件名 アレルギー

春先の地獄。
地獄の春先。

スギに始まりヒノキ、ハンノキ、イネ科草本へと続く地獄のデス・ロード……空気中には目に見えない大きさの花粉が舞い踊っている、らしい。

らしい、なんてなんとも頼りないんだけど、花粉は目に見えない。目視では確認できない辺りを勘案して、らしい、と表現した経緯である。どうぞ、ご理解いただきたい。

では、なぜ目に見えないものの存在を感知できるのかと言うと、なんと私はこうした物質に敏感で、空気中にこうしたものが存在するとアレルギー反応を示す体質で、春先には時々、クシャミ、鼻水、目のかゆみが景気よく顕れ、こうした反応から、空気中に花粉があることを判断できるのである。

こういった理由で、春先の調査はつらい。調査中、つまり森の中ではたいしたもので、症状が出たことはないのだけれども、帰りの車の中でクシャミと鼻水が止まらなくなり、その後一日中頭痛に苛まされる。

どうも今回の調査は格別に気持ちが悪い。山に入るや否や、普段は現れない症状が現れ始める。

目が痒い。たまらず、たぶん、花粉まみれの汚れた手で目を掻く。やってはいけないと分かっているのだが、理性ではどうしても抑えられない。掻くと、一瞬だけ痒さから解放される。で、数秒後もっとひどい痒みに襲われる。再び、花粉まみれの汚れた手で掻く。一瞬だけ痒さから解放され、数秒後にさらにひどい痒みが再訪する。地獄の無限ループを繰り返し、その間も仕方がないので作業を続ける。

もうすでに頭も痛い。

来る途中にはオオバヤシャブシが、調査地の林冠にはブナ、イヌシデが絶賛開花中。空気中に高密度で漂う花粉を想像し、逃げ出したい気持ちでいっぱいになりながら、黙々と調査を続ける。続ける。続ける。

で、山を下りたのは夕方3時。

車中で頭痛はひどくなる。這う這うの体で、そのまま自力で病院に担ぎ込まれた。

病院は結構な数の患者で賑わっておって、自分の順番が来るまで待たされる。たぶんそんなに長いこと待たされたわけではないのだろうけれども、私にとっては無限にも感じられる悠久の苦痛の時間だった。

そんなこともあり、診察室に通された時、私は先生に向かい泣き崩れながら、

「先生、助けてください。花粉に殺されます」

と先生の膝にすがり号泣すると、先生は、「きゃぁ。きもちわるーい」と言う顔をしながらも、私の手を優しく握り、

「顔を上げてください。私が助けてあげましょう」

なんて頼もしいことを言ってくれる。

先生は、2年前のアレルギー結果のカルテを見返しながら、私のアレルゲンとなっている物質を読み上げてくれた。そうだ、2年前にも同じ症状でこの先生に診てもらっていた。

で、このアレルゲンの読み上げは、いつまでたっても終わらず、朗読が30秒を超えたくらいで私は辛抱たまらなくなり、

「アレルギーの宝石箱や~」

と両手をパーにして、胸の前で広げながら、先生に向かって言ったのだが、それに対して先生は無反応で、何事もなかったの如く朗読を続ける。やや違和感を覚えた私は、聞こえなかったはずはないのになぁ、と思いつつ、

「アレルギーのデパートや~」

と言い直したんだけど、やはりそれも無視された。お医者さんは、彦摩呂が好きではないのかもしれない。不健康そうな体形をしておるせいだろうか。

結局、アレルギーを抑える薬と噴射式鼻炎治療薬を処方していただいた。

研究室に戻り、それらを服用すると症状は治まるのだが、体の深いところでは症状が続いていたのだろう。どことなく体調が悪い。すると、なんとその夜、久しぶりに悪夢に襲われた。

自宅のトイレになぜか落ち武者の亡霊が隠れておって、トイレに入ろうとドアを開けると中から亡霊が、「チョァー」と言いながら飛び出してきて、逃げ出す私を追いかける、というたぶん小学生、それも低学年が抱くレベルの恐怖が夢の中で具現化されていた。それに対して、しっかりとうなされた。

起きてから、50歳程度の男にふさわしい、もう少しダンディーな悪夢があるだろうに、と自省した。

春は、気が重いとです。

アディオス

2021年05月01日