広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
(仮設Webページ)


哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2007年度(前期) 第6回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2007年5月25日(金9・10時限,B253)
発表者:田村昌己(インド哲学,M2)
発表題目:バーヴィヴェーカの勝義理解
配付資料:A3用紙2枚(片面)
プロトコル:片山由美(インド哲学,D1)

1. 発表要旨

 バーヴィヴェーカは一切法無自性・空性を論証式を使用して論証しようとした.彼の用いる論証式の特徴のひとつは,主題命題に<勝義において>という限定句がある点である.この限定句の機能を明らかにすることは,バーヴィヴェーカの空性論証を理解する上で重要である.本稿の目的は,その限定句の機能を明らかにするための前段階として,彼の勝義理解を明らかにすることである.Prajj@a@pradi@pa(PP)及びMadhyamakahr@daya(MHK)とその注釈書Tarkajva@la@(TJ)に見られる彼の勝義理解を考察した結果,次のことが明らかとなった.

 バーヴィヴェーカはヤparama@rthaユという語に対し,Karmadha@raya(同格限定複合語),Tatpurus@a(格限定複合語),Bahuvri@hi(所有複合語)の三種の語義解釈を行っている.Karmadha@raya,Tatpurus@a解釈に従えば真実を意味し,Bahuvri@hi解釈に従えばその勝義を対象とする知及び勝義を目的とする知を意味する.Bahuvri@hi解釈から導かれる二種の知は,TJの二種の勝義及びMHKの二種の智慧に相当するものである.すなわち,勝義を対象とする知は無分別知であり,勝義的な智慧である.一方,勝義を目的とする智慧は清浄なる世間知,正しい世俗知であり,勝義の証得に資する仏教教理について知る,言語表現に基づいた世俗的な智慧である.


2. 質疑応答

[問]脚注4で挙げられる先行研究の解釈にはなぜ問題があるのか.

[答]江島氏の解釈は文法的に正しくない.一方,福原氏の解釈は文法的に正しいが,PPの注釈書PPT@の解釈と一致しない.

[問]「その否定」における「その」とは何を指すのか.

[答]この箇所は先行研究も解釈が一致していない等,解釈が難しい箇所である.現時点では,注釈書に従って,勝義を主体・客体として捉えることの否定と理解しているが,再検討の余地がある.

[問]清浄なる世間知・正しい世俗知と言語表現に基づく知は同等に扱えるのか.

[答]注釈書にそのように記されているが,詳細に再検討したい.

[問]福徳資糧とは何か.

[答]福徳資糧は修行をし覚りを得るためのもとでとなるものであり,善行をし功徳を積むことである.

[問]勝義の二種の智慧とは,真理に至るまでの手段とその結果の関係でとらえてよいか.

[答]その通りである.

[コメント]修行者は瞑想等の修行を行なうことで三昧の境地に達し,出世間知を獲得した後に,後得清浄世間知を得るという一連の修行のプロセス,修行道を考慮すべきである.

[コメント]各文献の勝義解釈を安易に結び付けて解釈すべきではない.

[コメント]「勝義」と翻訳するのではなく,三種の語義解釈について,それぞれ適切な訳語を用いた方が分かりやすいのではないか.




戻る→ 哲学・インド哲学「論文ゼミ」