうがないことなのです。逆に教授のテーマでファースト論文を出し続けても、それは教授の仕事です。)。その下準備のおかげで独立後比較的早く研究費を稼げるテーマを持つことができたと思います。

 若い人達にとって業績は大きな自信となり、それは将来の自分自身の大きな助けになります。授業料免除や奨学金返還免除、各種表彰から研究費獲得や将来の職探しまで、様々なことに業績は使われます。いくら性格が良くても、物知りでも、実験は沢山しても、業績がなければ土俵にすら上がれません。色々なレベル(比較的簡単な実験から難しい実験まで)の研究を入れ子にしながら、貪欲に業績を出していきましょう。「どんどん仕事もし、どんどん論文を書く」、この二つを両輪として進めていけるようになれば、一人前の研究者になれると思います。一方、PIは、「オンリーワンの研究テーマを選択し、それを行うために研究費を取ってくる」ということが重要と思います。そういう意味でPIになるためには博士号を取得して約10年ほどの歳月が必要になると経験的に思います。

 話は戻って益田さんも3つの独立した研究テーマを持ってもらいました。一つは、業績が比較的出やすい仕事、もう一つは研究室の柱であり、博士号取得のためになる仕事、最後の一つは冒険的な難しい仕事です。3番目の博打のような仕事は学振DC採択の研究内容であり、学位論文とは大きく異なった研究内容ですが、将来、研究者としての幅を広げるためにも重要なものです。私の最初のドクターコースの学生となりましたが、それに恥じない(表現が間違っているかもしれませんが)働きぶりをしてくれました。

 2015年は雑務に追われ、「今年最後のひとりごと」もなかったので、「今年最初のひとりごと」となりました。今年は、研究モードをいかに取り戻すかが重要な年と思っています。


2015年3月 この10年間を振り返って
 平成17年度に助教授(19年度から職名変更で准教授)に昇任して平成26年度終了時点で丸10年経ちました。ちょうど区切りが良いので、この10年間を振り返ってみたいと思います。助手の7年間よりも、はるかにあっという間で、少しだけ辛くて、それ以上に楽しく、濃いものでした。

 最初の1年は見習い期間でした。一人での作戦会議でした。コツコツ安打製造機に徹するか、ホームランを狙いに行くべきか、結局は後者にすることにしました。ただ、今まで一本もホームランを打った経験がありませんでしたが。もちろん、今でも打てていないのですが・・・。
 以降の9年間は、3年周期で研究室が動いていたように感じます。
 平成18~20年度は種蒔き・つぼみ探しの時期で殆ど学生さんもおらずに暗中模索状態の第一期でした。かなり心身共に苦しい時期でした。転出されたボスの偉大さを痛感し、自分の非力さを恨みました。
 平成21~23年度は古満さんや大口君らが入室してくれ、少しずつ芽が出てきた苗を育てていきました。この時期はペプチド産出ができないとどうしようもない時期でしたので、古満・益田さんらが中心となりペプチド産出を目指していました。そして、少しできたペプチドを使っての機能解析でした。再現性は?幻データか?捨てデータか?というのがこの第二期の後半の日常でした。上手く行かないことの方が多く、手の打ちようがなく途方に暮れていました。上手く育つのか、このまま枯れてしまうのか、崖っぷちの瀬戸際でした。ただ、言えることはこの時諦めていなくて本当に良かったということだけです。
 平成24~26年度の第三期は、優秀な人材が集まり、一つの突破口を皮切りに一気にデータが蓄積してきました。黄金期と言っても良いほど、恵まれた時期となりました。生研センターや大型科研費の採択が続き、平成25・26年度はピークとなりました。浮穴も研究の世界で少しずつ認められてきた実感があり、これも研究室メンバーのおかげです。「広大にも面白い研究している若手(もう中堅ですね)研究者がおるなー」ということが拡がってきたと思います。特に、科研・新学術領域の班員に4年間加えていただいたことは大きな収穫でした。医学系の著名な先生方の前で、当初はかなりしょぼいデータを話していましたが(本当に何もデータがありませんでした)、今は胸を張って素人の特権である「知らぬが仏」といった具合で発表させて頂いています。どんなベテランでも皆最初は初心者だと都合よく考えています。自分でも成長できた3年間でした。学生達も研究での壁を乗り越える努力に比例し、成長が目に見えて分かるようになり、先生冥利に尽きる経験を沢山させてもらいました。ありがたい思いでいっぱいです。

 この10年間を振り返ると、本当に色々な経験をさせて頂きました。講義、学内運営、学会活動、研究活動とそれぞれ内容は異なりますが、取り組んでいる際は大変だった分、充実した期間でした。どれも私なりに手を抜くことなく全力で取り組んだという気持ちはあります。隣の研究室にいらした安藤先生が私が助教授になるときに言われた言葉として、「助教授時代が一番仕事ができるのだから、時間はかかってもいいので焦らず頑張れ」というものでした。今思えば、この10年間、業績は二の次にして難しいテーマに果敢に挑戦できた自由な環境とそれを辛抱強く支えてくださった周囲の先生方・学生達の皆様のおかげです。これまでの研究者人生を振り返ってみて、マスターコースの大学院入試の時、ドクターコースへの進学の時、助手にしてもらった時、助教授にしてもらった時、学生が一人も研究室に来なかった時、上手く研究が進まなかった時、学会賞を受賞した時、研究助成が採択された時、学内の大型プロジェクトが採択された時など、見えない何らかの大きな力が働き、私を救ってくださったと感じます。周囲の大勢の方達の存在や良縁に恵まれたからに他なりません。
 ただ、哀愁に浸っても、これで引退とはならないので(卒研開始から22年が経ちましたが、定年まであとちょうど22年あります)、次の新たなステージへ進むためにも、これまで以上に頑張りたいと思います。次の3年間はいよいよ大輪の花を咲かせ、実ったものを収穫し、それを売りに出す時期だと思います。高値で売れるか安く売るかは私次第です。他の人よりも多くの時間と費用がかかってしまったのかもしれませんが、自分なりの進め方でやるしかないと半分は開き直っています。
 そろそろ締めますが、この10年で得られた有形無形の財産を有効に使い、さらに上を目指していきたいと思います。10年後、これまでの10年間よりもさらに飛躍できていればハッピーです。つまり、今が頂点ではなく今を踏み台とし、ジャンプできたらよいと思います。何故か私の人生は、結果オーライで上手く行っているような気がしますので、地道に頑張りたいと思います。安藤先生がドアに貼られていた「謙虚に、ひたむきに、感謝の気持ちで」を忘れないようにします。今まで支えてくださった大勢の先生方や学生達に恩返しをするためにも今後も精進を続けたいと決意を新たにしました。


2014年12月 今年最後のひとりごと
 今年も色々と勉強をさせていただきました。論文としては2011年以来となる数が出ました。ポスドク2名も次のポストがあり、決まった時は少しホッとしましたが、ここから先は本人の努力次第なので自己責任で頑張るしか将来はないです。浮穴研では2~2年半という短い時間でしたが、私も関わった責任を痛感しました。何のためにドクターコースへ進学し、学位を取ってポスドクになったのか、そして将来どうしたいのかを常に忘れないでほしいです。今年の世間を騒がせた○○細胞の若手研究者騒動からも、ライフサイエンスを担う若者には益々厳しい目が向けられるでしょう。若い時の教育と仕事に対する取り組み方が如何に重要であるかを再認識しました。
 一方、肝心の本丸の論文は年越しとなりますが、まとめへ向けて基礎固めとしては重要な年でした。学会発表賞も3件いただけたり、学振DCやエクセレント・スチューデント・スカラシップも二年連続採択されたりと、メンバーにとっては有意義な年だったと思います。研究の面では、昨年度と同様に専門家の先生方から色々なことを教えていただき、手探りで進めてきました。また、学会では著名な先生方から多くの貴重なお話を聞くことができました。これらの先生方は常に新しい事柄にアンテナを張っておられ、過去・現在・未来を線として繋いでおられることに改めて驚きを覚えました。
 研究には正解がなく、良い問いをすることが結果の大きさに比例してきます。しかし、「答えを上手に早く沢山正確に覚えた者勝ち」の二十歳頃までの教育だと、その後の伸びしろが無いように感じます。如何に良い問いをするか?これはとても難しいことです。もちろん答えを知りたいのですが、ある回答が出たとしてもそれが正解かどうか判断の仕様がないのも研究です。○○細胞の作製が再現できなかったことは確かに残念で、どうしてそうなってしまったのかは当事者でないので分かりませんが、科学に携わっているものとしては、何か今回の騒動で得た教訓や新しいアイデアを将来に活かしてほしいと感じます。科学の発展には自由がないといけませんので、規制ばかりが先に作られると窮屈になり、先細りするでしょう。
 今年の最大の収穫は、院生達自身が新しいアイデアを出してそれを証明・実行しつつある状況にいることです。今までは、私がある程度の解釈を行い、それが正しいかどうかを検証するスタンスでしたが、最近は皆が得た結果の点と点を繋ぎ、線として捉えようとしてくれています。これができるようになるには相当の時間を費やしたことでしょう。何度も自問自答し、「これだ!」と思うひらめきが出て来た瞬間、さらにそれを確認できた実験成果を得られた瞬間は何事にも代えられない喜びです。まさに電気が走るような体験です。私もマスター1年の最初にそのような経験をできたことが、今こうして研究者として生きているきっかけでした。色々な無駄や想像を繰り返し、四六時中、物事に熱中していないと良いひらめきや結果を出すチャンスは出てきません。たとえ仕事をしていない場合でも熱い想いや考えは新しいひらめきを生みます。最近考えたことに、「思考の別腹」というのがあるのではないかということです。色々な事に流されて、考える時間がないと何も生まれませんが、少しの時間でも集中して考えていると、あるとき急にひらめきの神様が降りてくるような気がします。最近、友人の研究者から言われたことに、「我々が研究を楽しまないと、学生達にそれを伝えられない」ということでした。確かにそうだと思いました。色々なプレッシャーは確かにありますが、サイエンスの基本は好奇心であることを忘れず、来年はもう少し余裕を持って研究と教育を両立しながら楽しもうと思いました。


