広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2009年度(前期) 第14回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2009年07月24日(金9・10時限,B153)
発表者:蔡成平(比較日本文化学,M1)
発表題目:中国における中江兆民の研究と受容
配付資料:A3原稿1枚(両面)A4原稿1枚(片面)(A4で5頁分)
プロトコル:加藤良太(西洋哲学,B4)

1. 発表要旨

中江兆民の思想は,自由民権運動を進めた理論として福沢諭吉の思想と比較した場合,必ずしも肯定的な評価は為されなかった.たしかに明治帝国憲法体制下での兆民の思想の影響は限定的であったが,しかし,彼の軍事撤廃論が日本国憲法の考え方に直接つながるものである,という指摘が示すように,「時代を超えて継承される内実をもった思想」として評価されて然るべきである.そのような中江兆民の思想について中国では,唯物論や,国際政治思想についての考察は進んでいるが,しかし,辛亥革命に絶大な影響を与えた民約論・民権思想に関する研究は依然として不十分である.そして,そのような兆民の思想の受容の在り方に関しても,先行研究では明らかにならないが,発表者は近代中国において兆民の思想が広く受容されたのは,数ある訳版というよりも,梁啓超の著作中の引用であると考えている.


2. 質疑応答

[問]福沢諭吉は,中国ではどのような評価を受けているのか.

[答]福沢諭吉を対象とした研究はブームになっているが,中国独自の研究というよりも,主に日本での研究成果を導入するものである.また福沢に対する評価も一様ではなく,例えば福沢の脱亜入欧論を受けてそれ以前の肯定的な評価を翻すような場合もあった.

[問]中江兆民の唯物論とはどういったものか.またそのことは,近代中国が広く中江兆民の思想を受容した所以となっているのか.

[答]中江兆民の唯物論とは,死後の世界などは想定せず,神や仏等々のものを斥けるものである.然るに中国では,唯物論を唱えるマルクス主義哲学が主流であるので,そのような中江兆民の唯物論が,彼の思想が広く受容された一因であったであろうことは窺える.

[問]中江兆民の『非開化論 上』の翻訳文献として挙げられた『廬騒氏非開化論』に関して,「多少自由に漢訳する」とあるが,どのような意味か.またそのことが,訳者の解釈が過分に含まれていることを意味するならば,その訳版は厳密な翻訳本とは云えないのではないか.

[答]「多少自由に漢訳する」とは,訳者が自身の考えを取り混ぜて訳出しているという意味であり,たしかにその限りで,厳密な翻訳が為されているとは云えないだろう.

[問]発表中に挙げられた中江兆民の翻訳テキストのリストの中で,実際にはどれが出版されたのか.

[答]文献によっては訳者や出版社以上の書誌情報を得ることは難しく,実物を確認できない以上は,カタログや広告文に書名が掲載されただけで,実際にはその文献が出版されていない可能性は十分にある.とはいえ発表者は,カタログに掲載されたのであれば,その文献が出版された可能性が高いと見てよいのではないか,と考えている.

[問]梁啓超のルソー受容の経緯を知ることはできないのか.

[答]梁啓超が日本の自由民権運動に影響を受けていることは少なくとも云えようが,しかし,そのことに中江兆民が如何に関与しているのか,については未だ明らかではなく,今後の研究の課題とする点である.

[問]張継の回顧録の引用中にあるように,20世紀でも「倭」という漢字で以て,日本国を指し示していたのか.

[答]『張溥泉先生全集』・「回顧録」を参照する限りでは,そのような用法も用いられているようである.





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