件名 注意喚起 国外での研究活動について(2)

海外での野外調査には、思いもよらない落とし穴が、調査者を陥れようと、ほくそ笑みながらぱっくりと口を開けている。

私ぐらいの経験豊富になると、落とし穴に落ちるほうが難しくなっちゃっているんだけど、危険な罠に落ちたという、最近では全く稀有となってしまった貴重な体験を紹介しましょう。

海外に野外調査に行けるのは、夏休みなど、講義が開講されていない期間。つまり毎年8月から9月にかけて参る。で、その年も8月の下旬にミャンマーに向けて出発した。

仁徳者である私がこういったときに思うことは、現地協力者のことであり、ミャンマーでの調査を迅速・快適に進めるためには、貢ぎ物を授けるなどして、協力者のハートをがっちり鷲づかむ必要もあろう。

ということで、早速ジージージョーへの貢ぎ物を物色した。ジージージョーは最近大学を卒業したらしいので、二十代前半のはずである。で、この年頃の女子は、万国共通でファッションに興味がある。

で、ファッション雑誌を貢ぐことにした。ファッション雑誌ならば、写真だらけだから、日本語が読めなくても(もちろん、ジージージョーは日本語は読めない)、掲載写真を眺めるだけで十分楽しめるのである。なるほど、冴えているぞ!俺!

で、福岡空港の本屋に立ち寄ったのであるが、20代女子が好みそうな雑誌が複数ある。そして、その表紙の体裁は結構似ていて、どれを選ぶのが正解か、正直さっぱりわからない。

長考の末、結局、重さと値段の関係で選択することにした。雑誌を手に取り、どれが重いかなぁ、と重さを評価し、その重さと価格の関係で、ベストコストパフォーマンス賞を選らび、それを購入するという戦略である。

で、栄誉あるベストコストパフォーマンス賞に選ばれたのは「Ray」だった。

レジにそれを持っていこうと、改めて「Ray」の表紙をじっくり眺めると、まだ8月下旬だというのにすでに10月号。特集は、「見つけた♡愛され秋おしゃれ」的なものであった。…秋…一生来ないな、ミャンマーに。

常夏の国、ミャンマーに秋はない。でも雨季と乾季はある。そこで、「今年の燥季のお肌トラブルは、これで解決!」という特集を提案したいのだが、これが採用されるわけもない。なぜならば、Rayの読者層に占める、ミャンマー人の割合が限りなく0に近いのではないかと思うからである。つまり、ミャンマーマーケットに向けた商品を送り込んでも、そう言ったマーケット自体が国内に無いので売れないのである。これは、「Ray」にミャンマー語版がないことからもうかがい知れる。

しかし、もうすでにベストコストパフォーマンス賞を与えてしまった後であり、あまつさえ副賞として購入されることを告知してしまっているため、いまさらこれを反故にするとなると、それはそれで社会に与えるインパクトが大きい。それに、「Ray」のライバル誌たちも、こぞって秋特集を展開させている。乾季特集はない。

で、結局「Ray」をスーツケースに忍ばせ、ミャンマーに向かった。

調査初日、調査カバンに「Ray」を入れ、調査へ向かった。現地協力者と久しぶりに再会したのではあるが、違和感が。その違和感の所存を探索すると、それはすぐに判明した。ジージージョーがいない。「なんだ、初日からいきなり遅刻かぁ。ええ根性してはんなぁ」と思っていたのですが、ほどなくして調査隊は、ジージージョーを置き去りにして、調査へ出発と相成った。

こりゃ薄情じゃねぇか?と思い、大学院生に、ジージージョーはいつ来るか聞くと

「えーっ、先生知らなかったんですか?ジージージョー今回、来ないんすよ。フェイスブックで連絡あったじゃないですか」
と言う。

...まじか。どうやらジージージョーはフェイスブックなる未知で異次元の連絡方法で調査に参加できないことをすでに告知していたらしい。大学院生よ!あなたの役割は、異次元の連絡方法で得た情報を伝統的な連絡方法(口頭での伝達)に変換し、私に伝えることである。

こうなると、宙に浮いてしまったのが「Ray」。調査協力者で女子を探すと、50に差し掛かろうかというご婦人がいらっしゃる。「まぁ、いいか」という安易な理由で「Ray」をそのご婦人に貢ぐことにした。

ご婦人は、「なんで私に?」といぶかしげるそぶりも見せず、素直に「Ray」を喜んでくれた。いいことしたなぁ、という満ち足りた気持ちでいっぱいになった、

アディオス!

2017年10月17日