広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2005年度 第13回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2005年7月21日(木7・8時限,B102)
発表者:米森慈子(哲学,M1)
発表題目:トマス・アクィナスのイデア論 −『真理論』第三問題第一項の解釈について−
配付資料:?
プロトコル:稲葉泰士(?)


1.発表要旨

トマス・アクィナス(S.THOMAE AQUINATIS, 1224/5-1274年)のイデア論はキリスト教哲学における神の観念としてのイデア論である.それは神によって事物の原型が経験世界の事物に先立って認識されていることであり,神の認識論と言い換えることができる.我々人間の認識であれば,我々の認識以前に存在している事物をとらえることから始められるので,事物に依存した認識である.他方,神は事物をイデアという在り方で自らの内に先在させているのであるから,事物を認識することは自己自身を認識することとなる.イデアを通して神につくられた被造物の本質は神の知るところのものであり,我々人間も神によって知られたものとして存在していることになる.ゆえにイデアを考察することは神の本質を知ろうとすることであり,神学の重要な要素といえる.
1256-1259年に書かれた正規討論集であるトマス初期の作品,『真理論』(Quaestiones Disputatae de Veritate)においては,数多くの異論に対し,様々な観点から煩雑な議論を細かく検証することにより,トマスの見解である主文がより豊かに理解されている.発表では第一項「イデアはあるかどうか」(utrum sint ideae)を検討する.トマスのイデア理解は主文において事物の形相を1.事物が形成されることによるもの,2.形相をなんらかの形成されたものとみなすこと,3.事物の形相を形成づけられたある事物によるものとみなすこと,の三点からそれぞれがイデアという概念に相当するかどうか検討し,第三点の意味する形相は何かがそれに似たものとして構成されるそのものであり,ものがそれを目指して存在するものであるとする.つまり範型としてのイデアであり,イデアは事物に内在しない形相であり,偶然性を排除された知性を有する作用者によって意図的に存在する範型と結論付ける. 異論は大きく分けて神の認識が事物に依拠しているとするもの,神とイデアの無関係性を主張したもの,神の本質の独自の解釈を提示したもの,そしてアリストテレスの見解を援用したものとに特徴づけができる.また反対異論においては創造を原理としたもの,原因論に依拠するもの,知性認識論に根拠をおくものをアウグスティヌス,アリストテレス,ボエティウス,及び聖書という権威を引用しながら論述されている.
トマスは様々な観点の異論に対して神と被造物の関係性や類似性に言及しながら,同時に両者の存在レベルの違いを強調する.トマスのイデア論理解は神の創造の原理と神の自己認識の理論の理解である.神のイデアは神の知性認識そのものであり,神の観念であると同時に神の存在そのものであるといえる.神の存在とは,完全性が充満しているエッセであり,それはなにものも前提としない仕方で常に最高の仕方において活動している純粋現実態としての存在である.そして神の創造とは全くの無の状態において充満する愛をもって自らの存在,つまりエッセを分け与える行為といえる.エッセ(esse)を分け与えられ,神によって知られる存在になった我々被造物は,神の在り方とは明らかな断絶があるものの,個々の人間が,経験世界に存在する以前に神の観念としてのイデアにおいて存在していたことを知性によって自覚していくことができる.そしてそのような認識は神との関係性と,また世界と自分の存在の秩序を発見していく過程であり,理性的存在としてある種の至福を味わえると思われる.


2.質疑応答

[問] L.279. ラチオ(ratio)の概念とはどういうものであるのか.

[答] ここで意味するのは,三位一体説の教義が根拠となっている概念である.

[問] この発表における「完全」と「不完全」の差異は何か.

[答] 「完全」は神についてのみ言われ,その他の被造物は神ではないので全て「不完全」である.

[問] 存在の在り方が高貴であるとはどういう意味か.

[答] 神の存在は非質料的であって,質料的な制約を受けなく無限定であるから,質量を持つ被造物よりもesseが優れている.

[問] esseとは何を意味するのか.

[答] 第一に完全である神の存在について言われるが,他の被造物についてもesseは第二義的に用いられる.

[問] L.253-254.「例えば画家が模倣するという仕方で生み出された模倣した作品や,意図なしに描かれた作品は画家の意図の外にある」とは如何なる意味か.

[答] 十分に説明できないので,今後の課題とする.

[問] L.328. speciesとformaの差異は何か.

[答] speciesは知的認識について言われ,formaは存在に関して言われる.

[問] L.242. 「魂は人間の形相であり,彫像の姿は銅の形相である」とあるが,ここでいう形相を説明して欲しい.

[答] 形相とは,非質料的な,質料に姿や形を与えるものである.

[問] L.302の文意が把握できない.

[答] 『真理論』第三問題の異論解答の4の冒頭部分である.改めて訳すと次のようになる.
「もし普遍的な原因が専有の,或いは特有の関係のものでないのであれば,個別的な結果は一つの普遍的な原因によっては生み出されない」

[意見] L305. 太陽の例は自分で考えたのか,それともトマスがそう書いているのか.もし後者であれば引用箇所を明示すべき.



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