広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2006年6月30日(金9・10時限,B201)
発表者:田村昌己(インド哲学,M1)
発表題目:チャンドラキールティによるバーヴィヴェーカ縁起解釈の理 解−『プラサンナパダー』(PrP 10.6-9)の解釈をめぐって−
配付資料:A3用紙3枚,A4用紙1枚(片面)
プロトコル:片山由美(インド哲学,M2)

1.発表要旨

 チャンドラキールティとバーヴィヴェーカ の‘prati@tyasamutpa@da’(縁起)の語義解釈の相違につい て,先行研究は「チャンドラキールティがバーヴィヴェーカの語義解釈 に相互依存関係を認めているから,両者の語義解釈には相違があるけれ ども縁起に相互依存関係を認めている点で両者は同じ立場だ」という共 通理解があり,その根拠は『プラサンナパダー』の記述に基づいてい る.しかし発表者は,先行研究の理解とは逆に,チャンドラキールティ はバーヴィヴェーカの縁起解釈に依存関係を読み込むことを認めていな いと理解すべきであると考える.そこで,問題となる『プラサンナパ ダー』におけるバーヴィヴェーカの語義解釈批判を取り上げ,先行研究 の理解と比較しつつ考察し,試訳を提示した.

 考察の結果,次の二点が指摘できる.(1)PrP 10, 6-9 に関しては,“yad eva du@s@yate”の主体をチャンドラキール ティ,“tad eva@bhyupagamyate”の主体をバーヴィヴェーカと 解釈し,‘iti’を示す内容は先行するathaからiti までの文章だと理解すべきである.(2)バーヴィヴェーカの説 明する「これがあるときこれがある」(「これを縁とすること」)に対 して依存の意味を読むことを,チャンドラキールティは拒否し,退けて いると理解すべきである.



2.質疑応答

[問]5ページの反論の箇所について誰が反論し,誰が答論した のか.

[答]発表者は,バーヴィヴェーカ側からの反論をチャンドラキール ティが想定し,それに対してチャンドラキールティが回答を与えている と理解している.したがって,反論者はチャンドラキールティの想定す るバーヴィヴェーカ(側の人物),答論者はチャンドラキールティとい える.

[問]5ページの「反論」をする人物は具体的に誰のことか.

[答]想定されるのは,バーヴィヴェーカの教えを受け継ぐ人たち,す なわち,バーヴィヴェーカを祖とする自立論証派の人物であるが,詳細 については分からない.

[問]縁起解釈について,チャンドラキールティが『倶舍論』での「到 達」の意味からさらに「依存」の意味を読み込んで解釈するのは何故か.

[答]『倶舍論』での縁起解釈では,一般的な因果関係,それもダルマ の理論における因果関係が意図されているが,依存の意味を読み込むこ とでより広い関係一般が意図されている.そうすることでチャンドラ キールティは,あらゆるものは因果関係や相互依存関係によって成立し ているのであって,実体的に存在しているのではなく(無自性であり) 空である,ということを説明しようとしている.

[問]慣用語とは何か.

[答]語の各部分の意味を保持せず,慣用的意味のみを有する語のこと.

[問]長と短の関係について,存在のレヴェルか概念のレヴェルか.

[答]発表者の見解は今のところ概念のレヴェルだと思うが,今後検討 していく.

[問]“tena@smi buddho jagato 'nubodha@t”における‘tena’は何をさすのか.

[答]バーヴィヴェーカの論難した点と,認めている点はそれぞれ何か.

[問]『般若灯論』及び『プラサンナパダー』の記述によると,バー ヴィヴェーカが論難した点は,‘prati@tyasamutpa@da’におい て‘prati’に普及の意味がなく‘prati@tya’に到達の意 味がないという点である.一方,文脈から判断すると,認めている点は チャンドラキールティの縁起理解,すなわち縁起に依存の意味を読み込 むことである.
 このように論難する主体と認める主体を共にバーヴィヴェーカである と理解する先行研究に従う場合,テキストを合理的に読むことはできな い.したがって,論難する主体はチャンドラキールティ,認める主体は バーヴィヴェーカであると理解すべきであると発表者は考える.

[コメント]発表者は‘pra@pti’を「到達」と訳出するが,五 位七十五法に「得」があることからわかるように,「関係を結ぶ」とい う意味が含まれるはずである.そこで,有部におけ る‘pra@pti’の語の使用例をもっと検討すべきである.

[コメント]今回は,チャンドラキールティおよびバーヴィヴェーカの 「縁起」の語義解釈の相違について扱ったが,今後はさらに大きなテー マ,すなわち両者の「空」の理解の相違を研究する必要がある.

[コメント]先行研究の翻訳に関して相違があるのではないか. Stcherbatsky[1927]は短と長について,存在のレヴェルで“something short, something long”と訳出しているが,Sprung[1979] は“the short , the long”と概念のレヴェルで訳出しているよ うに読み取れる.



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