広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2009年度(前期) 第13回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2009年07月10日(金9・10時限,B153)
発表者:阿南貴之(西洋哲学,B4)
発表題目:ペトルス・ヒスパヌスのSummulae Logicales(Tractatus)における本性的代表について
配付資料:A4原稿4枚(両面,8頁)
プロトコル:加藤良太(西洋哲学,B4)

1. 発表要旨

 共通的な代表の更なる区分としての本性的代表について,Summulae Logicalesでは「それ自体としてとられた(per se sumptus)」ということが述べられる.このことは本性的代表を持つ項辞が,制限や拡張といった働きを受けることの無い仕方で,その項辞が意味表示することを課せられたところの事物の内で,類種関係において下位に属する全ての個物を代表することを意味している.とはいえ本性的代表を持つ項辞に関しても,それが項辞である限りで,項辞それ自体の定義である「命題の最小単位であること」,そして「表示作用(significatio)を持つこと」は無視できる事柄ではない.そのことから,本性的表示を持つ項辞に関して,その在り方を考察する際には,ひとまず命題の文脈を無視することにはなるが,しかし命題と全く無関係なものとするべきではない.そしてまた表示作用は,本性的な代表に先行しているとされるべきである.


2. 質疑応答

[問]離在的な項辞とは何か.

[答]例えばソクラテスやプラトンと云った固有名詞のこと. そのような離在的な項辞とは,多くのものに述語づけられないようなものであり,その点で共通的な項辞(例えば「人」)とは異なる.つまり前者に関して, 例えば「人間はソクラテスである」,「人間はプラトンである」と云った仕方では述語づけられないが,しかし後者は,「ソクラテスは人間である」,「プラトンは人間である」と云うように,多くのものに述語づけられることが可能なのである.

[問]本性的代表を持つ項辞について,「ひとまず文脈を無視する」と述べる一方で,「全く無関係ではない」とも云うのはどういうことか.

[答]まず「ひとまず文脈を無視する」と云うのは,例えば「人間は動物である(homo est animal)」という命題に関して,その内の「〜は動物である(est animal)」という部分を捨象し,「人間(homo)」という項辞に焦点を絞ることを通じて,その項辞の代表作用のあり方を明らかにするためである.しかしとはいえ,「人間(homo)」が項辞である以上,その定義である「命題の最小部分」ということも無視できないので,一方で「全く無関係ではない」とも述べたのである.

[問]「全ての人間は動物である(omnis homo est mortalis)」と云われる際の「人間(homo)」という項辞と,本性的代表を持つとされる「人間(homo)」という項辞は如何に異なるか.

[答]後者の項辞は,「人間(homo)」という種の下位に属する全ての個物を代表しており,その限りで時間的制限を設けることなく代表している.一方で前者の項辞は,esseの現在時制動詞であるestによって,それが代表する対象から過去や,未来の人間を排除し,現在の人間に限定している.たとえomnisという全称記号で周延が図られていても,それはあくまで「現在の人間」という外延を超え出ないような仕方でしかない.つまり両者は,時間的な制限の有無という点で異なっているのである.

[問]「全ての人間は動物である(omnis homo est mortalis) 」におけるestについて,個物性,現在性,存在性を読み解くその理由は何か.

[答]Summulae Logicalesのテキストの前後において,その語が過去形や未来形に対比的に用いられているので,そこに単なる繋辞以上に,「現在」と云う時間的な限定を加えるという用法を読み解くことを試みたのである.

[問]本性的な代表を持つ項辞では命題は成立しないのか.

[答]「人間は存在する(homo est)」という命題という形を想定しても,その「?は存在する(est)」を無視してしまえば,その「人間(homo)」という項辞に関して本性的な代表を考察することはできる.だがしかし,たしかに命題全体を考慮に入れなくてはならないとするならば,たしかにその項辞の本性的な代表を考察することはできない.

[問]表示作用が代表作用に先行してある,とはどういうことか.

[答]「ヒ・ト」という単なる音声の連続に対して,私たちが共通的に理解しているところの人間を指し示させる作用が表示作用である.その作用に即する限りで,たとえ「ブ・バ」という意味を持たない音声の連続に対しても,人為的な約束に従う限りで,例えば机を指し示すようにさせることもできる.一方で表示作用は,すでに意味表示されている項辞を何らかのものの代わりに取ることであるので,意味を持たせるような作用であるところの表示作用は,代表作用に先行していないわけにはいかないのである.




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