広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2010年度(後期) 第23回a
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2010年12月17日(金9・10時限,B201)
発表者:高橋祥吾(哲学,D3)
発表題目:(アリストテレス)『トピカ』における付帯性の定義の種類について
配付資料:A4原稿6枚(両面,12頁)
プロトコル:赤井清晃(哲学)

1.発表要旨

アリストテレスは,『トピカ』のなかで,付帯性に対して定義を与えているが,アリストテレスが付帯性に与えた定義は二つあり,しかもその二つは同値ではない.そこで,アリストテレスが提示した二つの定義の外延の差が生じている原因を考察する必要がある.さらに,アリストテレスが挙げているトポス(論拠)の提示の中に見出される付帯性は,二つの定義とは別の,三つめの定義と呼べるものに基づいているように思われる.アリストテレスは付帯性と共に,類,定義,固有性を挙げ,これら四つを「述語づけられるもの」として考察の対象としている.アリストテレスの付帯性の定義の一つは,「類でも,定義でも,固有性でもないが,事物に属する」という否定的定義S1であり,もう一つは「同一の事物に属することも,属さないこともあり得る」という肯定的定義S2である.このとき,論理的には,S1の方がS2よりも外延が広くなってしまう.というのは,S1がフォローする付帯性は,他の事物にも属すが,当の事物には属したり属さなかったりすることがあるものも含み,S2は含むことができないからである.S1が含み,S2が含まないものは,アレクサンドロスによって「不可分離的付帯性」と呼ばれる.このS1とS2をアリストテレスは,同等のものと見なしているように思われるが,S1とS2を同値と見なすことは,困難である. その一方で,『トピカ』の多くの巻でS1ともS2とも異なる定義が見出される.それは「事物に属する」S3という定義である.この定義S3は,『トピカ』の多くの箇所で,用いられていると見なされる定義で,実質的にアリストテレスが想定していた定義であると解釈される.しかし,問答法との関係で考えるならば,S3と見なされる解釈は,実はS1を想定していて,暗にS1に含まれる「類でも,定義でも,固有性でもない」という条件を前提しているように思われる.その点でアリストテレスは,通常S1を想定して付帯性を考察していたのではないかと思われる.他方で,S2の意義としては,類と付帯性を区別するための一条件としては有効に機能する.その点でS2は有効な規定ではあるが,付帯性全体の定義としては不完全であると理解せざるをえないと思われるのである.


2.質疑応答

[問] 付帯性の二つの定義が同値でない,というのはどういう意味か?そもそも,同値でなければ,少なくとも一方は,付帯性の定義でありえないのではないか?

[答] 同値でないというのは,一方の外延が広い(大きい)という意味だが,問題は,そのことよりも,外延が広い定義のほうがある点では優れているとされるはずなのに,アリストテレスはそうしていないのは何故か,ということである.

[問] 『トピカ』の主題は何か?

[答] 問答法である.その問答法で用いられる命題は,4つの「述語付けられるもの」(定義,類,固有性,付帯性)で構成される.

[問] 註3で,「本質を示す」ことは,「外延が等しい」こと,というのはどういうことか?

[答] 例えば,「動物」が指す対象が「動物」の外延であるが,その外延が等しいのに,本質を示すものと示さないものがある,ということを問題としている.

[問] 言及されている文献は,日本語ではなくて,ヨーロッパの言語ばかりのようだが,何語の文献が扱われているのか?

[答] アリストテレスとアレクサンドロスはギリシア語で,エーベルトはドイツ語,ブランシュヴィックはフランス語,その他は英語である.先行研究に日本語のものがないのでこういうことになっている.

[問] 付帯性の肯定的定義 S1 および 否定的定義 S2 と,S3 は,まったく別のものなのか?

[答] 別である.S3 は,4つの「述語付けられるもの」のうち,付帯性を特定するものとしては使えない,という点で,S1 および S2 とは異なる.

[問] p.10で,S2 は,類から付帯性を区別する,と言っているが,S2 だけでは,類と付帯性を区別できないと思うが,ここでの区別の意味は?

[答] p.6, ll.164-171の例で, 「白い(もの)」が「雪」の類として与えられているけれども,実際は,「白い(もの)」は,類ではなくて,付帯性だという場合のことを考えている.つまり,問答において,相手は,区別できないで,付帯性を類であると,言ってしまっている場合のことである.

[問] 外延について述べる際,「本質」という言葉を使っているが,この場合の「本質」の意味は?

[答] 例えば,「人間」の定義は,「陸棲の二足歩行の動物」(種差+類)と言われるのであるが,これが,この場合の「本質」である.

[問] 「ソクラテスは白い」の「白い」は,付帯性だと言うが,「白人」としてのソクラテスにとっては,「白い」ことは,付帯性でなくて,むしろ,本質なのではないのか?

[答] 「人間」としてのソクラテスにとっては,やはり「白い」ことは付帯性であるが,ソクラテスといっても,それが「何であるか」という観点による,ということになる.

[問] ソクラテスとプラトン,そして,プラトンとアリストテレスの間には,それぞれ,師弟関係があっって,ソクラテスとプラトンには,例えば,徳についての考え方など,共通点があると思うが,プラトンとアリストテレスの間には,何か,共通点はあるのか?

[答] 例えば,アリストテレスは,プラトンのイデア(eidos)を批判して,(内在)形相(eidos)を主張した,ということになっているが,両者とも eidos という言葉を使っているなど,共通する点もある.しかし,研究者によって,見方は異なる.

[問] 個物に属するものとして,4つ(の「述語付けられるもの」)が考えられないのか?

[答] 事物には,その4つが属するが,個物には,付帯性のみが属する.

[問] 事物の属性を,4つに分けることは,問答法において,どういう問題があるのか?

[答] 問答法では,事物の定義が問われるので,その定義の求め方が問題になる.そこで,事物の属性の分け方が取り上げられることになる.

[問]p.2, l.63以降の「述語となっているが,・・・」の意味は?

[答] 「眠っている・人」の例で考えている.その人が「眠っている」以外の状態になる(覚醒する,とか死ぬとかでもよい)ように,事態が変化することによって,述語付けを変える可能性はあるけれども,事態が変わらなければ,成り立つ,ということである.

[問] 「同一のものに属したり属さなかったりする」というS2 と,S3の関係について,p.2, ll.47-62で,強調すべき点として言われているのは,付帯性と言われるためには,それは対象に属さなければならない,ということで,S2 は,属している限りで,付帯性と言える,ということになると思うが,S2 は,S3 との関係では,属するという点では,限りなく,S3 に近づくのではないか?

[答] p.8, ll.225-237(Top. H. 5. 155a28-36)の引用の中で,「これこれの仕方で」属する,と言われるとき,この「これこれの仕方」を「属さないこともあり得るという仕方」と解釈する人々もいて,この解釈が可能ならば,S2 と S3 の違いを主張できるが,アリストテレスのテクストではそれが明らかではない,という問題がある.

[問] 「述語付けられるもの」とは何か?

[答] 「述語となるもの」という意味である.

[問] 付帯性をすべて含むという点で,論理的に優れている S1 を S2 より評価するアレクサンドロスに賛同したいのだが,アリストテレスは,何故,S2 を推すのか?

[答] 確かに,論理的には,S1 を採るべきだと思われるけれども,アリストテレスがそうしないで,S2を採っているからには,アリストテレスにとっては,S2 は,S1 と論理的に同等であるのでないか,言い換えれば,アリストテレスを擁護するには,どうすればいよいか,ということがこの研究の課題である.



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