広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2004年度 第21回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2004年11月29日(月9・10時限,B253)
発表者:田中聡美(西洋哲学,B4)
発表題目:プラトン『ソピステス』(244b6-245b11)における一元論への批判・「一つの全体」と「一それ自体」の概念について
配付資料:B5原稿8面(冊子)
プロトコル:田中聡美(西洋哲学,B4)


1.発表要旨

 卒業論文序論で言及する,プラトン『ソピステス』における一元論への批判を名前についての批判と,全体と部分の概念についての批判を通して考察する.全体と部分の概念についての批判を中心に取り上げ,あるもの(実在)は部分からなる全体であるものとして考えられる必然性と,『ソピステス』中心問題の発端である,根源的な「ある」の想定の必要性との関連に注目する.


2.質疑応答

[問] 名前と事物についての批判がよくわからないが,名前と事物を分けて考えれば良いのか.

[答] はい.

[問] 「虚像」や「影像」が言葉で説明できないとはどういうことか.

[答] 「ない」については語れないというのが前提としてここでは立てられている.本当に「ある」と存在の「ある」を区別しない状態では,虚像などは本当に「ある」のではないが,存在はしている,ということになり,それについて語る際に,「ない」を含まざるをえない.前提より,「ない」については語れないので,ここでは,虚像などについて語れないということになる.

[問] 「ない」は「ある」に適応させてはいけない,とはどういうことか.

[答] ここでは,対話を通じて「ない」という表現自体が持つ困難が明らかになっていく部分であり,「ある」と「ない」の関連を否定したい説明であったのだが,対話の中で出てきた「適応」という言葉をそのまままとめたのは少し突飛なやり方だったと思う.

[問] 解釈が分かれているという箇所について.1.ひとつもないものを語る, 2.全然何も語らない,との解釈があるということだが,発表者はどちらで解釈しているか.

[答] 2.全然何も語らない,です.

[問] 「知られる」ことが変化を受けるとはどういうことか.そうとは限らないのではないのか.

[答] 「変化」の概念について現在まとめています.「知らなかったことを知るようになった」という,知ること自体の「歴史」が実在に付加していくのではないか,それは,ある人がある時に実在(イデア)を知ったことによって,既にその時その実在(イデア)について知っていた別の人の中に捉えられているイデアが変化するのではないか,という解釈もあると思っています.この説を否定しているのが本文中にあげた,Bluck,Keyt,Owen,Moravcsikです.実在が知られることは,その本質に影響しません.(補足:しかし,この解釈をプラトン的イデア論の考察を通して私は否定し,先生のおっしゃった,作用と動の結びつきを否定することがこのパラドクスの意図であると思っています).

以上.



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