広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
(仮設Webページ)


哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2014年度(前期) 第12回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2014年07月18日(金9・10時限,B201)
発表者:海道飛鳥(西洋哲学,B4)
発表題目:21世紀の死生観
配付資料:A4(両面), 8頁
プロトコル:赤井清晃(哲学)

1.発表要旨

 今回の発表では,転生論とニーチェ哲学との比較と融和の可能性について探究した.転生論の概要を説明しつつ,ニーチェ哲学との明確な相違を浮き彫りにさせていったが,一方で両者の類似点についても指摘した.転生論に基づけば「人生は事前に計画されたもの」であり,だから人生において直面する試練は積極的に肯定できるものだと主張できる.またニーチェ哲学の「運命愛」の考え方に基づいても,やはり同様に「運命を肯定する」ことで試練を積極的に肯定できるのだ.こうして転生論と彼岸否認論との融和の可能性が見えたところで,ニーチェ哲学における「永劫回帰」を彼岸否認論者に対する救済だとし,また「永劫回帰」とは「神の死」を経た後に掲げられた彼岸否認論者たちに対する新しい信仰対象ではないか,とする仮説を打ち立てた.(342文字)


2.質疑応答

[問] 発表者はニーチェの永劫回帰を信じているのか?

[答] いいえ.どちらかといえば,自分は科学的転生論のほうを信じる.

[問] 「中間生」というのは,イメージとして,あの世,天国とか地獄みたいなものか?

[答] 生と生の間,という意味.(某教員が補足)

[問] 退行催眠の被験者の証言を挙げているが,発表者は自分だったらどうか,という自問自答はしたことがあるか?あるいは,自分には全く関係ない,という立場で研究しているのか?

[答] 科学的転生論の立場に立てば,自分がいまやっていることには意味があるが,永劫回帰が正しいならば,自分は何をやっているんだろうかとは思うが,それはそれでいいか,とも思っている.

[問] 人生の意味と目的がそなわっていることを実感したら,それに向かって努力するということで,幸福度が大きくなるのか?しかし,生きているうちに,その目的が失われてしまったらどうなのか?それもあらかじめ予定されていたのか?

[答] 目的を失ったことがどういう意味をもつかが,その人にとって重要なので,誰にとっても,一様に,幸福の在り方を言うことはできない.

[問] 今後,どんな展望をもって,どんなことを解明しようとしているのか?

[答] 自分でも,そのあたりがわからないので,今後の課題です.

[問] p. 3のニーチェ哲学についての箇所で,魂について,引用で,なんらかのもの ein Etwasと言われているが,これは何だったのか?

[答] 自分でも,よくわからないので,これも今後の課題です.

[問] 同じく,ニーチェが,l. 30で,so 〜 wie 〜 と言っているところの訳はこれでいいのか?

[問,追加] so 〜 wie 〜は,「肉体と同じように魂も」ということだと思う.(某氏)

[問] 最後のフリードマンの引用の意図はどこにあるのか?何のための引用なのか?

[答] アメリカでの心理学調査についての補強のつもりだが.

[問] 「科学的転生論」というのは,いつ頃から言われていることなのか?

[答] この発表のために,発表者がつけたものである.

[問] 「科学的」と言われると,かえってあやしいので,単に「転生論」でよいのではないか.こういう仕方で語る人はかえって信用できない,という思いがする.しかし,この発表は,転生論そのものが実証できなくても,よい議論なのではないか?発表者の重点はどちらにあるのか?

[答] 幸福,ということのほうに重点がある.

[問追加] そうすると,前半の話(科学的転生論)は,どれだけの意味があるのか疑問である.

[問] 死後の世界というのは,死後の世界として独立しているのか?生きているこの世界の中にあるのでしょうか?私としては,死後の世界として独立しているほうがいいのですが.

[答] 非物質的な精神世界,とだけいっている.

[問] 人生の目的をみつけるという科学的転生論と,目的のない人生を説くニーチェとの融和ということだが,そもそも融和させることなどできるのか?

[答] ニーチェの場合は,ちょっと借りさせてもらった,ということです.

[問] 気になっていたことは,退行催眠によって思い出したことは,過去のことばかりだが,魂が時間的空間的に制限されていないのならば,未来のことについて言及することもあるのではないか?

[答] それは,現在の退行催眠の方法の限界であって,未来のことがわかることもありえる.

[コメント] P. 1〜3にかけての事例の紹介は,典拠を示す必要がある.p. 4のl. 21以降も典拠を示す必要がある.p. 5のEcce Homoからの引用の中で,l. 6 のDas Nothwendigeは,何格かわかって訳しているのか?ニーチェの場合,「運命をひきうける」ことについて,『ツァラトゥーストラ』の第2部20章「救済について」の記述も取り上げるべきではないか.この他,九鬼周造の『偶然性の問題』や随筆の中で,ニーチェのこの箇所の他,ショーペンハウアーやシェリングなどについても考察を加えている箇所があるので,それを参照することを勧める.

[問] ニーチェも含めて,論者たちは,自我(インドで言えば,アートマン)の存在を想定して議論しているように思えるが,そうなのか.

[答] そういうものです.

[問] 「転生」について,footnote 1で言われる「宗教的〜」との違いは?

[答] 今の科学的転生理論では,動物には転成しない,という意味で使っている.

[コメント] 今後の方針としては,私個人としては,ニーチェ解釈ならニーチェ解釈でそれを徹底してやってほしい!

[発表者から] タイトルの部分から,どうするべきか,と思っているので,心をきめてがんばって行きたい.




戻る→ 哲学・インド哲学「論文ゼミ」