広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2007年度(前期) 第13回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2007年7月20日(金9・10時限,B253)
発表者:松本誠代(総合文化学,M2)
発表題目:インディアスにおける正義と他者認識,16世紀スペインの言論自由の風土がもたらしたもの
配付資料:A4(3枚,両面)
プロトコル:高橋淳友(哲学,特別研究員)

1. 発表要旨

 以下のプロトコルは,発表者が配布した資料に基づいて作成された(「 」は,資料からの引用).発表者は,スペインによるインディアス支配とラス・カサスに関する発表を以前より行ってきた.発表者は,これらの発表においては,ラス・カサスとともにセペルペダ,ビトリアについて取り上げたが,今回の発表では,インディアスについて様々な記録を書き記した,「cronista(公式記録者)」のオビエドとイエズス会士アコスタを取り上げている.発表者は,ラス.カサスとともにこの両人を取り上げることで,「ラス・カサスとの視点の違いに注目し,三者のインディオ認識や歴史観,正義について考える」こと,三者「それぞれの著作に見られるインディアス認識をあげることにより,ラス・カサスが示す他者との相違性を示し,インディアスにおけるラス・カサスの正義の遂行と他者認識について考える」ことを意図している.

 三者の見解について触れるに先立ち,発表者は,「インディアスの征服,支配」をめぐってスペイン人たちが熱い議論を戦わせ,「さまざまな人々がさまざまな議論を述べた」という状態を現出させた理由,すなわち,15世紀末から16世紀にかけてスペインに見られた,「言論の自由」について,アメリカの歴史家ルイス・ハンケを援用しつつ言及する.発表者によると,当時スペインでは,「聖職者,コンキスタドール,植民者,インディオ,そして大勢の王室官吏」が「新世界の四方八方」から国王へと私信を書き送りつづけたという.さらにはまた,「さまざまな思想や不平も書簡のまま隠されてしまうことはなかった」,「それは印刷されて永遠に残されること」もあったとされる.発表者によると,このような「言論の自由」が可能であったのは,「王自身が言論の自由を許可したのみならず,奨励さえしたからである」という.

 このような当時の状況を踏まえた上で,発表者は,オビエド,アコスタ,そしてラス・カサスの言及に移る.発表者は,「公式記録者」であるオビエドには,「目の前で進行する征服戦争や先住民インディオに配慮する気配は見えない」とした上で,「オビエドは,インディオ文化への理解,容認はなく,最も優れた理性を備えた人々であるスペイン人によるインディアス征服は神の意志の具現であるとする考えを有している」と述べる.オビエドから見て,「インディオのように真の宗教を知ったにもかかわらず,それを維持することができず」,「人身犠牲」といったような「忌まわしい陋習にふける人々の理性」は,「最下位に位置付けられる」のであるという.これに対し,発表者によると,「イエズス会修道士」アコスタは,「キリスト教の布教によって新世界の救済を語り,キリスト教のみが世界の担い手であるという価値観の持ち主」であるという.だがまた彼は,「キリスト教布教のためには,王権による庇護は必要であると定義している」と説明される.

 また,ラス・カサスについてであるが,彼は,オビエドの「書」を,「インディオへのいわれなき偏見を広め,インディアスの真実を覆い隠す元凶である」として「強く反論」する人物,そして,「インディオへの布教」は,あくまで「説諭」によって,「力を用いず」,「平和的に行われなくてはいけない」と「主張する」人物として発表者により説明される.さらに発表者によると,ラス・カサスは,「人身犠牲も彼らの神々への深い尊崇の現われと見れば了解できるとしており」,彼の「こうした考え」は,「他の宗教者やクロニスタと大きく異なるものであった」という.このような「ラス・カサスの思想の基盤にあるもの」としてを発表者は,「インディオへの愛」,「キリストの教え」を挙げ,また「ラス・カサスの正義」は「カトリックの教え」を「基盤としたもの」であり,「キリストが使徒たちにおしえた使命感」によるものと結論付けて発表を終える.


2. 質疑応答

[問]スペインにおける「言論の自由」について.これは,王室に申し立てることに関しての自由か.

[答]そうである(ただし"出版の自由"は限定的).

[問]上まで聞き届けられた下のものの主張が,実際に採用される例もあったのか.

[答]ある.例えば"ブルゴス法"がそうで,インディオの待遇改善につながった.

[問]スペインで「言論の自由」が許可され,奨励された背景はなにか.

[答]ハンケの意見によれば,王室が情報に通じておくための,情報収集ではないかということである.

[問]スペインはインディアスを放棄せよという主張はなかったのか.

[答]スペインのインディアス支配を不当と考えていたイギリス等ではそのような主張が見られた.

[問]ラス・カサスはインディオの人身犠牲を認めていたとあるが,これは,キリスト教信仰と折り合いがつくのか.

[答]ラス・カサスは,彼の著書『インディアス史』では,あくまでインディオの〈文化〉として〈認めた〉のではないかと思われる.

この他,資料中の文章や語句の意味等について確認する質問がなされた.




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