2014年4月1日 生研センターのプロジェクト終了に際して思うこと
 2011年8月から開始した生研センター(イノベーション創出基礎的研究推進事業、若手研究者育成枠)の大型プロジェクトが2014年3月31日で終了しました。この3年間を振り返ってみたいと思います。
 まずは3年前、5回目の申請で39歳という年齢制限最後のチャレンジでした。申請書を出して少ししてから宮崎大・井田さんが主催された「ペプチド・ホルモン若手研究会」に声をかけていただき、初めてニワトリのデータを自分の所属学会以外の専門家に見ていただきました。今から思えば大したデータではありませんでしたが、あまりの反響の大きさにびっくりしたのを覚えています。この手応えだと生研センターも面接には行けるのかもの期待しました。その直後、東日本大震災があり、公募自体が白紙になると覚悟をしました。しかし、面接に呼ばれることがわかり、ニワトリ研究者の先生方に色々とアドバイスをいただきました。6月には面接があり、いつになく緊張した発表となりました。自分でも上ずっていることがわかり、大きなグラント審査の怖さを知りました。採択通知が届いた時には夢のようでした。申請書に書いていた計画が広すぎるということで、半分になりましたが、それはそれでやりたい研究に専念できるのでかえって良かったと思いました。
 その後、東京・埼玉での研究計画の打ち合わせや毎年度の報告会等では、なかなかこちらの研究成果ややりたい事を認めてもらえず、歯がゆい思いをしたこともあります。異分野、さらに応用研究という今まで携わったことのない分野にチャレンジすることの難しさを痛感しました。そもそもPIとしての研究の進め方からして悪いのではないかと何度も思い悩みました。大概そういう時は愚痴しか出ないのですが、堀場雅夫・スティーブジョブズ・稲盛和夫氏らの大経営者達の文庫本を読み、「自分の進むべき道は間違っていない。このまま続けよう」と思いとどまったものです。しかし、それは途中での苦労であって、3年間終わった今となっては本当に良い経験をさせていただいたと感謝の気持ちで一杯です。研究途中で関係の先生から次のようなお言葉をいただきました。「生研センターの支援を受けるということは、通常の科研費で進められる何倍もの推進力があるので是非ともチャンスを活かして頑張ってほしい」というものです。今の結果を得ることが出来たのは、確かに生研センターの支援の賜物だと思います。
 話は戻って、2011年8月からの研究開始でしたが、最初の二ヶ月間は研究環境を整えるのに費やしました。特にペプチド合成機の選定には手こずりましたが、結果的にはこの合成機があったからこそ研究が大きく進みました。日本で理研・東大に続く3台目の導入という点でも、支援のありがたさを感じることが出来ます。もう一つは、保険の実験の大切さを知りました。表から攻めて駄目だった場合は、裏から攻めるということ、そして両方同時に攻めておくことの大事さを知りました。また、学位取得直後の若いポスドク研究員の雇用でポスドク問題を身近に感じることもできました。ポスドクの葛藤と若手研究者の現実(力量や業績等)を知る機会にもなりました。
 この3年間の研究の進展を振り返るとまさに転機がありました。上記の繰り返しになりますが、この転機は間違いなく生研センターのご支援のおかげです。研究開始から1年半ほど経った2013年に入ってから漸く成果が出始めました。それまでやってもやってもネガティブで再現性も取れず、「とんでもない外れのテーマを選択してしまった」と日々後悔の念や撤退の時期を探していました。しかし、「諦めることを諦めた」瞬間、急にデータが出だし、今までの停滞が嘘のように視界が開けました。分かってみれば大したことはなかったのかもしれませんが、全てのピースが合った瞬間でした。点ばかり探して前に進めませんでしたが、点が2つ見つかったことで、それらが繋がって線となりました。この線がどこまで繋がっているのかを解析していくことがこれからの楽しみとなりました。2012年までの約4年間、徒労に付き合って今の成果を知らずに研究室を離れていった研究室メンバー達へは、皆の「道なき道を切り拓く努力」があったからこそ今の浮穴研があるということに対して御礼を言わせていただきます。最近では、色々な学会発表賞や学長表彰等をいただくことが出来ました。多くの努力をしてくれた研究室メンバーの試行錯誤の延長線上に今があり、これからも着実に成果を挙げていく使命があります。現時点では、学術論文としては1報ですが、10報以上になる基礎的なデータを集めることが出来ています。これからは論文としての成果を世に送り出し、研究の価値を認めていただけるようにより一層頑張らなくてはなりません。この3年間、「多くの研究費をいただいたからには超一流誌へ」という思いが強すぎて逆に論文にできなかったという負の循環もあったことも否めません。今できるベターな選択肢を選ぶことも私の仕事だと思います。それは肝に銘じて精進していかないといけないと改めて感じました。
 最後に、生研センターの研究リーダー、主査、評価委員の先生方には常に温かい励ましのお言葉を頂戴しました。「置かれた立場で何が出来て、今何をすべきか」という社会では当たり前のことを学ばせていただきました。どうしても大学で研究をしていると、「好きな研究を自分のペースで」と思いがちですが、国民の皆様の税金で研究をさせていただいているという基本を改めて感じました。つまり、費用対効果が重要です。その点では多々至らない点もありましたが、「若手育成枠」ということでお許しいただきたいと伏してお願い申し上げます。このご支援を足掛かりにして更なる研究発展を誓って、新年度に臨みます。決してエープリールフールの戯言ではありません。ありがとうございました。


2013年12月 今年最後のひとりごと
 これも年末恒例の師走行事となりました。年を重ねると年々一年が短くなっていくように感じます。今年はここ数年やってきた研究の集大成・最終段階だった年だったと思います。ようやく生理機能が見いだせてきました。気づいてみればわかることですが、過去数年間の悪戦苦闘が嘘のようです。「合成できない・溶けない・機能が見えない」という三重苦を乗り越えての現在です。研究室全体として14の学会・研究会・シンポジウムに出席し、延べ37の発表を行いました。例年の約4倍の数でした。結果がまとまってきたということ以上に、様々なご意見をいただき今後の研究を進めていきたいという思いが強くありました。何せベースが専門外ですから。その結果、ネガ・ポジ両方を含む多くの貴重なご意見をいただくことができました。学生達も発表経験を重ねるにつれて発表も上手になってきている様子がわかり、皆の成長を見ることができるというのも教育者の端くれとしては嬉しい限りです。学生達だけで参加させた研究会や学会も何度かあり、後日他所の先生から、「先生のところの学生さんたちの学会での発表や振る舞いは立派ですね」とお褒めの言葉をいただいたことが何度かありました(これは院生4名全員に対してです)。もちろん半分はお世辞かもしれませんが、自分の子供が学校の先生に褒められたという話を聞くような気持ちで、心から嬉しく感じます。私自身も多くの研究者の方々と新たに知り合いになれたことも大きな収穫でした。
 今年を振り返ってみると、2月の5人の卒論・修論生の論文提出・発表・審査があり、当時B4の別所さんの岡本賞受賞、当時M2の益田さんの奨学金返還全額免除が決まりました(ちなみに浮穴も15年勤務で漸く奨学金返還免除がかないました)。3月には浮穴の「特に優れた若手研究職」認定、5月にはM1の別所さんの動物学会支部大会での優秀発表賞、6月には新聞での研究紹介、7月にはポスドクの前嶋さんとD1の益田さんの国際学会渡航費支援採択、益田さんの国際学会でのスカラシップ採択、8月にはM1の近藤・鹿野・別所さんらの院生プロジェクトの採択、ポスドクの谷内さんの下垂体研究会での優秀発表賞、9月には内藤コンファレンスでの谷内さんの優秀発表者選定、10月には神経内分泌学会での谷内さんの優秀発表賞、益田さんの学振DC2採用内定、特許出願、11月は浮穴・岩越さんの学長表彰、12月は益田さんと別所さんのダブルで広島大学エクセレント・スチューデント・スカラシップ受賞、8月以降の民間研究助成財団からの4件の採択等と盛りだくさんの栄誉とご支援をいただくことが出来ました。これらの栄誉は個人に与えられたものではなく、「チーム浮穴」に対する評価だということはメンバー全員が承知しているところです。努力が正当に評価されることは本当に嬉しいことですし、そうだからこそ、皆に今後もこの調子で頑張ってほしいと胸を張って言えます。昨年は「みんな、いい夢見ろよー」と締めくくりましたが、まさに夢のような一年でした。しかし、夢は見るものではなくかなえるものだと言いますので、本当にかなえましょう。
 最近、よく「浮穴さんは、今が絶頂ですね」と言われます。ということは、この先は下り坂しかないのでしょうか。今を足場にしながら、できれば右肩上がりでこれからもいきたいところです。確かに今年は私の研究者人生でも一番多く優れた実験結果がでた年だと思います(自分で手を動かすこともなくなってしまいましたが)。研究室メンバーにはできるだけ自主性を重んじ、大きな目標は提示しても私から細かな指示を出すことをしませんでした。「自分の頭で考えて行動する、やらされているという意識ではなく自分自身の問題だとして解決方法を模索する、その過程を楽しむ」というポジティブフィードバックループが形成されてきたのだと思います。この間、私はといえば、報告書作成と修正の繰り返し、申請書作成、過去の仕事のレビュー論文作成といったところで、大部分は非効率的な仕事に終始していたように思います。これからはもっと生産性の高い仕事をしていく必要があると年末になってようやく反省しているところです。来年には論文として形となる成果が挙がるように集中していきたいと思っています。メンバー全員が喜びと達成感を味わえるようになりたいと思います。個々の活動としては色々なファクター(研究での問題点や就活など)があると思いますが、研究室としては目標を1点に集中させることが何よりも大切だと思います。研究室の皆さん、どうか来年もよろしくお願いいたします。そして、周囲で温かく見守っていただいている多くの関係者の皆様、今後ともご指導ご鞭撻をいただきますようにお願い申し上げます。


