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コイデ: 3年9月27日(土) 15時44分40秒
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しもらさん、おめでとうございます!努力が実りましたね。僕もうれしいです。

韓国の伝説 <12> 韓配夏伝説

善政を施した韓配夏についてのお話です。韓配夏が東莱府使であったとき、日照りが続き絶望的な状況になりました。韓配夏は積み上げた薪の上に横たわり、火を付けよと言いました。人民の上に立つ者が無力で、このように旱魃が深刻になったのだから、自分が死ねば雨が降るだろうと考えたのでした。しかし誰が火をつけることなどできるでしょう。でも命令が厳しかったので火を付けました。府使の体に火がとどこうとしたとき、突然、雨が降り始め、日照りは解消されました。そののち、韓配夏は宰相になりました。

これはプサン(釜山)市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典10』「釜山直轄市」項を参考にしました。

コイデ: 3年9月22日(月) 18時34分17秒
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韓国の伝説 <11> チュジョンジャ島のタブー

チュジョンジャ(酒煎子)島はプサンのテジョンデの前の海にある岩の島で、ユブン(鍮盆)島とも言います。この島に魚を釣りに行って、大便をしてはならず、男女が情を通じてはならず、また火を焚いてもいけないというタブーがあります。プサンのトンサムドン(東三洞)のある漁夫がそれを迷信だと考えて、冬に火を焚いたところ、1匹の魚も捕れなかっただけでなく、その日の夜に島全体が火に包まれる夢を見たあと、病気になって死んでしまったそうです。

これはプサン(釜山)市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典10』「釜山直轄市」項を参考にしました。

チュジョンジャ(酒煎子)とは「やかん」のことだそうです。島の形がやかんに似ているのでしょうか?

コイデ: 3年9月19日(金) 21時07分37秒
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しもらさん、プサンにも行きたいですね。プサンの伝説を選んだのは、そういうつもりでもありました。「百十」という単語は知りませんでした。おぼえとこっと。ただし「十」の声調が違いますね。

韓国の伝説 <10> 東莱温泉伝説

新羅時代、東莱郡に足の悪いお婆さんが住んでいました。お婆さんは足を治そうと、いろいろな方法を試してみましたが、すべて無駄だとあきらめていました。そのとき、足の悪い丹頂鶴がお婆さんの家の近くに舞い降りて、歩き回っていました。お婆さんは我が身に引き比べて同情していましたが、三日目に丹頂鶴が来たときは足を引きずらずに、自由に附近を何周も歩き回り、力強く飛び去っていきました。お婆さんが不思議に思って鶴がいたところを見に行くと、熱い泉が湧いていました。自分の足に何度かお湯をかけると、驚いたことに引きずっていた足が自由になりました。その後、この泉を温泉と呼ぶようになりました。

これはプサン(釜山)市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典10』「釜山直轄市」項を参考にしました。

コイデ: 3年9月18日(木) 17時32分16秒
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韓国の伝説 <9> 梵魚寺の創寺伝説

新羅の興徳王のとき、倭人が十万の兵船で東海(日本海)を侵犯しました。王が心配していたとき、夢に神人が現れ、「太白山に義湘和尚がいるので、心配はいらない。東国の海辺に金井山がある。そこで七日七夜のあいだ華厳神衆を読誦しなさい」と言いました。王は義湘とともに金井岩の下に行き、読経をすると、諸仏・天王・神衆などが現れ、倭軍を討ち、殲滅させました。だから金井山の麓に梵魚寺を建てたのです。

これはプサン(釜山)市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典10』「釜山直轄市」項を参考にしました。

興徳王:新羅の王。在位826〜836年。
義湘:新羅華厳の開祖。625〜702年。
歴史的に見ると、二人の生きた時代はまったく重ならないようです。


コイデ: 3年9月14日(日) 13時09分51秒
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まもるさん、ごくろうさまでした。会員でもない私の超不定期連載「韓国の伝説」をも「連載記事」に入れていただき、ありがとうございます。また書かなければと思っております。

コイデ: 3年7月29日(火) 14時37分48秒
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日本語で「姓」のことをなぜ「名字(みょうじ)」というようになったのでしょうね。考えてみれば不思議です。韓国語の「名字」の発音は「myeongjja」だと辞書に載っていますが、平音の発音もあるのでしょうか?

