広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第19回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年11月19日(月9・10時限,B253)
発表者:稲葉泰士(哲学,D2)
発表題目:『純粋理性批判』における超越論的自由と実践的自由とについて
配付資料:A3原稿2枚(両面)
プロトコル:高橋淳友(西洋哲学,D3)


1.発表要旨

 発表者は,カントの道徳哲学の中心概念である「自由の概念」が,「相互に矛盾しているように見える場合さえある」ほど,意味が多様なものであることを指摘する.しかし,発表者はまた,そのような「自由の概念に含まれる多様な意味の相違と連関を明らかにすることで」,実際,「カントにおける自由の諸概念が矛盾しているか否かを判別することもできる」はずとした上で,『純粋理性批判』における「超越論的自由」と「実践的自由」について考察したものが今回の発表であると述べる.「超越論的自由」とは,発表者によると,「現象の原因であり得るという点においてある一つの原因性であり,他の原因によって規定されることなく現象を開始する点において絶対的自発性であると言われる」ものだという.しかし,カントはこのような「超越論的自由」を,「人間の行為において考え始める」という指摘を発表者は行った上で,「人間という主体に」,「超越論的自由」のような「絶対的自発性を認めることは矛盾しないのであろうか」,「自然的必然性と自由とは矛盾しないのであろうか」と自問する.
 この問いに対する答えは,今回の発表にあっては,カントの場合,「人間の行為における原因の絶対的自発性の自由」が,「実践的自由として論じられる」という点,そして,この「実践的自由」の「前提」として次のような「能力」を人間に措定するカントの思想に存するように思われる.その「能力」とはすなわち,「現象の内に原因を持ちながら強制されることなく,またそれに逆らうことができるほど,現象内の原因から独立に現象の系列を自ら始める能力」である.このような意味での「現象の系列を自ら始める能力」を前提とすることで,「この世界の起源の理解のために要求された」ものであった「超越論的自由」に基づく「実践的自由」が認められることになる.そして発表者によると,「こうして超越論的自由に基づく実践的自由を認めた上で,カントは,改めて自由と自然的必然性が如何にして両立し得るかという問題を考察している」のだと言う.
 発表者によると,カントは「この問題の解決をするために」,「叡智的性格」と「経験的性格」の「区別」−発表者によると「この区別は現象界と叡智界(物自体の世界)との区別に基づいている」とされる−を行うという.そして「人間の行為」は,このうち「叡智的性格を原因とする限りにおいて,一切の自然必然性から独立で自由に為される」のだとされる.しかしこのように「叡智的性格」と「経験的性格」の「区別」によって,「自然的必然性」と「自由」関係を論じつつも,カントはまた,「理性の問題」から,「実践」,「当為」を問題にして,「理性の自律としての自由を考察し始める」ことを発表者は指摘する.そしてこのカントの考察によって要求されることになるのは,「理性が当為を通して,行為が事物の秩序に従うことなく,理性の自発性に基づく独自の秩序にしたがって為されること」である.その結果,「行為の叡智的性格の経験的性格に対する優越」ということになるとされる.ここで発表者は,この場合「優越」という形をとることになってしまう,「叡智的性格」と「経験的性格」との「止揚」の可能性を吟味するため,「実践的自由においてその叡智的原因は経験可能であるか」と問う.発表者によると,実際カントは「実践的自由は経験によって証明できる」と述べており,しかもこの時に述べられている「経験」とは,「理論的経験」ではなく,「純粋理性の実践法則,つまり道徳法則に従うことの経験」を意味しているのだとされる.すなわち,ここで言う「経験」は,「純粋理性の実践法則,つまり道徳法則に従うことの経験」という特殊な意味における経験であるため,「実践的自由と自然必然性との矛盾」は「回避」されることになる.それ故,この意味での「経験」において,「実践的自由においてその叡智的原因」は「経験」可能であることになり,「叡智的性格」の「経験的性格」に対する「優越」の「止揚」が可能となるのだと考えられる.



2.質疑応答

[問] 行為の叡智的原因と物自体の関係について.

[答] 「叡智的」とは,現象として目の前にある訳ではないが,現象の原因であるような性質である.カントは「それ自身現象ではない原因」,つまり「物自体」である「現象の原因」を「叡智的原因」と呼んだ.つまり「叡智的原因」とは,「行為」の内に見える「経験」という形で起こるのではなく,「こうしよう」と考えた意志のうちにある原因である. 

[問] 「理論的経験」とは何か. 

[答] センス・データのような,単なる感覚的レベルの物ではなく,「現象」における経験を可能にする,又は経験を介した認識のこと.

[問] 「実践的自由」における「絶対的自発性」の意味について.

[答] 「行為」という「現象の系列」を自ら始めるということ.

以上の質疑応答の他,発表者によるカントからの引用に認められる語句の意味,訳についての質問があった.例えば,"Ideen" ,"Bedingung" ,"arbitrium" といったものである.他に,下記の語の意味について説明が求められた.

a priori(ア・プリオリ,先天的)
transzendental(超越論的,先験的)
transzendent(超越的,超絶的)

以上.



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