広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第12回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年7月15日(木7・8時限,B102)
発表者:田村昌己(インド哲学,B3)
発表題目:中観派の二諦説
配付資料:A4原稿5枚
プロトコル:岡田あゆみ(インド哲学,B4)

1.発表要旨

中観派はナーガールジュナ(Na@ga@rjuna 龍樹 紀元後150-250 年頃)から始まる学派であり,ナーガールジュナとその弟子で あるアーリアデーヴァ(A@ryadeva 聖堤婆 紀元後170-270年 頃)の活躍した初期中観派,『中論』の注釈家が活躍し,ブッダ パーリタ( Buddhapalita 仏護 紀元後470-540年頃),チャ ンドラキールティ(Candraki@rti 月称 紀元後600-650年頃 )の帰謬論証派とバーヴァヴィヴェーカ(Bha@vaviveka 清弁  紀元後490-570年頃)の自立論証派に分かれた中期中観派,そ して,自立論証派の流れを汲むシャーンタラクシタ(C@a@ntaraks@ita  寂護 紀元後725-784年頃)とその弟子カマラシーラ(Kamalasi@la  蓮華戒 紀元後740-797年頃)らが唯識学派の教説を取り入 れた後期中観派の三期に分けることができる. 今発表では「中観派の二諦説」と題し,仏教四学派のひとつで ある中観派にとって重要な思想である「二諦説」について発表 した.二諦説とは,真理に勝義(parama@rtha)世俗(sam@vr@ti )のふたつのレヴェルを導入する考え方のことである.この様 な考え方は初期仏教にその根源があり,その後アビダルマ仏教 で発展した.そして般若経の二諦説を経て中観思想家たちが体 系化した.すべてのものは無自性であり,実体をもって存在しな いという空の思想を中観思想家は説いたが,彼らは言語表現を 超えたものを言語表現で表す必要があった.この課題を解決す る際に二諦説は重要な役割を担う. 般若経の二諦説は心理に関する二諦説と仏の教説に関する二諦 説であり,ナーガールジュナの二諦説は後者の二諦説を継承し た.バーヴァヴィヴェーカの二諦説は世俗から勝義への橋渡し をする般若経を重視した二諦説であり,チャンドラキールティ の二諦説は認識主体と認識対象の在り方を示す二諦説である.

2.質疑応答

[問] 二諦説の4つの文献の中で特に興味を持ったものはもの はどれか?

[答] よく理解できていないのはチャンドラキールティのもの なので,もっと勉強したい.

[問] 何か「空性」というものがあって,それが我々凡人には 壺などに見えるだけなのか?「空性」という「無自性」の性質 を持っているのか,物質があるのか?全てのものは「空」であ るというとき,それは「モノ」なのか否か.

[答] 見ているものは同じだが,見え方が違う.例えば,壺が見 える凡人,その同じ場所に「空性」が見える仏.「空性」とは仏 の認識対象のことである.

[問] 三つの教義の複合語に対する解釈について.一つ目と二 つ目の違いは何か?

[答] 一つ目はParama-arthaというふたつの語の関係が同格で ある.二つ目は形容詞と名詞の関係である.



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