広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2006年度(前期) 第14回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2006年7月28日(金9・10時 限,B201)
発表者:日高誠(インド哲学,B3)
発表題目:BodhicaryAvatAra(『入菩提行論』)につい て-二種の菩提心-
配付資料:A3原稿3枚
プロトコル:松岡寛子(インド哲学,D1)

1. 発表要旨

後期中観派に分類されるシャーンティデーヴァと,彼による六波羅蜜を 基本とした大乗菩薩の実践を説く作品BodhicaryAvatAra(BCA)に ついて紹介した.bodhicaryAvatAraとは,悟りのための実践へ入 ることを意味する語であり,シャンティデーヴァは空性の理論的側面よ りも実践的側面に関心を持っていたといえる.また,シャーンティデー ヴァの思想のキータームである,二種の菩提心についても触れた.それ は,(1)悟りを願う心と(2)悟りに向けて出発することを言 うが,後者が強調されることからも,シャーンティデーヴァが実践面を より重視したことが分かる.先行研究も豊富で,特に「智慧の完成」を 説いた第9章は多くの研究がなされている.今後,第9章を 注釈文献に基づき読み進めていく予定である.


2. 質疑応答

[問] どのような興味から,BCAをテキストとするのか?

[答] 仏教を理論よりも実践という側面で捉えたいから.

[問] 菩薩になる条件の一つとして,〔菩薩〕種姓 (gotra)が挙げられるが,種姓のない者は,努力しても菩薩になれない のか?

[答] 現段階ではよくわからない.大乗の観点から,菩薩の思想 についても考えていきたい.

[問] 「菩提を願う心」と「菩提に向かって出発する心」という 「二種の菩提心」があるが,いかなる意志も,心の中に思うだけのレベ ルと実行に向かって動き出すレベルという二つのレベルを備えているの ではないのか?また,そのことは,「不退転」とどのように関わるのか?

[答] 指摘の通り,菩提心に限らず,何ごとも意志と実践の二つ のレベルを備えており,実践の方がより強調されると思う.「不退転」 との関わりについては,実践の段階にあることが,その必要条件といえ ると思う.

[問] 多くの経典では,六波羅蜜の中で智慧波羅蜜が最も重視さ れるが,BCAでは,特に重視される徳目はあるのか?

[答] 利他がテーマなので,布施波羅蜜が重視される.

[問] テキストについて,9章本と10章本とは,具体的にどの ような異本関係にあるのか?

[答] 10章本の2,3章が,9章本の2章に 該当し,一括りにされている.詩節数にも出入りが見られ,総詩節数は 10章本の方が多い.また,9章本と10章本では,訳出された 時代が異なる.

[問] 章の分類自体が,注釈者の任意である可能性はないのか?

[答] その可能性はある.

[コメント] プラジュニャーカラマティ以外の注釈者についても 情報を提示する必要がある.




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