2013年9月 挫折しそうになったら
 最近、嫌なことがあった直後に良かったことがあり、精神的に落ち込んだり立ち直ったりした経験がありました(今に始まったことではなく、いつも気持ちは期待と不安の間を大きく揺れ動いているのですが)。私の科学的興味は「喜怒哀楽は脳内分子の働きで説明できるか?」というものですので、どうすれば、元気よく前向きに、ポジティブ思考で明るく生きていけるかということを常に考えています。
 研究をしていたり、講義をしていたり、社会生活(人生?)を営んでいると色々な嫌なこともたまにはあるものです。色々とやらないといけないことを抱え込んでいるうちに大事なことから目を背けたいと思い、現実逃避をしたいことも多々あります。
 さて、そのような際にどうやって研究(実験)生活を生き抜けば良いのかを私なりにまとめてみました(空港で3時間待ちという時間ができましたので)。あくまでも私の個人的な考えですので、参考にならないかもしれません。しかし、私の文章を読んで頑張ってみようかと思い直したという若い人もいましたので、そのような人が一人でも多く出てくれるようにまた記します。いつもの戯言です。

1.実験で思い通りに行かない場合
<初心者編>
 まずは色々とやってみましょう。本当の初期は、確立されている実験系でデータが出ることを確認しましょう。練習が大事でデータの出し方や結果の解釈の方法を学ぶ必要があります。研究生活は誰でも行っている日常生活とは明らかに違います(それが次第に逆転していきますが)。その後、答えの分からない未知の研究をするようになりますが、実験は10回やって1回成功すれば良い方です。それ以前に方法(プロトコール)を作っても間違っていることがあるのです。初心者は謙虚に先輩や先生の言うことを聞いて確認をしてもらいましょう。自分の思い込みで進めているのかもしれません。謙虚さとひたむきさが大事です。方法に問題がなくとも、「自分が与えられている仕事は先生や先輩が望んでいる通りにやっているのか」を認識しておく必要があります。私も経験がありますが、やらないといけないことが分からずに突き進んでいるために、方向がズレてしまって正解に辿りつけない場合が初期には往々にしてあります。まずは、言われたことができるようになることが重要です。オリジナルを発揮するのはまだ先です。自分の考えで研究を進められないことに劣等感やひがみ意識を持たないでください。特に最初の半年~数年間はこれが続きますが誰でも初期に通る道です。何も知らない、分からないことは初心者の特権です。

<中級者編>
 新しい研究室での1年目は気が張って頑張れるかもしれませんが、2年目になると1年目のように先輩や先生方も付きっ切りで指導してくれることは少なくなります。2・3年目に自力で頑張れるかどうかがその後順調に進んでいくかの分かれ目です。これまでの私の経験からも「放っておかれた際に、自分の頭で考えて研究をどれくらい進めていけるか」が肝心だと思います。逆に放っておかれていることに不安にならないでください。研究は常に孤独なものです。ある程度、放っておかれることは貴方が信頼されている証です。放っておかれない人は逆に何も信じてもらっていない人なのかもしれません。もし自分で考えることを楽しむことが出来れば、研究を楽しめているということです。「どういう結果がでれば自分の仮説が証明できるのか」を考えて研究することはとても楽しいことです。研究することはものすごくポジティブなことだと思います。誰も失敗したいと思って研究をする人はいません。成功したい、良い結果を出したいとポジティブに考えて研究をします。それが出来ないと、苦痛以外の何物でもありませんので、とっとと別の道に進みましょう。
 ある程度、技術もしっかりと身についてきたけど、上手く行かない場合。この場合はポジティブコントロール(ポジコン)をしっかりと取りましょう。ポジコンが出るのであれば技術的には問題ないのでまずは喜びましょう。小さいことを喜ぶことは重要です。大きな成功は小さい成功の積み重ねです。応用は基礎ができていないとできません。明らかに上手く行く系なのに、自分の実験が上手く行かないのは、もう一工夫や別の角度からの実験が必要な場合があります。つまり、新たな技術が必要です。今時は便利な時代で、メジャーな実験手法に関しては様々なハウツー本が売られています。それらを参考にしたり文献を調べたりして実験を繰り返しましょう。別の可能性を信じてトライアル・アンド・エラーの繰り返しが必要です。時には別のベテランに手を変えてやってもらうということも必要かもしれません。本当に実験の上手い人にしか出せないというデータも無いことは無いです。「慣れたころに安心感が出て失敗している」可能性だってあります。とことんやったのに望みがない場合には、思い切ってテーマ変更や別の実験への変更を先輩や先生に伝えてみましょう。ただ、その際には「これだけやったけどダメだった」という証拠が必要です。「自分の努力不足」では理由になりません。このためには、自分の頭でとことん考えて行動してみる必要があります。自分の技術と感覚を高めることで、違った目線で研究することが出来てきます。自分で作った料理は、多少美味しくなくとも最後まで食べられるものです。他人が作った料理にケチをつけていても決して美味しくはなりませんし、嫌いになるでしょう。

<ベテラン編>
 もう何本か論文も書いて学位も取得できそうなドクターコースの人とかポスドクの人についてです。上述の通りたくさん実験をしていても上手く行くことは滅多にないことは身を持って承知しているでしょう。ですので、「保険の研究」が必要です。学位を取得しても職に就けない人はたくさんいるので、業績を稼ぐ必要があります。そのために手堅く論文になりそうな研究を一つは持っておきましょう。ただ、先のことだけ考えすぎで目の前のやらないことが進まないというのでは本末転倒です。
 銅鉄実験ばかりでも実力が付きませんので、難しく大きなテーマを進めるのも決して忘れないでください。そのためには、「隠れ実験」、「こっそり実験」、「裏実験」が必要です。私は今の研究内容を進めるまでに10年近く予備実験をしていました(もちろん論文になる研究テーマを柱にしていましたが、あくまで本命は別にありました)。本当にやりたい研究を行うには、それぐらいの準備期間が必要でした。若手イケメンシェフがテレビで、「若い人で、期待され業績を残している人は、遊ぶ時間や寝る時間を削ってでも仕事をしている」というニュアンスのことを言っていましたが、同感です。楽して成功することは天才でなければ無理でしょう。私の経験だと、学位を取得してからも10年頑張らないと一人前にはなれないと感じます。漸く最近になって、「自分の目利きは正しかった」ということが増えてきましたが、たいがいは間違った方向に突き進んで、時間と研究費を無駄にしています。ただ、無駄の中からしか宝物は出てこないような気もします。研究ほど「非効率な仕事」はないのです。数多くの失敗やネガティブデータの先に上手くいく種が見つかると思います。そのちょっとのチャンスを見逃さない注意力が必要です。効率だけ求めるのは酷ですが、世間は成果しか見ないのも確かです。バランスを考えるのも重要です。研究の道でご飯を食べようと思っているのならば、オーバーワークでも何ら気にならない体力と四六時中研究のことばかり考え続けられる興味とモチベーションが必要です。もちろん、人間は機械ではありませんので休息も必要ですが、メリハリが大事です。楽して成功したいと思う人は別の道に進みましょう。

