広島大学大学院文学研究科
比較論理学プロジェクト研究センター
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哲学・インド哲学「論文ゼミ」の記録


2008年度(後期) 第28回
哲学・インド哲学 論文ゼミ
発表日:2009年01月30日(金9・10時限,B253)
発表者:川尻洋平(インド哲学)
発表題目:ヴァーマナダッタについて
配付資料:A4用紙3枚(両面)
プロトコル:杉本桂子(インド哲学,M2)

1. 発表要旨

 カシュミールがムスリムの支配下に入る1320年以前,カシュミールには様々な宗教が共存していたが11世紀初頭のカシュミールのシヴァ教において,最も主要な宗派はスヴァッチャンダバイラヴァとその妃アゴーレーシュヴァリーを崇拝する一派であった.この両翼に二元論の伝統に属するシャイヴァシッダーンタと一元論の伝統に属するトリカやクラマが位置していた.

 またシヴァ教の伝統だけでなく有部や唯識の仏教の伝統も健在であり,さらにニヤーヤの学匠の活躍,ヴェーダーンタの思想や美学,パーニニ文法学の伝統もこの地に息づいていた.また,ヴィシュヌ教も健在であった.

 本発表は当時カシュミールで活躍した学匠のうち,研究者の間で様々に論じられている学匠,ヴァーマナダッタを取り上げ,シヴァ教研究における課題の一つを提示するものである

 ヴァーマナダッタという名前に帰せられる作品として以下の三つを挙げることができる.

1. Samvitprakasa
2. Svabodhodayamanjari
3. Dvayasampattivarttika

クラマ派のヴァーマナとヴァーマナダッタを同一人物とみなすか否か,またヴィシュヌ派の文脈で書かれた1とシヴァ教の文脈で書かれた2と3の著者を同一人物とみなすか否かについて研究者の間で意見の相違がある.

 Rastogi[1979: 176-183]は2と3の著者を別人であると考えている可能性が高く,また1 の著作はヴィシュヌ教徒であると述べており,Rastogiに従えば,当時三人のヴァーマナダッタと呼ばれる学匠が存在していたことになる.

 Torella[1994]は同時代にヴィシュヌ教徒とシヴァ教徒のヴァーマナダッタが存在していた可能性を考慮しつつ,以上の三作品の著者を同一人物であるとみなしており,またその人物とクラマ派の学匠であるヴァーマナダッタとは別人であるとみなしている.

 Sandersonは三つの著作のうち1をヴィシュヌ教徒のヴァーマナダッタによって書かれたものとし,2と3をシヴァ教徒のヴァーマナダッタによって書かれたものとみなしている.そして2と3の著者はクラマ派の学匠ヴァーマナに他ならないということを裏付けている.


2. 質疑応答

[問]カシュミールにおいてムスリムに対するヒンドゥーの接し方はどのようであったか.連帯などが行われたか.

[答] ヒンドゥーの各宗教がまとまってムスリムに対して反発することはなかった.大部分のバラモンがムスリムに改宗した.

[問]二元論の伝統に属するシャイヴァシッダーンタと一元論の伝統に位置するトリカやクラマの違いは何か.

[答]二元論とは個我と神の別異性を主張するもので,一元論とは個我のみであることを主張するものである.シャイヴァシッダーンタは儀礼のみによって解脱が得られるとし,トリカやクラマはそれを否定し知識によって解脱が得られるとする.

[問]ヴィシュヌ教とシヴァ教はどのような関係にあるのか.

[答]最高の神をヴィシュヌとするか,シヴァとするかの違いがある.シヴァ教の立場からすればヴィシュヌはシヴァに従属する神であるとみなされる.さらにヴィシュヌを自らの体系の中に取り込み,シヴァ教の優越を説く.

[問]ヴァーマナダッタの年代はどのようにして推定されるのか.

[答]クラマ派の学匠であるヴァーマナの年代 1025-1075はクラマスートラ(950頃)の100年後として設定される.SvabodhodayamanjariとDvayasampattivarttikaの著者であるヴァーマナダッタの年代についてはアビナヴァグプタ(975-1025)の年代が軸となる.



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