広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第11回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年7月8日(木7・8時限,B102)
発表者:脇田実和(西洋哲学,B4)
発表題目:神学における善と有の問題について
配付資料:B4原稿1枚(両面)
プロトコル:高橋祥吾(哲学,D1)

1.発表要旨

 発表者の興味関心は「善」や「道徳」といったものである(卒業論文での中心と なるテーマとして考えている).本発表では,「善」というものの概念を,中心とな るテーマとは異なる視点から考察する.すなわち,「善」と「有」との関係を『神学 大全』第1部,第5問題に基づいて考察する.
 第一に,「善」と「有」はことがらとして,まったく別のものであると考えられる.なぜなら,「善」は「有」を形相づけるものであり,「有」とは違い大小の差を受け入れるからである.
 しかし,「善」と「有」はことがらのうえで同じであり,概念的に異なると考える べきである.なぜなら,次のように考えられるからである.まず「善」は望ましいも のでる.つぎに,あらゆるものにとって完全であることが望ましいことである.もの が完全であるのは,そのものが現実化しているときであり,現実化していることは, すなわち「有る」(存在する)ことなのである.ゆえに,「有る」ことは「善」であ ると言えるのである.
 次に,概念上区別される「善」と「有」は,どちらが先立つものなのかを考える. 「善」が「有」に先立つと考えることができる.なぜなら,1)ディオニシウスによれ ば,神々の名称のうち「有」より「善」が先に挙げられているからであり,2)「善」 は「有」よりもより多くのものに及ぶからであり,3)非存在に対しても「善」がもつ 「望ましいもの」という意味が適用されるため,「善」のほうが「有」よりも普遍妥 当すると考えられるからであり,4)「望ましい」ことは,非実体的なものに持て寄与 され,その一方で「有」は「望ましいもの」のある特殊なケースと考えられるからで ある.
 しかし,「有」が「善」に先立つと考えるべきなのである.なぜなら,知性認識の 場面において,概念はものが認識されてから言葉によって表示されるものである.そ して知性が何よりもまず認識するものは有るものであるから,先立つと考えるべきでる.
 では,「有」が「善」に先立つならば,すべての「有」は「善」であるのか.この 点に関して,1)「有」は「善」によって制限されるために,2)「有」には悪とよばれ るものもあるために,3)アリストテレスによって,「数学的なものにおいて善は存在 しない」と言われるために,「有」は必ずしも「善」ではないと考えられる.
 しかし,「有」は存在するのであるから,現実化しているものであり,ある意味で 完全なものである.完全なものは,「善」であった.ゆえに,すべての「有」は,存 在しているのであるから,「善」なのである.
 『神学大全』は,近代以降と較べると,キリスト教的思想が色濃いように思われる.同じ「善」をテーマであっても,近代以降の思想のと違いがあることが明瞭となっていた.

2.質疑応答

[問] 実際の卒論で扱うことを考えている視点は何か.
[答] カントによる道徳論を予定している.

[問] 神が創造したものはすべて善であるということから,有の中に悪と呼ばれるも のがあるという見解や,数学的なものに善は存在しないという見解を拒否できるのか.
[答] 悪に関しては,悪と呼ばれるものが存在しているのではなく,悪は善が欠如し ている状態と見なされる. 数学的なものについては,現時点の調査では解答できない.
(プロトコル作成者註:トマスによれば,数学的なものは存在の点で自存するもので はないと言う.数学的なものを独立的にあるのは,概念的なレベルによってのみ可能 である.ゆえに,数学的なものは,自存する有ではないので善であるわけではない. Cf. Summa Theologiae, I, q. 5, a. 3)

[問] 『原因論』という著作についてはどのようなものか.
[答] 調査不足のため解答不可.(プロトコル作成者註:『原因論』は,その大部分 は新プラトン派のプロクロスの著作『神学綱要』が翻案されたもの.アリストテレス の著作として伝えられていたが,トマス・アクィナスがはじめてアリストテレスの著 作ではないことを指摘した.)

[問] 「内在的なもの」とはどういうことなのか.
[答] 質料が現実化する前の,可能的な状態のことが内在的な状態であると思われる.

[問] 完全なものが善であり,存在するものが善であると言われるなら,完全なもの は存在するものと考えてよいのか.
[答] ものは完全になろうとする.そしてものは現実化する.そのことが善であると 考理解している.

[問] 「善」と「有」の関係は,発表者が関心を向けているテーマとどのように関係 するのか.
[答] 直接的に関係するとは考えていない.

[問] 発表者の持っている関心はどのようなものか.
[答] 今現在のモラルに関する考え方に対して,昔の人の考えを参考にしたい.

[問] この発表で述べられている「善」とは,実在的なのか,概念的なのか.(reali sm か nominalism か)
[答] そのような考え方を念頭に入れていなかった.

[問] キリスト教的イメージが近代にはないと理解してよいのか.
[答]ないのではなく,積極的に表れていないということ.

[問] (意見)トマスは,realism か nominalism かという区別はせずに,両方を包 括した,形而上的,超越的観点から論じていると考えられる.

[問] (意見)キリスト教的なイメージがあると言うが,そうではなく,むしろアリ ストテレスの哲学の影響が強く,論証もアリストテレスの哲学に負うところが多い. それゆえ,トマスの論証にはキリスト教的イメージはないと考えるべき.



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