広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2008年度 第15回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2008年10月10日(金9・10時限,B253)
発表者:根本裕史(インド哲学,D3)
発表題目:ツォンカパによるMadhyamaka@vata@ra VI 39の解釈
配布資料:A3用紙3枚(両面)
プロトコル:田村昌己(インド哲学,D1)

1.発表要旨

   本発表の目的は,ツォンカパがチャンドラキールティの Madhyamaka@vata@ra VI 39をどのように解釈したかを明らかにすること である.同偈は解釈が難しい偈であり,チベットの学者たちはその解釈 をめぐって多くの議論を費やしてきた.その際,特に問題となるの は'rang bzhin gyis de mi 'gags pa'という表現をどのように解 釈するかということである.ツォンカパは時間論という視点を導入し て,彼以前のチベットには見られなかった独自の解釈を行っている.そ の解釈は次の通りである.

 過去に積まれた業は自性に基づいて消滅しているのではない(rang bzhin gyis mi 'gags pa).それはつまり,業の消滅状態(las zhig pa)が自性に基づいて成立した物でないこと(rang bzhin gyis grub pa)を意味する.そして,業の消滅状態が自性に基づいて成立した物で ないという前提に立つ場合,それは効果的事物(dngos po)である と主張することが許される.それゆえ,唯識派のように「アーラヤ識」 理論を立てなくても,業の消滅状態を原因として業の果がもたらされる という独自の説によって「因果応報」の原理を正当化することが可能と なる.

 なお,次のような別解釈もある.それは「過去に積まれた業は実は消 滅していないので,その消滅していない業が果をもたらす」という解釈 である.ツォンカパ以後に彼を批判したサキャ派のタクツァンロツァー ワやコラムパは明らかにこのような解釈を採用している.しかし,ツォ ンカパにとって,過去に積まれた業が消滅することなく存在し続けると いう見解は受け入れられないものであった.彼は「因果応報」に関する チャンドラキールティの見解が「刹那滅」の原則に抵触せず,しかも, 唯識派等には見られない何らかの独自のものであるはずだと考えた.そ して,この前提に立った上で彼は「業の消滅状態は効果的事物である」 という未曾有の解釈を取るに至ったのである.

2.質疑応答

[問]消滅状態とは何か?

[答]例えば「壺」を例に説明すれば,「壺の消滅状態」とはかつて存 在していた壺が存在しなくなったという事態のことを指す.それは「壺 の過去」であるとも言われる.壺をハンマーで破壊した時に発生する壺 の欠片が「壺の過去」であると見なす見解もあるが,ゲルク派の学者達 はそのような考え方を取らず,かつての壺の不在のことを「壺の過去」 と呼んでいる.ツォンカパが理解する中観帰謬派の見解によれば「壺の 消滅状態」は効果的事物である.ダルマの体系の観点から言えば,それ は有為の四相の「滅」の一種であるとツォンカパは述べている.

[問]なぜ消滅「状態」が効果的「事物」と言えるのか?

[答]例えば「食料がなくなったことによって子供が死んだ」といった 言明は,食料消滅という事実が子供の死という事実を生み出したという ことを意味するとツォンカパは言う.この世界において因果関係を結ぶ ことができるのは「もの」である.つまり,彼は「こと (Tatsache)」も実は「もの(Ding)」であると捉えなけ ればならないケースが存在すると指摘しているのである.

[問]業の消滅状態はどこに存在するのか?

[答]ツォンカパは二つの解釈を立てて説明する.第一は有情の心相続 の上に「業の消滅状態」が存在するという解釈であり,第二はプドガラ (それは有情の心相続を指して命名された限りの存在である)において それが存在するという解釈である.

[問]「業の消滅状態」は業の果を生み出した後どうなるのか?

[答]ある有情が業を積むと,直ちにその業は消滅し「業の消滅状態」 と呼ばれる事物が発生する.ツォンカパの理解する帰謬派説では「業の 消滅状態」も刹那的存在であるので,それが生起した次の刹那には消滅 し「業の消滅状態の消滅状態」が発生する(このようにして「消滅状 態」の連鎖が無限に起こるというツォンカパの見解は,後にサキャ派の コラムパによって批判されている).そして,種の相続が芽を生み出す まで存続するのと同様に,「業の消滅状態」の相続もまた業の果をもた らすまでの間存続することとなる.

[問]もしツォンカパの解釈を取らないならば,当該の偈をどのように 理解出来るか?

[答]例えばコラムパの解釈では,過去に積まれた業は果をもたらすま での間「存在するのでもなければ存在しないのでもない」と説明され る.コラムパによれば,存在・非存在という二項対立を超越した見解こ そが中観の見解である.



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