Comparative Studies of Logic Project

広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2006年度 第3回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日: 2006年5月12日(金9・10時限)
発表者: 高橋淳友
発表題目:「エックハルトとマイモニデス―『創世記』イデア論的解釈を中心として―」
配布資料: B4(両面)2枚,同(片面)1枚
プロトコル: 高橋祥吾(哲学,D3)


1.発表要旨

 本要旨は,発表当日に発表者により配布された資料(発表原稿)に基づいてまとめたものである.発表者は,エックハルトの『創世記注解』をテキストとして使用し,エックハルトにより引用されているモーゼス・マイモニデスの『迷えるものの手引』の一節を手掛かりとして,エックハルトと〈イデア論〉を論じている.発表者によると,エックハルトが引用するマイモニデスの言は次のようなものだという.すなわち,『創世記』の一節「我々は人間を我々に象り似せて造ろう」が「我々」と複数になっている理由を,マイモニデスは,「我々」には,創造主に加えて,〈上天の集会〉が含意されているからだとしているという.そして,〈上天の集会〉とは,「アリストテレスによればインテリゲンチア」であり,マイモニデスも含めた「我々」によれば「天使たち」の集まりであるが,マイモニデスはさらに,「造る」ことにおける創造主と〈上天の集会〉の関係を,プラトンが言うところの,「創造主」が存在者を造るにあたって,「叡智的世界」で〈見る〉ということに結び付けているのだという.
 発表者は,このようなマイモニデスの言及を,恐らくエックハルトは,〈イデア論〉,とくに,『ティマイオス』で展開されている,〈デミウルゴス〉といわゆる〈イデア〉の関係に結び付けて捉えたはずだと述べる.しかし発表者によると,エックハルト自身が『創世記注解』で述べている〈イデア論〉とは,「事物の根原」たるイデアを,さらにそのイデアの根原たる〈神の言葉〉,ratio idealisに措定するものであり,マイモニデスの考えている,天使を〈イデア〉の位置に置くそれとは異なっている.発表者はまた,上記のようなエックハルトの〈イデア論〉から,エックハルトの考えでは,『創世記』の先の一節が「我々」と複数になっているのは,〈叡智的世界〉を構成する多なるイデアにかかわる神の知性の諸活動という複数性の故ということになるはずだと述べる.そして発表者は,マイモニデスとエックハルトのこのような違いを次のように問題視する.曰く,「エックハルトはなぜ,彼が与する〈イデア論〉とは異なる考えのマイモニデスを引用しえたのか」.
 発表者はこの理由を,『創世記注解』で語られているインテリゲンチアの在り方に求めている.発表者によると,エックハルトは,『原因論』で語られている〈インテリゲンチア〉を,『創世記』の「始めに神は天と地を造った」という章句とのかかわりで言及し,〈インテリゲンチア〉を,「統御し,すべてを把捉し,包含する神の知性の在り方」として述べているという.しかし発表者によると,『原因論』で語られている〈インテリゲンチア〉とは,「第一原因より下位の被造物」であるという.発表者は,エックハルトが〈インテリゲンチア〉をこのように捉えている見解に立つが故に,マイモニデスが述べる〈インテリゲンチア〉も,天使としてのそれではなく,エックハルトは「あくまで神のインテリゲンチアとして捉え」,「読み替え」ているのだという.発表者の見解に立てば,それ故エックハルトは,自分とは異なる見解の「マイモニデス」を全否定するにはいたらなかったのだということになる.なぜなら、「マイモニデスの〈誤り〉を承知した上で読み替えればよいから」である.

2.質疑応答

[問] 「我々は人間を我々に象り似せて造ろう」という章句は,元来どのように解釈されてきたのか.

[答] 様々であるが,例えば我々とは,神と天使を指すという解釈もある.具体的には特定できない.

[問] 「天使が介在する」,「天使たちの強いかかわり」とは,どういうことなのか. 

[答] 天使たちが,神の命令で世界をならしめているということ.

[問] アウグスティヌスの「我々」という一人称複数の解釈と説明は,どういうことを言っているのか.

[答] 「我々」とは,子と父のことが考えられていて,もし父だけが人を造ったのなら,一人称単数となっていたはずだという解釈.

[問] 「神が存在した同時的一度きり」という表現のうち,「同時的一度きり」とはどういう意味なのか. 

[答] 生成変化から無縁であるということ.(永遠でもある)

[問] 人は神に似せて造られたが,その知性のレベルは? どのていど知ることのできるものなのか.

[答] 知性をもつ存在としては,最低レベル.

[問] 「神が天使やある任意の被造物を,残りのものよりも先んじて産出したかどうか問う問いや疑問」をどのような立場の人が発したのか.

[答] 例えば,アウグスティヌス.彼は,創造の順序と,ヒエラルキーを考える.しかし,エックハルトは神は一度にすべてを創造したを考える.

[問] 理性的・知性的被造物以外のものが,神のうちにあるところのものに似ているとはどういうことか.

[答] 理性的・知性的被造物は,知性を持っていてる.知的本性は,神そのものを似姿としているので,知的な存在にとっては,神がイデアの役割を持つ.対して,それ以外の被造物は,知性を持たないので,神そのものと似ているとは言えない.そのため,それらの被造物が範型とするような(似ているような),イデアは神の中にあると考えられる.

[意見・感想] そもそも,ヘブライでは,多神教だったので,その影響で一神教になっても表現の上では複数形が残ったという考え方もあると思う.

[意見・感想] サンスクリットで,複数形を用いることで,敬称を表す場合と類似性を感じた.

[意見・感想] イデアの根源性を問題にする次元と,神の問題が重なったことで生まれてきた問題であるような気がする.イデアの問題は不必要な問いではないか.

以上.



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