広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第8回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年6月17日(木7・8時限,B102)
発表者:江崎公児(インド哲学,D2)
発表題目:因の三相説を巡るウダヤナと仏教徒の論争
配付資料:B4原稿2枚
プロトコル:成瀬毅(インド哲学,M1)

1.発表要旨

 ニヤーヤ学派のウダヤナは,その著作『アートマタットヴァヴィヴェーカ』「刹那 滅論」章において,まず「およそ存在するものは刹那滅(=瞬間的)である」という 「存在性に拠る論証」を批判するが,その過程で否定的遍充関係を批判するセクショ ンにおいて,「正しい証因の三条件(因の三相)は,実在のレベルだけでなく,概念 のレベルでも満たされれば十分であるか否か」という問題を論じている.
 非瞬間的な存在を認めない仏教徒にとって,「存在性に拠る論証」の否定的遍充関 係の各要素は概念的な存在にすぎないため,実在のレベルで「異類例に証因が存在し ないこと」という因の第三相は満たされない.したがって,彼等は,因の三相は概念 のレベルで満足されれば十分であると主張する.これに対して,ウダヤナは因の三相 は実在のレベルで満たされればならないと主張するのである.
 ウダヤナの批判の要点は,「もし概念的に因の三相を満足させるだけで十分である とすると,どんな主張でも恣意的に論証できることになってしまう」ということであ り,さらに,ウダヤナの批判の背景には「純粋肯定因」に関する解釈が関わっている と考えられる.

2.質疑応答

[問] ウダヤナが概念的レベルで因の三相を満たすことを拒否する場合,実在のレ ベルで実際に因の三相を満たさねばならないのか?存在しないものを含む否定的隨伴 は扱うべきでないのか?
[答] ウダヤナの見解からすれば扱うべきでないし,ウダヤナの目的は刹那滅論証 を因の三相を通して否定することである.従って,ウダヤナにとってはフィクショナ ルなものを要素としてもつ論証は為されるべきではない.

[問] 実在のレベルと概念のレベルについて,ウダヤナ自身はどのような言い方を しているのか?
[答] 概念はk\={a}lpanikaであり,実在はv\={a}stavyaである.



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