広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2005年度 第25回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2006年01月13日(金9・10時限,B153)
発表者:杉本桂子(インド哲学,B3)
発表題目:ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ派の解脱観について
配付資料:A3用紙2枚と4用紙1枚
プロトコル:片山由美(インド哲学,M1)


1. 発表要旨

ニヤーヤ学派における正統の掉尾を飾るウダヤナの『ニヤーヤ・スートラ』1.1.6 に対する副注『パリシュッディ』では,「古ニヤーヤ学徒」と「新ニヤーヤ学徒」の 見解が対照的に言及されている.『ニヤーヤ・スートラ』1.1.6は,ニヤーヤ学派の 認める四つの正しい認識手段の一つである「比定」を定義するものである.

卒業論文では,プラバーチャンドラの『プラメーヤカマラマールタンダ』の解脱を 論じた箇所を研究する予定である.『プラメーヤカマラマールタンダ』はアカランカ の『ニヤーヤヴィニシュチャヤ』に基づく,マーニキヤ・ナンディンの論理学書『パ リークシャームカスートラ』の注釈書である.その内容は諸学派の見解を徹底的に批 判し,ジャイナ教の見解の正当性を立証するというものである.また,『プラメーヤ カマラマールタンダ』とともに,同じ著者によるアカランカの『ラギーヤストラヤ』 の注釈書である『ニヤーヤクンダチャンドラ』も使用する.

本発表では,今迄に読み終えた箇所を主に『パダールタダルマサングラハ』の記述 と照らし合わせ,ニヤーヤ・ヴァイシェーシカ学派の解脱観について理解を深めるこ とを目的とする.

考察の結果,ヴァイシェーシカ学派の解脱観をまとめると以下のようになる.まず, 解脱に至る動機は苦を滅することである.輪廻の段階で経験されることにはすべて苦 が関与しているのである.そこから逃れるにはすべてを止滅させるしかない.輪廻つ まり苦をもたらす原因は誤った知などから生じた欲求と嫌悪による行為,そしてその 行為のあり方に従って生じたダルマとアダルマ(不可見力)である.これによってアートマンと身体が結合しダルマとアダルマが無くなれば身体と分離する.理想の状態は アートマンが身体とも種々の属性とも離れ,独り存在することである.ゆえにヴァイ シェーシカ派における解脱は止滅を特徴とするのである.アートマンに束縛をもたら す根本原因が誤った知にあるとし,真理の認識の獲得によってそれを滅することが解 脱の手段であるとする.身体との結合をもたらす直接の原因であるダルマとアダルマ については,2種が考えられる.作用をもたらしていない業については真理の認識が 段階的に滅することができるが,作用をもたらしはじめた業については享受にもとづ かなければ滅することができない.ただしその場合享受のための新たな業の蓄積は真 理の認識によって防ぐことができる.よって2種の業の滅に対して真理の認識は有効 である.



2.質疑応答

[問]アートマンと霊魂は同一か否か.

[答]アートマンとは,ヴァイシェーシカ学派にとって属性なので,生命の根源とし て霊魂をとらえるならば,相違する.

[問]ジャイナ教とヴァイシェーシカ学派の解脱の見解の相違点は.

[答]解脱後のアートマンに性質が備わっているか否かで,ジャイナ教では業を滅し た後にアートマンの本来の性質を認める.一方ヴァイシェーシカ学派は,アートマン は解脱後に何の属性も持たないところにある.

[問]愚痴の業や障碍の業に対応するのは,力,楽であるのか.

[答]検討し直す.

[提案] 123行目の喩例は,「身体を形成した業のように」と訂正すべきである.



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