広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2014年度(前期) 第03回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2014年05月09日(金9・10時限,B201)
発表者:阿南貴之(哲学, D2)
発表題目:シャーウッドの「胡椒はこことローマで売られる(piper venditur hic et romae(ママ, Romae))」の解釈について
配付資料:A4(両面), 7頁
プロトコル:櫻井圭介(西洋哲学, B4)

1.発表要旨

 シャーウッドのウィリアムの著作であるIntroductiones in Logicam の項辞の諸特性の巻において, 単純代示の区分について論じている箇所で例として用いられている「胡椒はこことローマで売られる(piper venditur hic et Romae)という命題がある. これらと同様の例が後の時代のオッカムのウィリアム, バーレイの著作においても扱われている. 発表者はシャーウッドのこの命題の解釈がオッカムらのより新しい論理学者たちに近いのか, それともそれ以前の論理学者に近いのかということを指標としてシャーウッドの論理学史上の位置づけを考えることを目的とした.
 本稿では, シャーウッドが“piper venditur hic et Romae”におけるpiper を漠然代示(vaga suppositio)の例として用いているということ, また, 動詞の時制に関する制限作用をもつことに関して, バーレイの場合とオッカムの場合の解釈と比較検討することが試みられた. シャーウッドにおいては“piper venditur hic et Romae”は単純代示をさらに区分する際の漠然代示(vaga suppositio)の例として用いられる. 漠然代示とは, 事物がその事物である限りでもつわけではないが, 共通に与るところのものを代示する場合にもつ代示である. そしてこの命題における動詞は主語を現在在るものへと制限するため, シャーウッドが胡椒を, こことローマで同時に売られると解釈する理由は, 動詞による制限作用だけで説明することができると発表者は述べた.
 それに対してバーレイの場合ではシャーウッドとは異なり個的代示の下位の代示の区分の際に用いられ, 連言命題として解釈しており, 動詞による時制の制限についてはシャーウッドと同様に動詞の時制に応じて代示対象を変えるとしていると述べた. オッカムの場合もバーレイ同様にこの命題の主語のもつ代示は個的であり, バーレイと同様の仕方によってシャーウッドのとる見解を否定していると発表者は述べた.
 これらの結論として発表者はシャーウッドの“piper venditur hic et Romae”において主語のもつ代示の解釈は, 今回見た限りでは後世の著者には見出すことができず, オッカムやバーレイらを後期中世の論理学の主流とみなすならば, シャーウッドの採用したような仕方のetの解釈はそれ以後広く採用されていないと結論付けた.


2.質疑応答

[問] 代示作用について詳しく聞きたい.

[答] 同音異義によるのではない誤謬推論を解決するために用いられた. 同音異義語の場合は表示が異なるが, 代示が異なる場合は表示は同じである. 例えば, 「人は種である」「人は二文字である」「人は走る」における人がそれぞれ異なるように.

[問] 漠然代示は単純代示の一つなのか.

[答] 漠然代示は単純代示の下位区分であるので単純代示でもある.

[問] アペラチオについて教えて欲しい.

[答] アペラチオはその理論の初期においては述語のもつ作用とされた. 後には項辞が現在存在するものを示す作用とされた.

[問] 項辞が本来, 現在, 未来, 過去のものを代示しうると考えるのはイギリスの伝統的考えなのか.

[答] そうではないと思われる. なぜなら, 同様の考えはオックスフォードの系譜上に分類されないようなものも持っているから.

[問] シャーウッドと, シャーウッド以降ではどのように異なる解釈をしているのか.

[答] シャーウッド以降の例として今回挙げた者達は二つの命題が連言で繋がれたものだと解釈しているが, シャーウッドはことなる. つまり, シャーウッド以降例としてあげた者達はの「胡椒はここで売られる. かつ, 胡椒はローマで売られる」のように連言命題として解釈している.

[問] コプラが時制の制限をもつと考えるのは変わっていると思う.

[答] そう思います.

[問] なぜシャーウッドのウィリアムを選んだのか.

[答] 日本ではあまり, 主題としてとりあげられていないから.

[問] この命題で胡椒が用いられているのは何か理由があるのか.

[答] わからない.

[問] シャーウッドが述べている, 単純代示の第一, 第二, 第三の様態がよくわからない.

[答] 註を参照して欲しい. 繰り返し述べるならば, 事物と代示されるものとの関係によって分けられている. 第一の様態では関係をもたない. いわば多くのものについて述べられることに即した普遍が代示され, 第二の様態では多くのもののうちにあることに即した普遍が代示される. 第三の様態ではこれらとはことなり, 個物と漠然と関係をもつものが代示される.





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