広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2005年度 第1回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2005年4月21日(木7・8時限,B102)
発表者:稲葉泰士(哲学,D3)
発表題目:「自然法則について」
配付資料:B4原稿1枚(両面)
プロトコル:高橋祥吾(哲学,D2)


1.発表要旨

 カントによると,自然法則は,この法則意外に世界における現象の全てが生起する ことはあり得ない,というものである.そして自然法則は自由と正に対極にあるもの である.カントは,第三アンチノミーの解決にあたって,こうした自然法則と自由と の矛盾を解決しているわけである.発表では,この自然法則について考察が行われた.
 カントは自然法則について経験の第二類推「原因性の法則に従う時間継起の原則」 の議論をする.第二類推の原則は「継起」という客観的な時間関係を可能とする理由 を原因性の法則に求めている.これが可能となるのは,次のようにしてである.
 我々は,あらゆる現象の多様を,継起的で主観的な知覚(覚知)によって把捉する.
経験は「知覚によって客観を規定する認識である」ので,この覚知の主観的な継時把 捉を,客観的に規定しなければならない.覚知によって把捉された多様を客観的で継 時的なものである経験へと規定するための根本概念は「純粋悟性概念概念」,つまり カテゴリーである.
 このとき問題となるのは,「覚知の主観的な継起」と「現象の客観的な継起」は如 何にして区別できるのか,ということである.カントは原因性の法則がこの区別を可 能にすると考える.というのは,現象の継起に対する知覚の順序は一定,かつ不可逆 であり,現象は常に原因から結果の順で継起し,知覚が行われるからである.つまり, 原因性が現象の客観的な継起を保証し,その現象の客観的な継起から覚知の主観的な 継起が導き出されなければならない.
 ゆえに原因性の法則というのは,客観的な時間継起のa prioriな前提と言われるので ある.


2.質疑応答

[問] 「客観的に時間において規定する」とはどういうことか.

[答] 認識の順序は時間の変化によって認識する.
   AとBの前御関係は,時間の順序によって規定される.

[問] 主観的な経験の積み重ねによる帰納に基づいて,原因と結果の関係を客観的な ものとして理解するという考え方は,カントはどうして退けるのか.

[答] カントにとっては,純粋に主観的なものからできているのは,夢と見なさざる を得ないものである.また,時間と空間はa prioriなものとして前提されている.

[問] 「あらゆる変化は原因と結果との結合の法則に従って生ずる」(B232)という場 合の「結合」とはどのような意味なのか.

[答] 物事には原因と結果の結びつきがあるということ.

[問] ここで言われている「自由」とは?

[答] ここで言われている「自由」というのは,それがないと行為の原因がなくなる もの.あらゆる選択を許す(可能にする)もの.

[問] 「時間において総括されうる」と言うが,この「総括」とはどういう意味なのか.

[答] 原因と結果と区別せずに混同してしまうこと.

[問] 自然法則と自由との矛盾の解消はどのようになされたのか.

[答] カントは自由を「超越論的自由」と「実践的自由」に区別た.「超越論的自由」 は,理論的経験に関して言われ,この自由が自然法則と矛盾するのである.他方で 「実践的自由」は「超越論的自由」をその基礎としているが,この自由における経験 は理論的経験ではなく,実践的な経験である.従って,「自然法則」と「実践的自由」 というをパラレルな関係として考えることで解消されると言える.

[問] 「経験の可能性」とは?

[答] 「如何にして経験が可能か」と問えば,その問いに対する答は,「カテゴリー によって可能になる」ということになる.

[問] 「覚知」とはどうものか.知覚や推理などの上に立つようなものか.

[答] 統覚の介在がない,センスデータの累積というべきもの.継時的で主観的にし かありえないもの.他方で,推理は統覚の介在がある.知覚が継時的で主観的である 場合に「覚知」と呼ばれる.

[問(意見)] zusammenstellenを「総括する」と訳すと誤解を産むことになるだろう.

[問(意見)] カントの考えの外部から見ると,原因と結果の関係に,多重性を見出せ るような気がする.

以上.



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