韓国の伝説 <8> 朴昌輔伝説

仁川市南東区間石洞には昔、朴昌輔(パクチャンボ)というとても力が強い力持ちが住んでいました。彼は力も強かったのですが、胆力も大変なもので、当時役所でも恐れをなして捕まえられなかった盗賊の親分を捕まえて首を取ったのでした。

するとすぐに盗賊の手下どもが復讐をしようと朴昌輔の家に押し入ってきました。朴昌輔は智恵を出して、自分の夫人の服を着て、鉄の唐竿(からさお)を振り回し、盗賊の何人かを倒しました。これを見た盗賊たちは、「この家の嫁まで強いのだから、ずっとここにいたらひどい目に合わされるぞ」と言って逃げてしまったそうです。

これは仁川市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典18』「仁川直轄市」項を参考にしました。

コイデ: 3年7月28日(月) 13時03分14秒
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しもらさん、「韓国の昔話」の連載ごくろうさまでした。これからはどんな連載をするんですか?今後、韓国のことは僕にまかせてください!

韓国の伝説 <7> 鎧岩伝説

仁川の文鶴山に鎧(よろい)岩と呼ばれる岩がありました。その岩には大きな割れ目があり、蓋を載せた石の箱のような形をしていました。伝えられている話によれば、昔ある商人がこの岩に石の箱を彫って自分の鎧と兜(かぶと)を隠したあと、蓋の岩をかぶせておきました。その後この岩に触れた人は雷に当って死にました。いつのころか、文鶴山の安官堂の堂守りが本当に岩の中に鎧が入っているかどうか確かめようと思い、岩の下の方を槌で割りはじめたところ、雷が落ちたので、堂守りは肝をつぶしてそのまま逃げてしまいました。今も岩の下の方が欠けているのは、このためだそうです。

これは仁川市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典18』「仁川直轄市」項を参考にしました。

コイデ: 3年7月23日(水) 17時45分03秒
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韓国の伝説 <6> 思慕之(サモジ)峠伝説

仁川市南区文鶴洞にある思慕之(サモジ)峠に、まるで甕(かめ)のようにてっぺんにぽっかりと穴が空いた岩があります。昔、その穴の中に三亥酒(サムへジュ)がなみなみと満ちていたので、この峠を三亥酒[山+見](サムヘジュヒョン)と呼んでいました。この峠を越える人々が、息を切らせ喉が渇けば、その酒をすくって飲み、渇きを癒していたのです。その酒はたった1杯飲めばよいのですが、いつころかある人が欲を出して一度に3杯も飲んでしまい、その拍子に酒が涸れてなくなってしまいました。

これは仁川市に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典18』「仁川直轄市」項を参考にしました。

三亥酒(サムへジュ):もち米で作った薬酒です。韓国で古くから作られました。
[山+見]:山へんに見を書いた字です。ヒョンと読み、韓国では峠の意味で使われます。

コイデ: 3年7月19日(土) 0時46分31秒
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超不定期連載・韓国の伝説が帰ってきました。今後も断続的に書いていきます。

韓国の伝説 <5> タバコの由来(その2)

昔、ある男を好きになった妓生(キーセン)がいました。相手をすることができないその人とは、死んで口づけだけでもしてみたいと願いました。その妓生の魂が墓に現れたものがタバコです。だから口でだけタバコを吸うことができるのです。

これは忠清南道公州郡に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典6』「タンベ」(=タバコ)項を参考にしました。