2.先輩や先生に怒られた場合
 どうして怒られたのかを理解していますか?貴方を嫌いだから怒っているわけでもいじめているわけでもありません。怒る側もそれなりのエネルギーと精神的な負担があるのを理解してください。貴方のことを思って言っているのです。怒っている対象は行為であって、貴方の存在や人格を否定しているものではありません。本当です。逆に、怒られなくなったら「見放されている、無視されている」可能性大です。上述の通り、先輩や先生の思いを汲み取れるかということですので、あまりピンとこない場合は、「怒られた理由を確認」してみてください。期待感が強いから怒られるのです。上司は単にストレス発散しているのではありません。「倍返しだ、土下座しろ!?」と思う前に自分の行動を冷静に見つめ直しましょう。人間性が無く怒るのであればハラスメント委員会に訴えましょう。
 研究で怒られる場合は、幾つかの原因があります。以下に例を挙げてみましょう。
 初歩的には片づけ・掃除や研究準備が不十分な場合。研究室のルールを何度言っても守れない場合。ノートやデータ整理がすぐに出来ない場合。過去の自分のデータを忘れてしまっている場合。気が入っておらずに実験する場合。はしゃぎ過ぎたり、自分勝手な行動ばかりして周りに迷惑をかけている場合。皆でやらないといけない作業をやらない場合。他人に横柄な態度ばかり取っている場合。研究室の雑用は後輩がやるものだと思っている場合。準備不足でセミナーや学会発表の出来が悪い場合。時間を守れない場合。遅刻や重役出勤が続く場合。ダラダラとして周りに悪影響が出そうな場合。やらないといけない仕事を真面目にやっていない場合。やるように言われた仕事をいつまでも放っておいてしまっている場合。出来ない言い訳ばかりしている場合。他人事だと考えている場合。嫌々感を前面に出している場合。他人の仕事ばかり気にして自分の仕事がおろそかになっている場合。自分ばかり不幸だと思っている悲観的な場合。先生や先輩が自分のことを悪く思っていると被害妄想している場合。などです。
 どこかの会社のCMで「100回試みて1000回省みる」というのがありますが、確かにそうだと思います。

3.思い通りに行かない場合
 確かにそうですね。期待した通り、思い通りに行けば苦労しないです。自分の適性はなかなか自分には見えないものです。でも、「好きなこと」を見つけてください。好きなことだと多少の嫌なことがあっても耐えられます。ノーベル化学賞受賞者の下村先生に言わせると、「途中で諦めるくらいだったら、それは本当に自分がやりたかったことでも好きなことでもない」ということのようです。本当に好きだったらとことんやり続けられるのです。ただ、それも思い通りにはならないのも確かで、失敗続きだと、「自分には適性がないのかも、別のことをやったら成功するかも、別の道があるかも、もっと楽したい、頑張りすぎじゃないのか?ここから逃げ出そう」と思ってしまいます。その時には、原点に戻りましょう。「自分が言い出したことなので、とことん挑戦してみる」ことが重要です。結果的に全てが失敗に終わっても、心はすっきりしているし、それなりの達成感も逆に湧いてきます。これぐらい努力して無理なら、他の誰がやっても無理だと思えるまでやってみましょう。でもその過程で、自分らしさや健康に害が出てしまったら、それこそ、「縁が無かった」と諦め別の道に進むことも有りです。決して負け犬ではありません。人には出来ることと出来ないことがあるのです。頑張っても無理なことは確かに存在します。心身共にこれは仕方のないことなのです。現時点では自分の実力と運がなかったと開き直りましょう。嫌なことは早く忘れて別の道で生きることも大事かもしれません。負けるが勝ち、大器晩成型だと思って、生きていきましょう。けっして逆恨みだけは無しにして欲しいです。

4.周りからの評価が悪い場合
 それに気づいているということは十分に見込みがあります。評価の悪い人はたいがいそのようなことには感心がありませんので。
 社会では、「ホウレンソウ」が重要なようで、報告・連絡・相談が必要です。自分の思い込みで進んでいては周りのものはいい迷惑です。まずは、この「ホウレンソウ」が出来ているかどうかをチェックしましょう。また、気配りが重要で、疲れない範囲で気を回す必要も集団生活をしていれば生じます。評価の低い原因は、大抵は、「自分勝手、自己中心的、周りの意見を聞かない、やるべきことをやらずに遊んでいる、仕事をしない、気が回らない」というもので、少々本筋で成果が出なくとも、他人のために努力をしている場合は、目をつむってくれるものです。ですが、本筋で成果を出して誰からも高い評価を得られるようになりたいものです。そのためには多少の犠牲も必要です。今頑張らないでいつ頑張るのでしょうか。「今でしょ」は流行語です。別の道に進んだ時に頑張れると思ったら大間違いです。今頑張れない奴はいつまでたっても頑張れないと理解しましょう。「後でやる、は絶対やらないの同義語」だということを私は配偶者から叱られて漸く気付きました。
 また、期待されていることが出来ているのかというのも評価になります。先生や先輩は、10のことを要求していても8しかできない場合は評価が悪いのです。6しか期待していないのに8できた場合、評価は高くなります。同じ8なのに理不尽ですね。自分の置かれた立場と期待度を絶えず客観的に判断できるようになれば一人前です。自分の都合だけで期待を裏切るのは、相当な落ち度だと考えたほうが良いです。それがバレないと思っている方が間抜けです。心にやましい気持ちがあると自分らしさを発揮できず窮屈になります。百戦錬磨を戦い抜いてきた上司は部下の気の緩みや隙は簡単に見破れます。無言でも評価は下がっているのです。一度評価が下がるとそれを挽回するのには相当な努力が必要です。
 ただし、評価ばかり気にしていてもどうしようもありません。自分の価値観を確立し、少々陰口や悪口を言われていようが結果で示せるように開き直るたくましさもこれからの時代重要です。これが鈍感力というのかも知れません。

5. お金、友人、恋人で問題が生じたら
 そんなことは本人が解決するしか方法がありません。私が教えられる範囲を超えています。自分自身が痛い目をして乗り越えていくしかないのです。良い方法があったら是非とも私に教えてください。


2013年3月 特に優れた若手研究者(DR:Distinguished Researcher)に選定されて
 出すぎた杭は打たれない存在へ、「Dreamer & Researcher」
 これは、広島大学から「国際的にも認められる研究大学として発展するように、教育や大学運営はそこそこで良いので、脇目も振らず研究を猛烈に行い、世界トップレベルの業績を出し、外部資金を少しでも多く稼ぎ、大学の看板・宣伝となるような研究を行う若手研究者として期待している」というお墨付きを与えられたということでしょう。大変名誉あることだと思います。
 確かに、本当に能力のある研究者ならそれも可能なのでしょうが、私のような非力で気弱な教員がそれを成し遂げるのは無理だと思います。私は学生達に、「最初から無理だと思うな」と日々言っていますが、「自分の置かれた状況で、研究だけに専念する」ことは不可能だと思いますし、そもそも、大学教員は研究職で良いのかという疑問があります。研究だけをしたければ、自分で研究所を立ち上げればよいと世間から叱られそうです。ということで、以下のような大きな目標を掲げたいと思います。DRに選ばれたからこそ書ける夢を記します。大きな夢を見る研究者(DR:Dreamer & Researcher)になりたいのです。結局は、研究というものを土台にしながら、人材育成・講義・大学教員としての仕事・学界活動ができれば良いと思っています。それができれば、本当に突き抜け、誰からも認められる存在になるでしょう。まぁ、いつもの戯言です。

1. 現在進めている研究を完成させるように研究室一丸となって研究に打ち込む。それをできるだけサーキュレーションの良い科学雑誌に掲載されるように努力する。
 背景:確かにここ数年、多くの貴重な研究費をいただき、研究をすることができています。大変ありがたいことです。これは、研究者としての私の直感から「本当に思い通りの成果が出れば世の中がひっくり返る新発見となる!」とアピールし、審査員も半信半疑ながら、「そこまでの思いがあるならやってみたら」という期待感があったからだと思います。しかし、研究ほど「予想が外れる」こともないと思います。この4年間のほとんどが、やってもやってもネガティブデータでした。たまに出たチャンピオンデータも再現性が取れませんでした。期待が大きければ大きいほど、失望も大きいものでした。出口がどこかも分からず、暗闇をさまよう日々もありました。もういっそのこと諦めた方が楽ではないかと思うことも何度もありました。しかし、ここ数か月で、それも抜け出せるかもという状況になってきました。「やっぱりDRに選ばれるだけはあるわ―」とも思います(!?)。あとは、できることをやって、早々にまとめていきたいと思っています。それができないと、将来的に我々をサポートしてくれる研究費も人材もいなくなるでしょう。本当にウソつき研究者で終わるでしょう。

2. 研究を通じて、「考える力」「努力する姿勢」「困難に打ち勝つ精神力」「継続性の大事さ」「謙虚さと感謝の心」を持った若手人材(学部生、院生、ポスドク研究員等)を育てる。
 背景:この「雑感」でもさんざん記してきたように、「楽して成功したい、カッコよく上手くやり過ごしたい」と思う人が多くなってきました。時代の流れなのかもしれませんが、そんなことを考えている人は浮穴研を選ばないでしょうし、間違って選んだとしたらとんでもなく不幸になるでしょう。逆に、将来の糧になるように今こそ苦労して頑張りたいと思える人材育成をしたいと思っています。もちろん、人間は機械ではないので、「しなやかさ、柔軟性、臨機応変」が効く人になって欲しいものです。浮穴研で得たものを人生の礎にする人が育ってほしいものです。常に前向きでいるためには、「楽天家、ユーモア、愛情、包容力、寛大さ、図太さ、鈍感さ」が基礎にないといけません。

