広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
(仮設Webページ)


哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2009年度(前期) 第12回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2009年07月03日(金9・10時限,B153)
発表者:加藤良太(西洋哲学,B4)
発表題目:デカルトの類似性similitudo 批判の射程
配付資料:B4原稿5枚(片面)
プロトコル:阿南貴之(西洋哲学,B4)

1. 発表要旨

デカルトの認識論における批判対象は, 観念が外的対象の似姿としてあり, なおかつ観念と外的対象は相関関係をもつとすることであると, 山田弘明氏が指摘している. またその例として, トマス・アクィナスの『神学大全』第一巻第85問題第一項を挙げている. 実際, 『屈折光学』において批判の対象とされているのは, 対象と感覚内容の間に志向的形象を措定することによって類似性を見出だすことである. しかし, トマスの用いる類似性は, 働きの主体と対象との間の対応関係をさしているのであって, デカルトが批判の対象としている類似性とは異なる. 以上のことから, デカルトが『屈折光学』において行った批判は, その矛先がトマスには向けられていないことがいえる.


2. 質疑応答

[問]『屈折光学』はどのような位置づけがなされるのか?

[答]『方法序説』で説明された科学的手法をもちいて, 自然的現象に対して叙述を行っている.

[問]可知的形象と可感的形象とはなにか?

[答]可知的形象とは, 知的認識のありかたを規定するものであり, 可感的形象とは感覚のありかたを規定するものである.

[問]対象から, 例えば紙飛行機のようにして運ぶものとしての志向的形象は, それ自体としての性質があるならば, それが感覚されるはずであるし, またそれ自体としての性質がないならば, それは物体と呼びうるのか?

[答]少なくとも, それ自体としての性質がある場合には, 閾値という考え方が当時既にあったので, そのことによって説明することができる.

[問]species とforma の違いはとのようなものか?

[答]働きの形として, species. もののあり方として, forma という語が用いられているといえる. しかし, 両者の区別はときとして明確でないときがある.

[問]「火に魚を焼べる際に, 火の働きの対象としての魚の外側部分に注目するならば, それは熱せられ, 且つ照らさ得るようなものであるので, 外側という対象に対しては, 熱という原理に従っても, また光という原理に従っても, 火はその働きを為し得るということになる. しかし, 魚の内部は火によって熱せられうるが, しかし一方で, それによって照らされるということはない.」 とはどういうことか?

[答]温度が想定されない暗室に, 火がともっている. またその火によって照らされ得ない魚が焼かれていると仮定するならば, 火の性質としては燃やすことと照らすことの二つの作用をもつのに, 暗室には照らす働き, 魚には燃やす働きしか作用しないということである.

[補]志向的形象という語の用いられ方に関して, 対象から認識主体へと向う方向性は, アリストテレスやトマスにおいては, そのようなことに対して志向性という語がもちいられることがないので, そのことからも, デカルトがトマスを批判の対象としていないことがわかる, という指摘があった.



戻る→ 哲学・インド哲学「論文ゼミ」