広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第4回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年5月20日(木7・8時限,B102)
発表者:成瀬毅(インド哲学,M1)
発表題目:Bodhicary\={a}vat\={a}raについて
配付資料:B4原稿3枚
プロトコル:根本裕史(インド哲学,D1)

1.発表要旨

 Bodhicary\={a}vat\={a}ra(以下BCA)の作者であるシャーンティデーヴァは,8世紀の前半に活躍した学匠であり,ナーガールジュナよりはじまる中観派のうち,後期中観派の劈頭に分類されている.後期中観派の特徴は,ナーガールジュナのMadhyamakak\={a}rik\={a}に対する註釈ではなく,独自の著作を著わしている点と,瑜伽行唯識学派の学説を取り入れ,ダルマキールティの認識論・論理学をも看過しなかった点とにある.ただしシャーンティデーヴァ自身は,唯識思想や論理学にそれほど関心があったようには考えられず,中期中観派のチャンドラキールティと思想的な親近性があったようである.
 シャーンティデーヴァに関する伝記と作品は,従来,プトゥン(1290-1364),ターラナータ(1575-?),イェシェーペルジョル(1704-1788)による仏教史によって知られていた.しかし他にも,H.Shastriやde Jongによって公表された伝記資料は,それぞれBCAの註釈文献の写本に記載されたものである.仏教史が,後代の仏教徒に学匠の足跡を知らしめ,思想史や相承系譜に関する疑問を解消するために書かれたと考えられるのに対し,写本に記された伝記は,BCAの註釈文献を読解するために,補足として記載された可能性がある.実際,斉藤明氏による敦煌文献に関する一連の調査からわかるように,BCA文献の増広をたどっていくと,所伝のシャーンティデーヴァの言動を反映しているのである.仏教史によると,BCAの真撰を巡る疑いは,成立当初からあったようで,今後とも註釈文献や関連写本の調査を通して,BCAの発展形態を知る手掛かりとなる可能性がある.また,伝記におぴてシャーンティデーヴァに帰属されている三作品のうち,BCAと\'{S}ik\d{s}\={a}samuccayaは確実視されているが,残りのS\={u}trasamuccayaは疑問視されている.他にも,密教文献の写本に,伝シャーンティデーヴァ作のものがあり,漢文典籍や密教文献の写本の調査をする必要がある.

2.質疑応答

[問] 「菩提行」と「菩薩行」の意味の違いは何か?
[答] 意味内容は同じである(後記:菩提と菩薩の意味内容は異なるが,菩提行と菩薩行に相違があるようには思えない.現代人の感覚によってそこに違いを見出して,著作意図が変化していると考えることも可能であるが,註釈家がそのことに言及していない所を見ると,やはり菩提行と菩薩行の意味するところは同じと見なしてよいだろう.ただし,注釈書の場合のみ「入菩薩行論」と題されていることは,読者に対して,菩提行ではなく菩薩行を教示するためだと考えられなくもない.しかしこれはあくまで推測の域を出ない).

[問] 「菩薩行は,菩提心を本質とし,六波羅蜜を行とし,廻向を以て旨としており…」とは如何なる意味か?
[答] 菩薩行の本質は菩提心である.まず菩提心を発して維持し,六波羅蜜を実践内容とし,その結果として廻向が行われる(後記:シャーンティデーヴァ自身は,著作することによって功徳が得られ,その功徳を他者に振り向けることを意味している[第10章参照].このような考え方は,例えば13世紀のモークシャーカラグプタにも見受けられる).

[問] シャーンティデーヴァが「後期中観派」と位置づけられるのは,彼がダルマキールティの哲学を取り入れていることに由来するのか?
[答] そうではない.むしろ,ジュニャーナガルバやカマラシーラによって著された瞑想のテクストとの関連において,シャーンティデーヴァも彼らと並んで「後期中観派」と称されている.

[問] Shastri所載の伝記の著者は誰か?
[答] 著者は不明である.その伝記は,Shastriによって発見され,べンガルのアジア協会に所蔵されているBodhicary\={a}vat\={a}ra\d{t}ippa\d{n}\={\i}の写本(未刊行,14世紀のネワリー体で書写)に記されたものである.

[問] シャーンティデーヴァの伝記中で,群衆が彼に未知の経典を説くように求めたとあるが,「未知の経典を説く」とは如何なることか?そもそも,経典とは昔から伝わってきたものである筈だが,誰も知らないような経典が果たして「経典」と言えるのか?
[答] 詳細については,推測の域を出ない.しかし,膨大な量の経典が含まれて有り,その中に未だ流布していない経典も有ったのではないかと思われる.

[問(意見)] P\={a}\d{s}a\d{n}\d{d}aka教徒とは,ゾロアスター教徒を指すと思われる.それについては,Halbfassの論文が参考になる.

[問(意見)] 伝記に着目した視点は興味深く思われる.編年体の歴史書だけでなく,列伝体の歴史書に,もっと高い評価を与えることも可能ではないか?



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