3. 以上の2つのことを地道に行えば、学会発表賞、奨学金、助成金、ポスト等は学生・研究員へ自ずと返ってくると信じる。
 背景:研究室を主宰してから、ありがたいことに私以外の研究室員達も、学会賞、学会発表賞、学部長賞、研究費をいただく機会に恵まれました。それが学生・ポスドク達の自信や地力に繋がれば嬉しいと思っています。もちろん期待通りに事が進まない経験も数多くありましたし、受賞が最終目的ではありません。それに向かう心掛け・心根が重要なのです。決して「どうせ頑張っても先は無い」などと悲観的に思わないでほしいのです。努力は必ず報われる世の中であってほしいと思います。先生や親のために研究をするのではなく、自分自身の喜び・成長や将来のために研究に打ち込むことを第一に考えれば、「しんどいことをやらされている」という考えは生まれないでしょう。人間には本能として「知らないことを知りたい、見つけたい。研究したい」というものがあると思います。卒論生でも秋ごろになると、「○○の実験をやってみたいのですが」と言ってくれるようになりました。これは大変すばらしいことだと思います。指示されるのを待つのではなく、自分から問題を見つける力がついてきたということだと思います。答えを知るよりも問題を見つけることの方がよっぽど大変なのです(もちろん答えが分からないので苦労しているのですが…)。

4. 講義を通じて、「現代社会における生命科学の重要性、問題点、興味、不思議、わかっていないこと」を学生に伝える。教員の一所懸命さを理解してもらえるように講義を行う。
 背景:このDRというのに選ばれたからと言って、講義分担をたちまち減らしてもらえることは無いでしょう。最近は、受講生は「お客様」化しており、匿名の授業評価アンケートで、ずいぶんと「上から物申す」学生さんも多くなりました。それもしょうがないのかもしれませんが、「学生にとって授業料を無駄にしない講義」をきちんと行うことも大学教員の使命ですので、頑張りたいと思います。講義を初めて行っていた7・8年ほど前は、「先生の講義は面白いです。他の講義も受けてみたいです。是非、研究の話も聞かせてください」と言ってくれ研究室にも遊びに来る学生さんも何人かいました。今では、質問さえしてくる学生も激減です。「自分の理解できないことは別世界の出来事」と思っているのかもしれません。これは何の影響なのかわかりませんが、とにかく若者の理科離れ・生命科学離れというのは深刻なような気がしてなりません。「新しいことを自分の目で発見してみる。解決してみたい」と思う人がもっと増えてくることを期待したいです。

5. 組織の一員として、与えられた仕事は嫌な顔をせずに受け入れ、積極的に解決する。
 背景:私はこれまで頼まれたことは大抵断らずに引き受けるようにしてきました。「人がいいねー」と言われますが、「せっかくお願いしてきてくれたのだから」と思ってしまいます。大学業務の大部分はいわゆる「研究とは関係の無い雑務」です。雑務をこなしていると仕事をした気分になりますが、研究をしたければしたいほど雑務はしたくなく、できれば後回しにしたいものです。頻繁に〆切を守れずに謝っています。しかし、多くの事務の方も含めて誰かがその雑務を本職としてやっているのも確かなのです。バランスを考えながら、それらの仕事をこなしていく必要があります。組織の中で生きていることを忘れることの無いように組織や社会に役に立ちたいと思います。私は常々、「社会に役に立つ仕事をしたい、健康や福祉に還元できる研究をしたい」と言っています。家では、「ほんとに役に立たんねー」といつも言われますが(T_T)。

6. 学界の発展を考える。
 背景:自分の学界(学会組織を含めた研究領域)は、「動物学や比較内分泌学」でしょう。脳ホルモン研究を通じて、数多くのことを学んだり研究したりしながら日々生活をしています。この学界の大部分は大学関係者のボランティアで成り立っています。色々な活動がありますが、自分のできることや立場を考えて行動していきたいと思います。あと、学生達にも積極的に学会大会へ参加させ、色々な人と接して交流を持たせたいと思います。学会大会に参加することで、「自分が行っている仕事」を積極的に他人に伝えることの大変さや面白さを実感してほしいのです。そして、大勢の人達が真摯に研究に取り組んでいることを知ったり、影響を受けたり、「自分の知らないこと」を少しでも理解したりできるように努めてほしいと思います。


2012年12月末 今年最後のひとりごと
 今年は煩悩が少なかったのか多すぎたのか、ここへの記載が妄想追加だけでした。つぶやきだけして、仕事納めをしようと思います。
 研究は狙った通りに事が進むことなどめったになく、予想外の方向に進むほうが多いと思います。これは研究に限らず、人生全てかもしれません。
 今年はかなりの時間・人力・研究費を「再現性がとれるのか?」という一点に費やした気がします。皆が半信半疑の中でよく「やり辛い おやじギャグBoss」に付いてきてくれたものだと、ただただ感謝です。皆よく仕事してくれました。
 まだ答えが出ていない段階ですが、今まで一歩一歩地道に積み重ねてきた実験結果の「点と点が線になる瞬間?」が近い気がします。これも妄想かもしれませんが、夢があるというのは良いことだと思います。2年連続してポジティブに年を越せることができるというのは嬉しいことです。
 2013年が研究室員を含め皆様にとってハッピーな一年になりますように。せ~のZI○!?
「みんな、いい夢見ろよー」(娘の保育園のI先生の迷言??)


2011年12月 今年の収穫・今年最後のひとりごと
 早いもので1年があっという間に終わろうとしています。ついこの前に、○○○ポンで頼んだおせち料理が、、、という話をしていたと思ったのに。卒論生4人の怒涛の卒論発表会が2月に終わり、3月には宮崎でのペプチド・ホルモン若手研究会で松尾先生の貴重なお話しを聞けました(未知への挑戦が重要だということ)。その後には東日本大震災の未曾有の被害で日本全体が暗くなりました。研究費も2月時点で底をつき、社会情勢を鑑みて今年はどうなることか不安になりました。5月には緑色蛍光タンパク質発見でノーベル化学賞受賞者の下村先生のお話しを広大で聞くことができました(物事を簡単に諦めてはダメだということ)。6月以降は生研センターの最終面接・採択通知、8・9月の研究環境整備、10月からの新メンバー加入となりました。期待していた結果が10・11月と立て続けに出て研究も何とか順調に進み、秋の学会でも「ずいぶん進みましたね。完成間近ですね」と沢山の人に声をかけていただきました。また、神経内分泌学会大会の特別講演の中で京都府立医大の河田先生の「知の循環が大事」というお話しにも感激しました。一方、ここ数年やってきた抗菌ペプチドの仕事も全て論文にまとまり、神経ペプチドの研究に専念できるようになりました。特許出願も3件行いました。講義以外の大学業務も今年は大学院関係の役職が中心となり昨年までと比べると楽になりましたが、何故か大学に泊まり込む回数は増えました。毎朝、「真面目に一所懸命やっていればいつか上手くいく!」と自分に言い聞かせて研究室に来るようにしています。ネガティブ思考よりもポジティブ思考で取り組んだ方が絶対に良いことがあると信じているからです
 研究生活19年目に気付いたことがあります。それは、「実験科学=条件探し」だということです。iPS細胞の発見も数種類の遺伝子を体細胞に放り込むとリプログラミングが生じるという条件探しの成果だと理解しています。秋の学会で研究室の参加者が感じたのは、「他の研究者は沢山のデータを出している。我々も毎日頑張っているのに何故データが少ないのか?」というものでした。私も夏の科研費の班会議で医学系の研究者の成果を聞いて、「我々の研究はまだ始まったばかり」と感じました。裏を返せば、「我々の研究は条件探しが難しい研究をしている」ということで割り切るしかないと思っています(医学系のマンパワー・マネーパワーには到底太刀打ちはできません)。全ての努力が報われることなどなく、まして研究は100回、1,000回やって1回上手くいけばラッキーです。「条件探しのためには思いつく可能性を全て試してみる。次こそは上手くいくと念じながら研究を進める。結果的に無駄となってもしかたがないし、失敗から学ぶことも多い」と思います。小惑星探査機「はやぶさ」の川口リーダーも「はやぶさ」が消息不明になったときに神頼みをされたそうです。信念はかならず状況を好転させるということだと思います。我々も答えが無い宝探しを毎日行っている点は「はやぶさ」プロジェクトと同じです。
 色々思うに、最近は、「自分の前には大きな壁がある。自分はこれくらいの能力だからこれくらいのことしかできない」と最初から決めてかかって行動しない人が増えているように思います。低レベルの例え話だと、「明日は大雪になるでしょう」と天気予報が出たとたんに、翌日に実際は雪が全く降らなくとも「家から一歩も出ない。これは昨日から決めていたことだから」ということをここ数年で幾度も見てきました。目先の成果主義の世の中では、「すぐに結果が出ないから辞めます」、「しんどいことはやりたくありません」、「どうしたら楽して成功できますか」、「自分の都合を優先します」、「そもそも目標が何か分かりません」という人間しか育たないように思います。大学教育は逆なのではないでしょうか。もちろん、私自身ができていないことだらけで、都合の悪いことは棚に上げて敢えて言いますが、「すぐに役には立たないけど自力・底力・感性のある人間になりたいです」、「自分の目標を大学生活で見つけます」、「しんどいことがあるかもしれないけど目標に向かってがんばります」、「目標達成のためならどんな困難にも耐えます」、「社会の常識を守り利己的な考えを捨てて協調します」という教育を今こそすべきではないでしょうか。大学の本当の姿は目先の成果を求めることだけではないと思います。もちろんベースに忍耐・努力・情熱があっての話です。「未知の出来事に挑戦する、努力する能力を養う、そして得られた知・人材を社会に循環させる」という冒頭の三大先生の貴重なお話しを聞けただけで、「今年は良いことがあった」と思える年末となりました。やる気が満ちてきました。


