広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2009年度(前期) 第10回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2009年06月19日(金9・10時限,B153)
発表者:高橋淳友
発表題目:「(仮題)トマス・アクィナス『分離実体論』にみられる「プロティヌス」理解」
配付資料:A4原稿3枚(両面)
プロトコル:服部美香(西洋哲学,B4)

1. 発表要旨

本発表では,〈新プラトン主義〉の展開を,魂と身体の関係をめぐる議論から考える上で,ダエモンの身体についての議論を考察することは重要な意味を持つものとみなし,トマス・アクィナス『分離実体論』に見られる「ダエモン」の問題を取り上げている.しかし,この問題を扱うにあたって,〈新プラトン主義者〉たちの主張,すなわち元のテキストの内容が正確に伝わっているのか定かでないことを念頭に置く必要がある.そのように正確さを欠く形での理解も,一つの展開の在り方だといえると発表者は考えている. まず,『分離実体論』の一節を確認する.そこでは,アウグスティヌス『神の国』を典拠として,プロティヌスの見解が語られている.しかし,そこに相当する部分を,アウグスティヌス『神の国』のロエブ版で確認したところ,複数の近代語訳(ロエブ版英語対訳,服部英次郎訳,茂野昭男・野町啓訳)では,その言はプロティヌスではなく,アプレイユスのものとなっている. これより,トマスが何故この言をプロティヌスのものとしたか,そして近代語訳でアプレイユスのものとしていることの妥当性を問題とする.まず,アウグスティヌス『神の国』ロエブ版の該当箇所によって確認したところ,トマスがプロティヌスとした原因は,「プロティヌス」の名が挙げられ,その見解が語られた後,それに続く形で別の者の名が挙げられずに「言う」「信じた」という形で,ある人の見解が参照されて議論が進められている点にあるものと推測される.また,アプレイユス『ソクラテスの神について』を参照し確認したところ,近代語訳の訳者たちがアプレイユスとしているのは,言説の内容からだと推測される.  以上のことから,近代語訳の訳者たちの考えるようにアプレイユスの発言であるとすれば,トマスの『分離実体論』に関して以下のように指摘できる.  トマスがプロティヌスの見解だとしているということは,彼が『神の国』を参照しただけで,アプレイユスの原典にはあたっていなかったことを予想させる.トマスの場合,アプレイユスの言う人間の死後の魂の在り方がプロティヌスのものとして考えられているのならば,『分離実体論』(S.145)よりトマスにとって,プラトン主義者たちは人間は滅び得る身体の他に「空気の身体」を持っていると考えていたことになり,このうちにプロティヌスが含まれていることもいえる.  したがって,『分離実体論』の段階でのトマスのプロティヌス理解―魂と身体の関係について)は,「人間の魂はダエモンであり,この現世での身体が滅んだ後,ダエモンとして生前の在り方に応じて様々な呼称で呼ばれる存在となる.この時,もともと持っていた永遠の身体が〈剥き出し〉になる」とまとめることができる.


2. 質疑応答

[問]pp.3-4 の神の国の引用の,「至福の魂」「惨めな魂」とは何か.

[答]情動に支配される在り方が惨め,そして至福とはその対極である情動に支配されない平安な在り方,なだめられ鎮められて一つところに留まれる在り方.

[問]ダエモンとは人の死後の形態か.

[答]多説あるが,あくまでも今回の発表で取り上げられた議論では,人の魂はもともと永遠の身体を持ち,ダエモンも永遠の身体を持つ.そのため,人間の魂はダエモンであり,現世での死すべき身体が滅んだ後,ダエモンとして生前の在り方に応じてその呼称が分けられる.

[問] トマスがアプレイユスの見解をプロティヌスの見解だとして扱っているとのことだが,これはトマスに何らかの影響を与えたといえるのか.

[答]トマスが批判対象として見ているという点では,影響を与えたと言える.

[問]プロティヌスの考えを知る一次資料は何か.

[答]我々が知るための一次資料ならば,『エンネアデス』.トマスが知るための一次資料ならば,翻訳がされていなかったため,間接的にしか知り得なかった.

[問]〈新プラトン主義者〉たちと,トマスの著作におけるプラトン主義者たちは同じ者たちを指すのか.

[答]同じ者たちを指す.

[問]アイテールとは何か .

[答]いわゆる真空はないと考えられていたので,空気の上にさらに微細な層が満ちていると考えられていた.宇宙のエーテルは,アイテールから由来している.

[問]辞書による限りでは,マネス神はローマでは家の守護神とあるが,そのような理解も可能か.

[答]多説あるが,あくまでも今回の発表で取り上げられた議論では,人の魂はもともと永遠の身体を持ち,ダエモンも永遠の身体を持つ.そのため,人間の魂はダエモンであり,現世での死すべき身体が滅んだ後,ダエモンとして生前の在り方に応じてその呼称が分けられる.

[問]トマスがアプレイユスの見解をプロティヌスの見解だとして扱っているとのことだが,これはトマスに何らかの影響を与えたといえるのか.

[答]トマスが批判対象として見ているという点では,影響を与えたと言える.

[問]永遠の身体とはどういう状態か.

[答]今回の議論で取り上げたものでは,より粗雑な身体に覆われている状態.

[注]発表要旨および質疑応答中にある「アプレイユス」は,通常,「アプレイウス」と表記されるが,発表者の表記に従った.



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