広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第14回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年7月29日(木5・6時限,B102)
発表者:大石誠(西洋哲学,D3)
発表題目:英雄たちの生の選択は評価できるものか?−プラトン『国家』の「エルのミュートス」から−
配付資料:B5原稿6頁
プロトコル:赤井清晃(哲学,助教授)

1.発表要旨

 本発表は,プラトン『国家』X巻末尾のエルのミュートスで語られる高名な魂たちの生の選択が評価できるものであるかどうかを,プラトンがこのミュートスで語ろうとしたことの真意を探ることによって,考察する.
 魂たちの生の選択は女神ラケシスの言葉ではじまり,籤によって順番が決まる.最初の無名氏の後,オルペウス,タミュラス,アイアス,アガメムノン,アタランテ,エペイオス,テルシテス,そしてオデュッセウスという生前は有名な人物たちの魂が紹介される.
 最後のオデュッセウス以外の7名は,それぞれ生前の生を嫌ったり,魂自身の性質から,白鳥,夜鶯,ライオン,鷲,男性の競技者,優れた技巧をもつ女性,猿の生を選択した.これら7名の生の選択は,ソクラテスの発言を鑑みれば,Moorsも指摘しているように,魂の内的な秩序や状態がよりよく成長したことを示していないと言える.
 これに対して,最後のオデュッセウスは,どの魂からも無視されていた,厄介ごとのない一私人としての生を探し出して選択した.彼の選択は,前世のときに抱いていた名誉への愛好という性向を克服した点で,先の7名の選択とは明らかに異なっている.プラトンは『国家』VIII巻で,理想国家が堕落して行く過程と,それに対応する人間の堕落の過程を魂の三区分説を用いながら論じているが,理想国から名誉支配制への堕落と理想の人間から名誉支配的な人間への堕落が起こることが述べられる.名誉を愛好して名誉支配的であったオデュッセウスの生の選択は,名誉欲を克服して一私人の生を選択するという点で,国家や人間の堕落とは逆の方向を示している.厄介ごとのない一私人の生を選択するということは,「魂の三つの部分がそれぞれ自らに関わる仕事のみに専心し,他の事柄に関わりをもたないこと」(『国家』IV巻での個人の魂に内在する「正義」の規定)に合致し,オデュッセウスが正義という徳を備えた人間として生きることができる可能性を示しているのみならず,前世で愛知者(哲学者)としての生を送ってこなかった魂が,来世での哲学的な生を送るようになる可能性を示していると言えるかもしれない.
 なお,オデュッセウス以外にもホメロスの叙事詩に登場する英雄たちについてもオデュッセウスと同じような可能性がないのか疑問が生じるかもしれないが,『パイドロス』での魂の転生のミュートスを考慮すると,真理を把握するための営みは人間のみに許されたことなので,人間以外の生を選択した者たちには,デュッセウスのように来世での哲学的な生を送るようになる可能性はない.
 このように,デュッセウスの生の選択を理解できるとすれば,プラトンのこのミュートスでの真意は,一言で言えば「哲学の勧め」につきる.

2.質疑応答

[問] 魂は自分の生を自で自由に選択できるのか?
[答] 多くの生のモデルから自由に選択できる.

[問] 来世の選択をできることを,魂は生きているうちに知っているのか?
[答] まともに信じている人はいなかったのでないかと思う(記録作成者註:「知っているか否か?」という問いに対する直接の答ではない).

[問] 真実在の観照(pp.4〜5)の際の魂の翼とは?
[答] 神々が真実在を見に行くツアーに関してミュートスとして語られるもの.

[問] 生のモデルを選ぶ際,何故,くじ引きをしなければならないのか?
[答] 何故と言われても,そうすることに決まっている.しかし,多くのモデルがあるので,くじ引きで順番が後になっても,選択肢は多くある.

[問] (詩的な真似が)真理から遠ざかること三番目(p.3)ということの意味は?
[答] 椅子を例にとれば,「椅子そのもの(椅子のイデア)」→「現実の事物としての椅子」→「絵画や詩に描写された椅子」というように,イデアから遠ざかって,三番目であるということ.

[問] 「魂を向け変え」ることが哲学なのか?それとも,「魂を向け変え」られてから哲学が始まるのか?
[答] 目だけでなく,体ごと向け変えることが必要であり,『国家』での教育のプログラムにおいても詳細に述べられている(記録作成者註:問いに対する直接の答ではない).

[問] プラトンにとって,哲学者としての生き方が理想的であると考えられていたのか?
[答] はい.しかし,その条件はきびしい.
[問] では,オデュッセウスの選択は理想的ではないのではないか?哲学者の生を選ぶ人物を何故プラトンは描かなかったのか?
[答] そうですね.プラトンは,あえて哲学者を登場させなかったのかもしれません.

[問] アガメムノンが鷲の生を選んだのは,上空から下を見下ろす生を選んだという意味があるのか?
[答] そうですね.アガメムノンは,どう猛で,総大将であったから,上から下を見下ろす生を選んだのかもしれませんが,わかりません.

[問] オルペウスというのは,楽器の名手で,亡くなった妻をあの世まで追って行ったオルフェウスですか?
[答] はい.

[問] 生の選択の「評価」とは,誰が下す「評価」か?
[答] 聞き手であるギリシア人たち(記録作成者註:この「評価」はプラトン学徒としての発表者がプラトン研究として下す「評価」ではないのかと最後に発表者に確認したが,そうではないとの返答を得た).

[問] 死後の世界についてのミュートスは,単なる例え話にすぎないのではないか?
[答] むつかしい問題だが,慣用句としては「ミュートスはすくわれずほろびた」といわれるところを,「ミュートスはすくわれてほろびなかった」と言われているので,結構,本気で考えていたのではないかと思う.
[問] 本気であるという根拠は?
[答] プラトンは遍歴の結果,オルペウス教についてもよく知るようになったことなどが考えられる(記録作成者註:本気でミュートスを語ることについては,最初のの答以上のテクスト上の根拠は」示されなかった).

[問] 生の選択自体は自由かもしれないが,選択された生(の内容)自体はすでに決定されているのなら,プラトンは決定論をとっているということになるのか?
[答] 決定論ではない.選択する者の責任であって,神に責めはない,と言われている.

[問] 理想国家とは?
[答] 哲学者が統治している国家のこと.

[問] ムーシケーの訳として「文芸」「音楽」「技術」からはみだすものは何か?あるいは,「文芸」「音楽」「技術」の範囲におさまるが,より深いものであるということか?
[答] 吟遊詩人なども念頭に置かれているが,よくわからないが,より深いものである.

[問] ギリシア人の輪廻転生観はどうなっていたのか?
[答] 人間の一生を100年とみなし,死後しばらくしてから,1000年間のみそぎの期間があり(記録作成者註:100年の人生の後,100年の10倍にあたる1000年の賞罰の期間),これを10回繰り返すと考えられていた.

[問] (意見)インドとは違って,ギリシアでは,自分で生をを選択できるという点は興味深かった.



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