2010年12月末 今年最後の中間発表を迎えて
 ついに頂上が見えてきた!本気で取り組む勝負の時が遂に来た!
研究室の皆さんへ。
 2010年も終わろうとしています。
 漸く大口君の納得のいく結果が出て生命系のクリスマス会では飲み過ぎるほどの嬉しいことになりました。
 今年の研究室を振り返ると3月の古満さんの岡本賞受賞、大型研究費採択、以前からやっていた神経ペプチドの論文採択(EndocrinologyのオリジナルペーパーとCell&Tissue Res.の総説論文の2報)、11月の岩越さんの若手発表賞受賞、抗菌ペプチドの論文採択(Peptides)、等と世間から見れば上手くいっている研究室と思われる成果や評価が出ています。
 しかしながら、私も含め、皆の中で「達成感よりも、こんなので良いのか?」という不安感の方が強いと思います。私の経験から言っても「世間から見る華々しい研究の世界」と「現実の混沌とした高い壁」の狭間であえぐものです(私がマスター終了時に企業に就職しようと思った理由も、某先生のうなだれた背中(!?)に失望したからです)。研究とは、「失敗の残念な気持ちとちょっとの期待感の間を振り子が揺れ動く」ようなものです。私自身でも毎日胸がつぶれるくらいの不安感とそれを上回る希望の狭間で生きています。
 皆さん、それぞれが重要な仕事を受け持っています。大口君の結果も決して彼だけの成果ではありません。色々な人たちの努力の結集です。卒論生だろうがベテラン(若手?)ポスドクだろうが差別なく「一研究者」として扱われる浮穴研の仕事に各自が「誇りと自信」を持ち、新年を迎え、来年こそ成果が形になるように頑張りましょう。
 卒論生はこれから卒論発表会や卒論提出へ向けて勝負の時です。4年間の集大成として悔いの無いように頑張って下さい。マスターの人は就職活動も入ってきますが踏ん張り時です。それにプレッシャーを感じるようでは自滅し、共倒れします。プレッシャーをやっつけるぐらいの強い意志を持ってほしいです。私はマスターの頃、毎日夜中の1時や2時頃に帰宅していましたが朝一の電車で就職活動に行っていました。その後も夕方から実験を必ずしていました。就職活動も研究も結局最後は自分との闘いです。評価とは、何であれ、現時点での等身大の自分の姿が分かる健康診断のようなものです。
 「何のために研究をしているのか?目的は何か?」を絶えず考えながら研究に打ち込んでください。以上。