コイデ: 3年6月28日(土) 17時40分21秒
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一昔前、「平成教育委員会」というテレビ番組がありましたが、そのなかで「考え中」というナレーションがよく入りました。「考え中」という言い方はあの番組で初めて聞いたと思います。

韓国の伝説 <4> タバコの由来

昔、中国の秦の始皇帝のころ、鼻の病気が流行しました。鼻水が出て、それが悪化すると鼻血が出るという病気です。この病気は、タバコの葉を摘み、手でごしごし揉んで鼻に詰めると治りました。夏は葉がありますが、冬は葉がありません。そこでタバコの葉を乾かしておいたものに火をつけその煙を吸って、鼻の病気を予防しました。これがタバコの始まりです。

これは、<3>と同じく忠清南道大徳郡山内面に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典6』「タンベ」(=タバコ)項と『韓国口碑文学大系4−2』を参考にしました。

タバコがアメリカ大陸からヨーロッパにもたらされたのは16世紀ですから、秦代の中国にタバコがあるはずありません。最初ヨーロッパでは、万病に効く薬としてタバコが広まったようです。朝鮮半島にも「タバコは病気を治す薬」という話が伝わったのでしょうか。


コイデ: 3年6月26日(木) 16時32分24秒
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韓国の伝説 <3> 目上の人の前でタバコを吸えないことの由来(その2)

あるとき朝廷で、王様と大臣たちが国事について議論していました。議論が滞り、大臣たちはしきりにキセルでタバコを吸い始めました。すると煙が一番高い玉座のところにのぼってきたので、王様は煙たくてたまりません。王様は我慢できなくなって言いました。「身分の高い者がいるときは、タバコを少し慎みなさい。煙たくてかなわん」。このときから、目上の人の前ではタバコを吸ってはいけないと言われるようになりました。

これは忠清南道大徳郡山内面に伝わるお話です。
『韓国民族文化大百科事典6』「タンベ」(=タバコ)項と『韓国口碑文学大系4−2』を参考にしました。

このお話の後に、話者の感想が続きます。曰く、日本には「おやじのキセルを息子が吸い、息子のキセルをおやじが吸う」という言葉がある云々。そんな言葉聞いたことないけど……

「にしろはと」のほうも引き続きよろしくお願いします。

さい: 3年6月23日(月) 7時10分28秒

 はやくも、韓国の伝説 <2>が。ありがとうございました。
 きのうの学会でも、韓国の小説と、日本の小説の比較研究がありました(春園『土』と漱石『門』)。これからの分野のようです。韓国・中国・日本の伝説・昔話の比較研究も、得られることが多い新分野かと思います。比較文学では、韓国・中国、日本・中国はそれぞれ比較されているが、韓国・日本はまったくなされていない、とのことでした。おそらく、昔話・伝説もそんな状況なのでしょう。
 6歳のこどものことば(87)
豆粒の服(水玉模様の服) 紺地に白の水玉模様の服を見て、こう言いました。

コイデ: 3年6月22日(日) 18時04分23秒
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韓国の伝説 <2> 目上の人の前でタバコを吸えないことの由来

文宗大王は学者をたいへん寵愛していました。あるとき集賢殿に学者たちが集められ、互いに踊りを踊ったりして交流を深める会がありました。そのころ身分の上下にかかわらず、みんなキセルでタバコを吸っていました。会が終わって、王様の袞龍袍のすそを見ると、なんとタバコの火で焦げています。そこで王様は「これからはタバコを吸うとき気をつけなさい」と言いました。こののち、目上の人の前ではタバコを吸えなくなりました。

