広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第6回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年6月3日(木7・8時限,B102)
発表者:福岡誠太郎(西洋哲学, B4)
発表題目:メルロー=ポンティ『知覚の現象学』第三部 II 時間性について
配付資料:B4原稿1枚(表裏)
プロトコル:村下邦昭(哲学, D3)

1.発表要旨

 メルロー=ポンティはその著『知覚の現象学』の第三部「II 時間性について」において,時間の流れのようなものである,という一般的な比喩を否定する.彼はこれによって,時間は物の中に存在しないことを論証している.発表者はこの論証を追認することによって,メルロー=ポンティの時間論の理解を深めようとした.
 メルロー=ポンティは雪解け水の流れの比喩を用いる.雪が解け,流れを作ったという継起的な在り方が可能であるのは,そのように観察する存在を想定するからである.そもそも出来事はそれを経験するものが客観的世界から時間的・空間的に切り取ったものである.変化という出来事もこのことを前提とする.それ故,経験するものから離れた世界そのものは変化することのない唯一の存在であろう.また,変化(出来事)には個々の視点が想定され,時間には全体の視点が想定されるため,変化に時間を適用するのは適切ではない.さらには,時間は時間以外の何ものでもなく,流動するものではない.時間に川の流れの比喩が用いられるのは,川の流れの中に観察するものを想定するからである.だが,川の流れの中にそのような観察者は想定されない.
 もし仮に川の流れの中に観察者が存在すると想定するならば,確かに川の上流が未来であり,下流が過去であろう.しかし,観察者が川を舟で下る場合,周囲の景色に従って上流が過去であり,下流が未来であろう.時間とはこのように物と観察者との関係に存在するのである.物そのものには時間の概念は存在しえない.客観的世界には「明日」や「かつて」という非存在である概念が不足しており,それ故,未来や過去は客観的世界あるいは物にではなく,主観性の側に移るのである.

2.質疑応答

[問] 「明日」や「かつて」という非存在である概念が不足しているとは,どういうことか.
[答] 物そのものには時間的前後が属しておらず,他との関係において生じているということ.

[問] 非存在である概念,とは何か.
[答] ここでは,非存在と概念とは同義的に使用している.

[問] 客観的世界と未来・過去との関係はどのようなものか.
[答] 例えば,流れてくる水や流れた水というものは存在するが,水そのものには時間が含まれない,というようなこと.

[問] 時間が過去から未来へと流れていかない,とはどういうことか.
[答] 時間において,過去が未来になったり,未来が過去になったりしないということ.

[問] 客観的世界そのものにおいて時間が継起しないということか.
[答] テキストに拠れば,そうである.

[問] 時間の流れそのものではなく,川の流れの比喩を否定することは何故なのか.
[答] 従来の誤解を解くため.

[問] 世界そのものは観察されなくとも存在するのか.
[答] 世界全体とは主観と客観を含めたもの.

[問] 例えば,現在と現在のもの,過去と過去のもの,というのは区別されているのか.
[答] 読んだ限りでは,区別されると思われる.





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