2010年6月末 研究室内中間発表を迎えて
 研究を楽しむために―執念や情熱を持つことの大切さ―
研究室の皆さんへ。
 室長の浮穴です。抽象的な話ばかりで具体的な話は一切ありません。
 平成22年度も1/4過ぎました。2010年で言えば半分過ぎました。卒論書きのことを考えれば残り半年と考えた方が良いでしょう。私も「今年中に論文投稿」の夢はまだ捨ててはいません。
 現在研究室総出でやっている研究ですが、これぞ狙った新規遺伝子だと確信してから早いもので丸2年間が過ぎようとしています。簡単にできる実験は片付き、もはや本丸突入の難しい実験しか残っていません。しかしまだ課題は山積みです。難しい課題であるがゆえに先人達も発見していない遺伝子なのでしょうから、ある意味仕方のないことかもしれません。しかしながら、見えない世界中のライバルは既にあと一歩で明日にも成果を出そうとしているのかもしれません。それが現実でも決しておかしくない仕事に絡んでいるということです。どうか皆さんも見えない敵を意識しながら、今日できる仕事を明日に延ばさないでください。何も成果(論文)が出ていない研究に対し、幸いにも国や民間財団から過分の研究費をいただいているのも確かです。現実は歯がゆい思いの連続の研究ですが、期待されていることも忘れてはいけません。多くの消耗品や実験機器を購入できているのも世間から見れば幸運なことなのです。恵まれていることを忘れてはいけませんが、それを誇りに感じてもらっても大げさではありません。
 さて、皆さん毎日楽しいですか?自由に大学生活を送り、好き勝手にできて楽しいという人はここにはいないでしょう。研究室に所属しているからには「研究活動を楽しむ」ことが重要です。何が不明で、解決のためには自分は何をすべきか?を常に考えていないといけません。他人や先生に言われて行動を起こすようでは大学人ではありません。指示待ちで何もしない厄介な人は研究の世界では生きていけません。「自分の頭で考えて即実行する」ことが大切です。もちろん経験の無い実験は、考えることなど無く、先輩や先生に聞きながら吸収していくしかありません。しかしある程度学べば考えることも必要です。それは自分に任された仕事なのですから。常に「しんどい、疲れた」を知らないうちに口癖にしているようでは研究を楽しんでいることとは真逆です。「研究=ノルマ、やらされている」と考えているうちは辛いだけです。「研究をつまらないものにするのも楽しいものにするのも本人次第でどうにでもなる」と私の先生はいつも言われていました。逆を言えば、折角面白いテーマをダメにすることほど悲しいことはありません。いつも同じことを指摘されている人は他人が何を求めているのかが分からないのでしょう。ここは息の詰まる思いをしてまで嫌なことをやらないといけない地獄でもありませんが、仲良しサークルではないことも確かです。皆が一つの想いを達成するための研究室です。若い人は正面から他人の悪いところを指摘することが無くなってしまっていますが、互いに刺激を与えながら、安易な方向に流されないように注意しあう事は研究室では重要なことです。そのためには、メリハリが重要で、集中力とリラックスの両者が無いと長続きしません。雑念ばかりで何にも集中できないという状況では問題ありです。
 「先人達が発見しなかったことを自分自身の手と目で発見する喜び」を感じるために、「急ぎ今しないといけないことを考え実行する」ことが大事です。平成21年度からプロジェクト型研究にシフトした弊害もあります。「自分の仕事は○○だから××の実験は他人事」と考えていませんか。皆で情報を共有し、プラスに活かすことが重要です。浮穴研では多くの実験手法を学び実行するというメリットがあります。逆に言えば一つの実験手法で研究がまとまる時代は過ぎました。多くの実験手法を学び、さらにその技術に改良を加えて効率のよいものに仕上げていくことも研究の楽しみの一つです。新しい研究手法を独自に調べて色々と試し研究室で立ち上げてみることは、まさに「手に職」です。欲を言えば、「今時間があるので、何か手伝いましょうか、自分にできることは無いでしょうか」と他人に言えるぐらいの余裕や気遣いを持ってくれるのが理想です。他人の目ばかり気にしてもしょうがないですが、他人の目が気にならないくらい、研究に没頭することができれば最高です。逆に、皆が掃除・片付けや作業をしていたり、ゴミ捨てをやっているのを気付かずに知らんぷりでは社会生活を営んでいる者としてはいかがなものでしょうか。
 私自身の卒論生や大学院生のころを思い出すと、「よくあれだけ仕事したものだ」と今になっても思います(助手時代も私の仕事量を超える学生はそれほど多くはいませんでした)。哀愁に浸っているつもりはありません。あの時の「執着心や誰にも負けたくないという情熱がなければ今の自分は無い」と思うだけです。もちろん卒論生時代は無知の塊だったので、日々鍛錬といった具合で、多くの失敗を経験しながら一日一歩を大切に地道に噛みしめるように過ごしたものです。もちろん、たまには気晴らしで友達とはしゃぐことは忘れませんでしたが。卒論も目途のついた秋ごろになると、「今の自分に何が足りないのか、こんなことで一人前になれるのか」を真剣に考え続け、大学院に進学するためには「自分の頭で考えたことをもとに行動に移す」ことを実行するようになりました。つまり、ある程度学んだあとには自分のオリジナリティーを発揮できる環境の構築しかないと感じました。院生になると教えてもらえることなど限られたもので、自分自身で調べて解決していくしか方法が無いのですから。二十歳頃になると自分の他人より劣っているところや優れていることが少しずつ分かってきます。短所を治すより、長所を活かすことが「自分らしく生きる」近道だと思います。私の長所は、「体力的にしんどいことでも継続して続けられる。それを解決しようと色々と考え行動することが何よりも楽しく好きだと感じられる」ということに気づきました。つまり、実験していると時間も寝食も忘れ没頭できるという「趣味と特技」を発見したのです。「他人から言われたことには従わないけど自分の信じた道なら進める」という天の邪鬼気質が最大限に生かせる職がまさに研究だったのです。
 世の中、社会情勢や労働環境など不安材料が一杯で地に足が着かないことも確かです。こういう時代だから「免許・資格や公務員」と考えがちですが、それは本当に本心から渇望していることなのでしょうか。すぐに役に立つ人間ばかり育てようとすることは間違いです。役に立つ=必要だとしたら、必要でなくなったときには切り捨てられるだけで、すぐに役に立たなくなります(この例が派遣切りです)。浮穴研でやっている研究は決してすぐには世間の役に立たないと思います。しかし、それを通じて沢山のことを学ぶことができるチャンスだと思います。役に立つかどうかは役に立たないことを山ほどした後に気づくことで、「結果」です。私は結果だけを鵜呑みにはしません。それは間違っているということも当然あるからです。私には途中経過のデータを見逃さないという取り柄があります。過程も含めての結果が大事で、その過程を大目に見ながら見守っていくことが教育の重要な点だと思います。結果だけを早急に追求すると捏造やインチキが氾濫します。多くの失敗を経験しないと成功は分からないし、それを楽しめないでしょう。「研究が好きか嫌いか、自分に向いているかどうか」なんて思うのは、研究をとことんまでやって得られる感触で、すぐに答えは得られません。やっていることは苦しくて大変でも全体として「研究が楽しいか」が重要です。ちなみに、「どういう対象のオリジナル研究を進めていけばよいか?」というのは、博士号を取って10年くらいしないと分かるものではありません。私の好きな言葉に、「土の味を知らずして横綱になったものはいない」というのがあります。本当の喜びは苦しみの先にしかありません。また、あまり先のことばかり考えすぎで現実がおろそかになる場合が多々あります。まずは目先の仕事をやることが大事です。研究室に長時間何もしないで机に意味なくかじりついて「研究している雰囲気」を感じてお腹一杯になっている者をこれまで数多く見てきました。そのような中で成功した人を私は知りません。
 さて、卒論生の皆さん、3ヵ月過ぎましたが、ようやく自分の置かれた立場が分かってきた頃でしょうか。「3年生までの勉強や学生実験と研究は全く別物」ということが分かってきたでしょう。実験は答えのない自由研究です。この場合の自由は、好き勝手という意味ではなく、アプローチの仕方が様々あるということです。私からは既にテーマは出しましたが、本当の問題は何か?どのように実行すれば答えが書けるのか?は手探りで進んでいくしか誰も分からないことなのです。研究に上下関係はありません。先輩は自分の経験の一部を教えることしかできません。誰も答えを知らないのだから「自分で行動すること、挑戦すること」でしか解決できないのです。頭の中で餅をつくよりもまず実験しましょう。「指示されていないからやることがありません」では悲しすぎます。少なくとも明日何をするかを意識し、心の準備をしてから帰宅しましょう。心の準備ができれば自ずと実験の準備はできています。寝る前のイメージトレーニングこそが早熟と熟睡のコツです(私だけ?)。その日の朝に指示されてから動くようでは遅すぎです。斎藤研のようにプロトコールを暗記することまでは要求しませんが、上には上がいることも知っておくことは重要です。他人の良いところを積極的に吸収することは自分の成長に役立ちます。
 一方、院生はどうでしょうか。卒論研究だけやっていれば良かったハッピーな卒論生時代が懐かしいでしょう。コア科目や講義など、「修士号」をもらうためのノルマに潰されていませんか。少ない時間を有効に使い、入れ子にしながら研究を進めていかないと何も成果が残りません。誰よりも沢山仕事をする院生であって欲しいです。恵まれた環境にあぐらをかいていてはいけません。秋の学会シーズンへ向けて今頑張らないと、寂しく悔しい思いが自分に返ってきます。もう少ししたら就職活動も始まります。世間の厳しさは研究の厳しさとは別次元です。就職活動をしてみて初めて今の自分の未熟さや考えの甘さに気づくでしょう。上述の通り、適性が自分でも判断がついてくる時期なので葛藤があるでしょうが、躊躇せずに「自分が気持ちよくハッピーになれる道は何か、本当に好きで我慢できる道は何か」を考える時期だと思います。親、友人、恋人の意見などは参考意見です。進路の適性があるかどうかは自分で気付いているはずです。就職するならば「研究できる時間は限られている」し、進学ならば、「これまでの3年とは違うところで、他大学や他研究室で地力をつける」ことを勧めますし、逆に言えば「今の働きぶりでは他所に出せないし受け入れられる研究室などない」というのも本音です。もちろん、どの道に進もうが、評価は他人からされるものです(悲しいかな、思い通りに進まないのも人生です)。自分を如何に他人に高く売り込むかは普段から訓練しないと身につきません。逆に「嫌み」と取られるとマイナス効果です。
 私は、他人から「ああしろ、こうしろ」と言われるのが大嫌いなので、私も皆さんに事細かに指示を出さないようにしています。自由研究とはある意味しんどいのも確かですが、皆さんも納得しながら進まないと腑に落ちないでしょう。何度も繰り返しますが、「与えられた自分の仕事を誰よりも真剣に自分の頭で考え、先を読み、実行し、省み、また前進する。その過程を楽しむ」ことを習慣にしてください。自分は大した成果を出していないからダメだと思わないでください。もちろん大して頑張っていないのに成果が出ないのは当然ですが、毎日ギリギリまで頑張っても成果がすぐに出ないのは当たり前です。四六時中寝ても覚めても研究のことを考え続けてようやく何かがひらめき、突破口が見出せるのが現実です。研究は機械が放っておくと完成してくれるものではなく、人が行う非効率的な作業です。成果や効率だけを求めるのは役人や政治家の仕事です。大学は企業ではなく人を育てる教育現場です。前述の通り結果よりも過程が大事です。結果はすぐ忘れてしまいますが、経験はなかなか忘れません(嫌な思い出はすぐに忘れましょう)。努力は報われる可能性を高めます。確率の問題なので、サイコロを振る回数を増やせばよいだけです。
 もちろん最後の帳尻さえ合わせられれば良いのですが、女性が多い浮穴研は、「先を指示されないと不安でたまらない」人の方が多いでしょう。そういった時には気軽に相談してください。私はそれほど近寄りがたい存在ではないつもりです。半年後の皆さんの成長ぶりが楽しみです。目先の利益より投資です。投資とは冒頭の執念と情熱です。皆の熱い想いは必ずや目の前の壁を溶かすでしょう。逆に冷めた想いは研究室を凍らせ、やる気のある者の気をそぎます。自分が不幸だと思っている者からは知らない内に負のオーラが出ており、不快にさせます。感謝と謙虚さと貪欲さの全てを持ち合わせる者にこそ幸運が舞い降りると思います。以上。


私の実験科学の捉え方
 科学=物事を細かくして原理(真実と仕組み)を発見(発明ではない)すること。
 理論ではなく、自らの仮説を実験的に証明し、新しい事実を発見する。


ある随想からの抜粋(2006年7月)
 平成17年4月にPIとなり独立した研究室を構えることとなりました。NatureやScienceなどの一流誌の業績があるわけでもなく、さらには海外留学経験も無い研究者が、地方大学ながら30代前半にしてPIになれるという機会に恵まれたことは幸運と言えるでしょう。ここ最近は、研究室立ち上げと経験の無い講義準備に明け暮れました。講義に自分の研究経験をいかに反映させるかも大学人としての使命であると考え、日々奮闘しています。私が所属している研究科は、教養教育の責任部局でもあるため、二十歳前後の若い学生にライフサイエンスの面白さと教養としての重要性を説く必要があります。このためにも、これまで狭い研究観を捨てて、幅広い知識と柔軟な思考が必要であると痛感しています。研究の方は、未だスタッフや学生も殆どおらず、まとまった休みや講義の合間をぬって進行している状態です。大学も法人化し、メリットとデメリットが交錯する中で戸惑うことも多々ありますが、これが現実と諦め(?)、自己改革をしているところです。
 仕事の内容について一般の人から「何を研究していますか?」と尋ねられると、「脳内伝達物質について研究しています」と答えるようにしています。高校生のころに「脳内麻薬や快楽物質」の存在を知り、脳内伝達物質について興味を持ったのが、現在の研究のきっかけです。卒業研究からの13年間、実験材料やテーマは色々と変わりましたが一貫して脳内伝達物質研究に携われてきたことは、幸運なことだと感謝をしています。その過程で、学位をとるまでの6年間とその後の7年間、先生以外の先輩が研究室には全く居らず、自ら暗中模索して実験方法や解釈を体得していくしかない環境にいたことも自分にとっては良いことだったと思っています。助手になり学生を教える身分になっても、ある程度の放任主義は学生が力をつける手助けになると実感しました(それなりの辛抱も必要ですが)。卒業研究時に師事した指導教官の先生からは、「実験は10やって1つ成功すれば良い方なのだから、卑屈にならずとにかく諦めずにコツコツとやりなさい」と指導を受けました。この意味することころはすぐに体得できましたが、困難をどのように克服するか、その対応をどう楽しむかは、まさに研究の醍醐味だと思います。高い目標を掲げて、簡単にできそうなことに逃げずに困難な課題に果敢に挑戦していきたいと思っています。私が所属している研究科のキャッチフレーズに「無限への挑戦」というのがありますが、今改めてその重要性を認識しています。その一方で、学生の価値観は多様であり、今後対応していけるか不安になることもあります。特に、現代社会はストレス社会だと言われるくらいストレス要因が多くあり、今時の学生は、以前より躁鬱状態になりやすいと言われています。ストレスをどう感じないようにするか、ストレスに上手く対処するにはどうすればよいかについて考えていくことも、私の研究や教育の興味であり課題です。
 生体の恒常性維持や喜怒哀楽・ストレス等を制御する未知の脳内伝達物質の発見を目指して、基礎研究を今後も展開していきたいと考えています。


