広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2008年度(前期) 第12回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2008年07月11日(金9・10時限,B253)
発表者:池田信義(哲学,M2)
発表題目:「人間知性による最初の存在認識」について-ens et essentia sunt quae primo intellectu concipiuntur-
配付資料:B4原稿3枚(片面)
プロトコル:加藤良太(西洋哲学,B3)

1. 発表要旨

 「存在しているもの」と「本質」は, トマスの哲学にとっても重要な問題である. そして, トマスの思想におけるそれらの認識に関して言えばアヴィセンナの知性論に対して, あくまで個々の認識者が認識者自身によって獲得するという点で特徴づけられている. また「存在しているもの」のうちに, 「本質」と「存在」という構造が見受けられるということも, トマスの著作『存在と本質について』では語られている. 可能態である「本質」と, それを現実化せしめる「存在」, そしてその構造を有するところの「存在しているもの」は切り離して考察することは出来ないのである.このような存在に関する洞察と, 可感的認識と可知的認識が区別されるという存在認識のあり方が, 『存在と本質について』における<人間知性による最初に認識されるものは「存在しているもの」と「本質」の二つである>という記述を支えているのである.


2. 質疑応答

[問]「能動知性」・「可能知性」の語義とは何か.

[答]今のところ理解は不十分ではあるが, 前者は働きかける作用的なもの, 後者は受け身のものである.

[問]「存在しているもの」と「存在」の違いとは何か.

[答]前者とは現実に存在しているものであり,後者は前者を存在せしめるための原因である.ちなみに,本質には形相と質量が含まれるのであるが,「存在」はそれを存在せしめるのである,と言うことがトマスの洞察である.

[問]「本質」が完全,不完全とはどういうことなのか.

[答]完全な本質とは実体が持つようなものであり,一方で偶有の本質とは「実体が無いならば存在できない」という点で不完全と言われる.

[問]「質料」とは何か.

[答]材料の如きものである(必ずしも日常的意味ではないかもしれない).例えば,机に対する木に当たるものである.

[問]十の範疇とは何か.

[答]存在しているものは二通りの仕方で在るのだが,その一つである実在有について,それが一つの実体をと九つの属性への分類が可能であるということ.

[問]「本質」と「本性」の違いとは何か.

[答]事物の定義であるところの何性であるとか,「〜である」というのが本質である.本性とは自然本性であるが,それもある意味で本質であるともまた言える.

[問]「最初の小さな誤り」とは何か.

[答]『存在と本質について』の序文に,「最初の小さな誤りが後には大きな誤りに陥る」という意趣のことが述べられており,それに倣った.

[問]感覚によって認識されるものと,知性によって認識されるものとの区別において,インド哲学では表象的なものはむしろ直接的であると考えるのであるが,なぜここではそれが間接的なものとしてとらえられるのか.

[答]人間の知性認識は,「可知的形象によって認識されるもの」として認識するのであった.「感覚的にもので得られる表象」を直接的には知性的には認識することは出来ない.



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