広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2005年度 第11回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2005年7月07日(木7・8時限,B102)
発表者:田村昌己(インド哲学,B4)
発表題目:Mu@ramadhyamakaka@rika第16章の構成について
配付資料:A3用紙4枚とA4用1紙枚(シノプシス付き)
プロトコル:片山由美(インド哲学,M1)


1.発表要旨

ナーガルジュナの著書Mu@ramadhyamakaka@rika第16章(繋縛と解脱の考察)の構成をチャンドラキールティの注釈書Prasannapada@にしたがって検討する.第16章は輪廻と涅槃の否定,繋縛と解脱の否定,宗教的実践の立場からの論難の排除の三つに大きくわけることができる.そのうち,輪廻と涅槃の否定に関しては第1偈から第4偈で扱われる.第1偈は諸行と一有情の輪廻を否定し,第2偈と第3偈でアートマンの輪廻を否定する.第2偈はアートマンが存在しないことを示し,第3偈はアートマンの輪廻行為は成り立たないことを示す.第4偈は涅槃を否定する.次に,繋縛と解脱の否定に関しては第5偈から第8偈で扱われる.第5偈は総説として繋縛と解脱を否定する.第6偈は繋縛する道具を否定し,第7偈は日常で経験される事例と繋縛に関する残余の論難を否定し,第8偈は解脱を否定する.最後に,宗教的実践の立場からの論難の排除に関しては,第9,10偈で扱われる.第9偈は涅槃や解脱を望む人々にはかえって大きな執着があることを示し,第10偈は勝義諦や涅槃においては輪廻や涅槃は構想されないことを示す.


2.質疑応答

[問] プドガラとは何か.

[答] 仏教は無我説であるため,行為主体であるアートマンは認めない.しかし,そ れでは輪廻を説明するのが非常に困難になってしまう.そこで犢子部では,人格主体 としてプドガラを設けて説明する.

[問] 69行目の取と輪廻の関係について.

[答] 取には,質料因(基体)と煩悩(執着)の2つの意味が有る.ここでは,前者 の方で身体の意味である.3偈の意味するところは,「プドガラが身体から身体へと 輪廻する時,存在形態がないものとなってしまう…」翻訳は今後検討し訂正する.

[問] 諸行とは何か.

[答] 有情とは精神的なものであるので,これに対して諸行とは物質的なものととら えられると思われるが,今後検討していく.

[問] 方便とは.

[答] ここでは,反論者が無自性なものを構想することによって,修行のプロセスが 無意味になってしまうことを意図している.つまりここで方便とは修行の手段を意味 している.

[問] すべてを否定することで何を意図しているのか.

[答] 輪廻や涅槃を構想して執着していては,解脱に至らないため,究極的な目的は空であること,構想を捨て去ることだということを意図している.




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