社会問題を脳機能の観点から斬ると、、、(私の個人的な見解です)
「エゴは脳の働きにより生じる。大事なのはLove & Peace!!」

 私は常々講義で、「社会で起こっている全ての活動は生命科学と結びついている!」と言っています。脳科学<生命科学<人間科学<総合科学なのです(偶然か必然かは別として、これは私の所属と全く同じです)。私の恩師の宗岡先生は、「生命科学は人間哲学の探求の手段である」といつもおっしゃられていました。「生の苦しみと喜び」は生命科学的に説明がつくべき事象です。

平和問題(戦争や核問題):自国の価値観や信仰する宗教が絶対的であり、他の考え方を認めない、さらに他国の資源を独占したいという国家的思想により戦争は生じるのではないでしょうか。歴史は繰り返すと言いますが、先人達の多大な悲劇を省みたとき戦争が利益を生むとは到底思えません(被爆都市の広島に住んでいるとなおさらそう感じます)。国家の思想は、国民の思想でもあり、国民は個人です。世界警察国家を自負している某国は、個人個人では正しい主張をしていても、国家的に見ると自国さえ良ければよいという価値観に見えます(その点では隣国と大差ないのです、、、)。この他国侵略・世界征服の考え方も脳が生じるものです。私は宗教家でもありませんし、無信論者のため大した思想もありませんが、当たり前に思える平穏や平和を将来私たちの子孫に残すためには、脳機能の理解が必要だと思います。また、生物学的に見ると、動物は貴重な食糧を探して独占し、自らの子孫を残すために縄張りを形成し繁殖し、外部からの侵入者に対し攻撃します。この本能行動と戦争は似たような脳内神経回路により生じるのではないでしょうか。つまり、本能行動の延長線上に戦争や紛争があると思います。食欲・睡眠欲・性欲という3大欲求本能の脳内分子メカニズムを理解することが平和解決にも役立つと思って研究をしています。

環境問題:人間の便利さを無限に追求する欲求(エゴ)から、環境汚染・環境破壊・地球温暖化などが生じており、地球上の生命の生存や繁栄を脅かしています。環境破壊を引き起こしたのは疑いなく我々人間です。しかし、人間のエゴは一度獲得されると不便さを我慢し、つつましく生活することに戻ることは不可能に近いのではないでしょうか(自身を省みても、車は天然資源を消費し排気ガスを出すし、自転車や徒歩通勤が環境にも健康にも良いことは理解していますが、それを切り替えることは非現実的です)。利便性と快楽を求めるエゴを生むのは脳機能ですが、21世紀は「エゴとエコの共存」を進める時代だと思います。そのためには、まずエゴを生じる脳機能の理解が欠かせません。また、地球上には多様な生物が生存しています。利己的な考え(エゴ)を捨て、生物多様性を認めて維持することがエコに直結すると思います。生物は、外部環境に関わらず内部環境を一定に保つ恒常性維持のために神経系と内分泌系を発達させました。さらに、非自己を排除し自己を守ることが免疫系の基本です。つまり、生物は生まれながらにして自分中心主義のエゴの塊なのです。ただそれが科学技術という武器を得たことにより、環境破壊が急速に進んだのです。この人間が蒔いた種で生物多様性を破壊してしまっては本末転倒です。生物多様性維持こそが生命科学者に残された使命ではないでしょうか。私も微力ながら神経系・内分泌・免疫系の相互システムを理解することで生物多様性維持に貢献したいと思い研究をしています。

教育問題:いじめ・不登校・学級崩壊・虐待・子育て・介護問題・・・など、今に始まった現象ではありませんが、特に最近ニュースになります。人の親になって感じることは「愛されて育たない子は不幸である!」ということです。他人から愛され、他人を愛する人になって欲しいと願い、娘には「愛」という言葉が入る名前を付けました。愛は子を育てるし、愛は世界を救うと感じます。「他人をいたわり、他人に迷惑をかけず、自己鍛錬に励む」とう日本人が大切にしてきた価値観はどこにいったのでしょうか(これこそ美しい国だと思いますが、、、)。これらは奇麗事に聞こえるかもしれませんが、今の自分を育ててくれたのは、親であり、恩師であり、友人であり、その他大勢の周囲の人々のお陰です。もちろん私は「親の心、子知らず」で好き勝手に生きてきたのも確かです。友人の学校の先生達と会話していると「家庭は学校に教育を投げ出し、学校側は家庭に責任転嫁する」というイタチゴッコが永遠に繰り返されていると感じます。自分を愛することは簡単にできますが(それができず自殺が生じるのでしょうが、、、)、自分以外を如何に愛すかは永遠の難題です。感謝する心や愛する心を生むのもまた脳なのです。つまり、社会ニュースになる様々な事件は、脳が正常に機能していないためであるし、社会環境が脳を間違った方向に形成・発達させている結果から生じるのだと思います。人間は環境を創り(最近は壊してばかり?)、環境は人間を育むのです。この問題の根本解決には、脳の機能や脳の発達機構の理解が必要だと思い研究をしています。
 テレビ番組で、細木数子さん、美和明宏さん、江原啓之さんらが言っていることは、占いや霊感(私はこの手のものは一切信じていません)でもなく「当たり前の日本の教え」だと思います(実際に正しい当たり前のことを言っているので共感でき、視聴率が高いのでしょう)。

その他の事件:親が子を殺し、子が親を殺す・家族間でバラバラ殺人・オレオレ詐欺・泥棒・飲酒運転・誘拐・猟奇殺人・少年犯罪・性犯罪、、、。これらのニュースが流れない日はなくなり、犯罪も欧米並に残酷になりました(これこそ、欧米か!とツッコミたくなります)。私たちは「ウソを言ったり、他人のものを盗んだり、騙したりしてはいけない。おまわりさん(警察)のご厄介になってはいけない。」と教えられ育てられてきたはずです。特に日本社会は「おみくじ社会」であり、「誰も見ていないけど、おみくじを引いたらお金を入れる」という安心と正直社会だったのではなかったのでしょうか。利己のために見ず知らずの弱者を騙すという犯罪は、電話やインターネットなどの情報化社会で加速され巧妙な手口が後を絶ちません。しかし、騙すほうも騙されるのもまた人間なのです。悲しいかな「他人を見たら泥棒と思え」という時代になってしまいました。このようなネガティブな感情から他人を見ないといけない環境(他人を信用することができない社会)の中で、将来の子供達はどう育つのでしょうか?
 また、心の病も気になります。現代はストレス社会であり、神経が磨り減ってしまう環境ばかりです。あまりにも情報化社会が進んだため、膨大な不必要な情報が勝手に入って来てしまい、本当に大事な物事を捉えにくくなってきています(電子メールを見てもスパムメールを捨て大事な目的のメールを探すだけで時間をとられます)。自分の価値観を形成する前に、不必要な情報がそれを上書きしてしまっているかのようです。将来に希望が見出せず、絶えずプレッシャーと不安が降り注いできます。学生達の中にも躁うつ病などの気分障害は蔓延しています。講義では、「気分障害の改善には、まず夜型生活の改善を」と言って生活リズムが正しい心をつくることを訴えています。「気は心」で、やはり心の持ちようで如何様にも世界観は変わります。ポジティブに、明るく、元気に、平穏に、安心して暮らせることがどれだけ貴重なことでしょう。自分を知りたい、他人を理解したい、心を理解したい、幸せに暮らしたい、、、これらは脳科学により解決できる課題だと思い「心を生み出す脳内分子メカニズム」の研究をしています。


今、思うこと
 2005年に若くして助教授にしてもらった頃、「浮穴さんは自分の思い通りに人生が進んで良いですね。順風満帆ですね。」とよく言われましまた。しかし、自分の頭の中は煩悩と葛藤で一杯です。「何で考えている研究が上手く進まないのか?何で思い通りの良い講義ができないか?何でこうも頭がよくないのか?何で計画したことが思い通りに進まないのか?何で昔できていたことが今はできないのか?何であの人は自分勝手なのか?何であの人は時間を守れないのか?何で学生はまじめに勉強しないのか?何であの学生は講義中に机の下で携帯ゲームをするのか?何であの学生は講義中に内職ばかりしているのか?何であの学生は講義中にひたすら居眠りし続けるのか?」などなど、考えるほど虚しくなり閉塞感・焦燥感で一杯です(全ての答えは、私が能無しだからでしょう)。「生の苦しみと喜び」は死ぬまで自分の心の中に同居するものでしょう。「自分は何者なのか?自分は何がしたいのか?どう生きれば良いのか?どうすれば悔いの無い人生を送れるのか?人間とは何か?心とは何か?」、これらの疑問に私なりに生命科学者(哲学者でも宗教学者でも心理学者でもなく)として答えを出すために、大学人として研究・教育に励みたいと思っています。