広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
(仮設Webページ)


哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第5回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年5月27日(木7・8時限,B102)
発表者:松岡寛子(インド哲学,M2)
発表題目:TrBhにおけるsam@tatiparin@a@mavic@es@aについて
配付資料:A3原稿3枚(表裏)
プロトコル:松岡寛子(インド哲学,M2)

1.発表要旨

 sam@tatiparin@a@mavic@es@a(相続が特殊に転変すること;チベット語訳:rgyud 'gyur ba'i bye brag;玄奘訳:相続転変差別)は,経量部に典型的な用語として, また,唯識派にとってヴァスバンドゥがTrim@c@ika@vijj@aptika@rika@において識転 変理論を成立するに至る過程において重要な役割を担う語として知られている.こ のsam@tatiparin@a@mavic@es@aは,Trにおいてヴァスバンドゥによってもはや使用さ れないが,その注釈であるTrim@c@ika@bha@s@yaにおいてはスティラマティによって ただ一度のみ煩悩の生滅関する文脈において使用される.その一節(TrBh[L 思i38.24-39.4])に対する解釈はチベット語訳や先行翻訳研究において相異が見られ, それは次に設定する三タイプの解釈,(1)〈sam@tatiparin@a@mavic@es@a@d ....... satiを副文とする場合〉,(2)〈cittatah@とsam@tatiparin@a@mavic@es@a@tとを同格 とする場合〉,(3)〈sam@tatiparin@a@mavic@es@aをrgyur gyur pa'i bye brag(=hetubhu@tavic@es@a)と置換してthob pa(=pra@pta)を補ったもの をsems(=citta)と同格とする場合〉のいずれかに該当することが予想される.それぞ れを,TrBhの他の箇所,及びTrBhに先行するヴァスバンドゥ(AKBhII, AKBhIV, AKBhIX, KS, MSABhXVIII, Vim@c@)とスティラマティ(MAVT@)の著作におい てsam@tatiparin@a@mavic@es@aの現れる箇所のうち,いずれによって支持されるかを 検討し,それぞれの解釈の妥当性について考察した結果,(1)と(3)とに妥当性のある ことが分かった.(1)がより妥当性があるとすれば,TrBhにおけ るsam@tatiparin@a@mavic@es@aの用いられ方は他と異ならないが,(3)であるとすれ ば,その内において整合性は付いており,vija@j@naparin@a@ma理論 にsam@tatiparin@a@mavic@es@aの概念を組み込んでいる点でTrBhに独特であるといえ る.但し,どのような点で独特であるかについては,TrBh以外の諸文献におけ るsam@tatiparin@a@mavic@es@aの意味の不一致の問題があり,そのことも踏まえて今 後検討する.

2.質疑応答

[問] (1)との違いを明確にするには,(2)〈yatha@balam@ .......satiを副文とする 場合〉とするべきではないか?
[答] むしろ,(1)〈cittatah@とsam@tatiparin@a@mavic@es@a@tとを同格としない場 合〉とした方が適切かもしれない.

[問] 宇井訳「相続転変の一種たる心」について,「相続転変の一種」と「心」は同 格とみなされているのではないか?
[答] そうかもしれないが,その場合,意味が通じず,支持する文献もない.

[問] そもそも先行諸訳を三タイプの何れかに当てはめることに無理があるのではな いか?それぞれ自分の試訳のみ挙げればよい.
[答] 確かに先行諸訳をそれぞれ一文のみ抜き出すという方法は適切ではなかったか もしれない.しかし,テキストによって支持されない(2)に先行諸訳の多くが該当し ているという問題点を示したかった.

[問] (3)の整合性を認めながらも(1)をより妥当性があると結論するのは何故か?
[答] 確かに,現存する三種の写本とチベット語訳の底本とが異なっているかどうか, またいずれが先行しているかが現時点において不明であることを考慮するならば, (1)と(3)のうちどちらがより妥当かは決定できない.

[問] rgyur gyur paはrgyud 'gyur baの写し間違いという可能性はないか?
[答] 可能性はあるかもしれない.しかし,この一節はその一語だけでなくサンスク リット原文とチベット語訳とでかなり相異がある.thob paもサンスクリットには存 在しない.また,TrBhにおいてrgyur gyur paとthob paとを並記した先例があるため, 写し間違いと断定することはできない.

[コメント] parin@a@maの接尾辞ghaN@を考慮すれば,三タイプを想定する必要がな く,先行諸訳の妥当性も見出せるのではないか.



戻る→ 哲学・インド哲学「論文ゼミ」