比較論理学プロジェクト研究センター/第1回研究会

発表日:2003年8月4日(月)
場所:大会議室
発表者:高橋祥吾(哲学・博士課程前期2年)
発表題目:アリストテレスの様相命題における文構造
配付資料:B4用紙2枚(発表原稿)+B5用紙1枚(参考資料)
時間:発表 17:22〜17:35
   質疑 17:35〜18:15
司会:赤井清晃(哲学・助教授)
プロトコル作成:同上


発表要旨

アリストテレス『命題論』12章の記述に基づき,様相命題の文構造について考察し,従来の解釈のうち,Ackrill の解釈や,CharlesおよびWhitakerの解釈とは異なる解釈を提案する.anthropon badizein dunaton(人間は歩くことができる,人間が歩くことが可能である)という例では,

1)dunaton(可能である)を主動詞とし,anthropon badizein(人間が歩く)をそれに従属する文と考える解釈,

2)dunaton(可能である)をcopulaと見做し,anthropon(人間は)とbadizein(歩く)を結び付けているとする解釈,

に対して,

3)anthropon(人間が)を主部として,badizein dunaton(歩くことができる)を述部として,アリストテレスは理解していたとする解釈,

を提示する.

1)の解釈に対しては,アリストテレスは,無様相命題estin anthropos leukos(人間は白い)と様相命題anthropon leukon einai dunaton(人間が白いことが可能である)を対比して,無様相命題のanthropos leukosは基体であり,estinは付加物であるが,様相命題の場合は,einaiが基体であり,dunatonが付加物であると言っていることから,1)の解釈のように,様相命題において主節(主部?)とそれに従属する従属節という構造を考えてはいなかったことがうかがわれる.

2)の解釈に対しては,アリストテレスがdunatonのような語をcopulaとしての役割をになうとは明言しておらず,copulaと考えるのは,我々による現代的な見方であると思われる.従って,主語+繋辞+述語という構造ではなくて,主語+(繋辞+述語)という構造を想定するべきである.

これらに対して,ここで提示される3)の解釈は,次の2つの利点がある.すなわち,様相命題の構造が,主部と述部の2つの部分で構成されるとすることから,無様相命題の構造とパラレルに,様相命題の構造を考えることができるので,アリストテレスが想定していたであろうすべての命題をこの構造だけで説明できるという利点,さらに,アリストテレスが『命題論』12章では,dunaton einaiやdunaton badizeinなどの,様相命題の述部と見做される部分だけで,肯定・否定の関係を論じていたことと整合性があるという解釈上の利点がある.
しかし,他方,アリストテレス自身の発言として,einaiが基体であり,dunatonが付加物であるということから,dunatonとeinaiとが異なる機能をもつ別の構成要素であり,一つのまとまりとして機能をもっているとは考えにくいという問題点もある.
従って,3)の解釈は,決定的な解釈とは言えないかもしれないが,少なくとも,アリストテレスが『命題論』12章において,肯定・否定の関係を論じる際に,様相命題全体を例示しないで,その部分(例えば,dunaton einai)だけに言及しているのかという疑問に対して答えることはできる.



質疑応答(摘要)

問:発表者の主張を参考資料の下から2番目の例文 anthropon leukon einai dunaton を用いて整理すると,

Ackrill の解釈は,
anthropon leukon einai(主語,主部) dunaton(述語),すなわち,「(ある)人間が白いことが可能である」

CharlesおよびWhitakerの解釈は,
dunatonがcopulaである(この場合,意味が必ずしも明確でないが).

発表者の解釈は,
anthropon(主語) leukon einai dunaton(述語,述部),すなわち,「(ある)人間が白くあり得る」

と理解してよいか?

答:さしあたってはよい.

問:anthropon leukon einai dunatonという命題の様相は,「(ある)人間が白いということが可能である」というように,「〜こと」が可能である,とする,いわゆる de dicto 的な様相なのか,それとも,「(ある)人間が可能的に白い」というように,「あるものが可能的に〜である」とする de re 的な様相なのか,どちらであるか?

答:de re と de dicto の区別を念頭に置いていなかった.

問:不定詞 einai の(意味上の)主語は,何か?

答:文構造の解釈の仕方によるが,ギリシア語では,不定詞の意味上の主語は,対格accusativeで表わされるので,anthropon(anthropos「人間」の対格)かanthropon leukon (anthropos leukos「白い人間」の対格)である.

コメント:発表者の解釈は,anthropon leukon einai dunaton という命題の場合,anthropon(主語) leukon einai dunaton(述語,述部)とするようであるが,もしそうであるとすると,この不定詞句は,何故,不定詞句なのか考える必要があるのではないか?Ackrill の解釈についても言えることだが,定動詞(esti)を補って完全な文にすると,

(to) anthropon leukon einai dunaton (esti) となり,それぞれの意味は,

(to) anthropon leukon einai(ある人間が白いということ)が
dunaton(可能)
(esti)(である)

となるのではないか?
さらに,『分析論前書』での可能様相の表現 endechetai との関係も考慮する必要があるかもしれない.

以上