袞龍袍(コルリョンポ):龍の刺繍がある王の正装。

京畿道華城郡南陽面に伝わる伝説です。
『韓国民族文化大百科事典6』と『韓国口碑文学大系1−5』を参考にしました。

上の伝説は、正確な訳ではなく、大意を訳したものです。僕の韓国語のレベルは高くないので誤訳もあるかもしれません。その点、ご了承ください。


さい: 3年6月20日(金) 5時32分02秒

ナラタさん。無事ですか? コイデさん。勉強になりました。それで、明太子は、博多名物なのですね。「明太」は、朝鮮半島東岸でよくとれるようです。朝鮮半島・日本で使われていた語が、中国に入ったということも考えられるのではないでしょうか。「韓国の伝説」〈2〉は、何かあったらで結構です(でも期待しています)。
 6歳のこどものことば(84)
体の中にいっぱいあるものなーに?(〈なぞなぞです〉) 答えは、「嘘」。学校で友達から聞いてきたそうです。すごいなぞなぞです。そして、それを興子がおもしろいと思ったということです。

コイデ: 3年6月19日(木) 17時35分34秒
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下の書き込みで「非常識講師」とあるのは、コイデのことです。間違えて、自分のホームページで使っているハンドルネームを使ってしまいました。

韓国語でスケソウダラのことを「明太(ミョンテ)」と言います。日本語の「明太子(めんたいこ)」の語源は韓国語の「明太」のはずです。「明太」という名称はそれほど古いものではなく、李氏朝鮮初期までの文献に「明太」は出てこないそうです。新しい言葉だから、下で書いたような民間語源説が生まれたのだろうと思います。

韓国語の「明太」の語源は中国語ではないかと思います。日本で出版された一部の中日辞典に、スケソウダラを意味する「明太魚(ミンタイユー)」という単語が載っています。これが語源だと思います。(ただし中国で出版された辞書類にはなぜか「明太魚」という単語は載っていません。方言なのかな?)

ではなぜ中国で「明太魚」と言うようになったのでしょうか?僕も民間語源説を作ってみました。それは、スケソウダラが明の太祖(朱元璋)に似ているから「明太魚」と呼ぶようになった、というものです。明の太祖には、上品な顔立ちと、醜悪な面構えの、2枚の肖像画が伝わっています。醜悪なほうが実像に近いと言われていますが、その肖像画を見るとなんとなくスケソウダラに似ているような気も……。これはまったくの想像ですので、皆さん信用しないでくださいね。

「韓国の伝説」の後の<1>というのは冗談のつもりだったんですが、さい先生に期待されると、<2>はありませんって言いにくくなってきました。超不定期になるかもしれませんが、ネタをさがして「韓国の伝説」をいくつか書いてみます。

さい: 3年6月19日(木) 7時28分30秒

コイデさん。「韓国の伝説 <1>」の「<1>」に感動しました。またの書き込みをお願いします。しもらさんも、負けていられませんね。
 この掲示板を御覧のみなさん、「にしろはと」への書き込みもお願いします(もちろん、この掲示板へも)。
 6歳のこどものことば(83)
おちゃのみはかせ(御茶の水博士) 「鉄腕アトム」の「良い博士」です。「お茶飲み博士」だと思っているようです。興子は、ピアノで、アトムの主題歌を弾けるようになりました。子どもは、覚えるのが早い。

コイデ: 3年6月18日(水) 17時22分29秒
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しもらさんに対抗して……

韓国の伝説 <1> 「明太」(スケソウダラ)の名前の由来
明川というところに、太という姓の漁師がいました。この漁師がある魚を釣り上げ、道伯(道知事)に献上しました。道伯がこの魚を食べると、とてもおいしかったので、魚の名前をたずねました。ところが誰もこの魚の名前を知りません。道伯は、「明川で太という漁師が捕まえたのだから、『明太』と呼ぶのがいいだろう」と言いました。それからこの魚を「明太」と呼ぶようになりました。

『韓国民族文化大百科事典7』「明太」項を参考にしました。この話は李裕元『林下筆記』(李氏朝鮮末期)に載っているそうです。
この続きはまたあした。
「にしろはと」のほうもよろしくお願いします!


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