活動状況

2020年度 HINDAS 第3回 研究集会 報告

【日時】2020年9月11日(金)13:30〜16:20

【場所】オンライン開催(zoom)

【報告】

南埜 猛(兵庫教育大)・澤 宗則(神戸大) :

「日本語学校によるトランスナショナルな領域化ーネパールからの留学を斡旋するネットワークの視点から」 

 

南埜・澤(2017)では,日本におけるネパール人移民の動向にかかわって、日本国内の日本語学校との関係に注目した検討をおこなった。本報告では,その後の各種統計データをもとに,近年の動向とその要因の分析を行なった。また送出国であるネパールの状況について,とくに日本語学校に焦点をあて,カトマンズ市とチトワン郡の郡庁所在地であるバラトプル市において実施した現地調査から得られた知見を報告した。

本発表は中間報告であり、現状では以下の点が明らかになった。1)2010年代後半においてもネパールからの移民は増加している。在留資格の分析から,コックや料理人などの「技能」と日本語学校への進学を目的とする「留学」が多いことがネパール人移民の特徴としてあげられる,2)ネパールにおける日本語学校を含む語学学校の分布は、カトマンズ郡とその周辺を含むカトマンズ都市圏に集中している。その他はポカラのあるカスキ郡を除いて、すべてタライ地域に立地し、タライ地域においては特にチトワン郡に多くの語学学校が立地している。語学学校が立地する郡内においても、交通アクセスのよいバスターミナル周辺や主要道路沿い、大学のキャンパス周辺に立地していることが共通点としてあげられる,3)バラトプル市での日本語学校3校での聞き取り調査より、日本語授業が無料であることと諸経費の支払いはビザ取得後であることの2点が経営上の特色として指摘される。また学生募集にあたっては,ビザ取得の成功率が鍵となっている。これらのことから,ネパールの日本語学校は,語学学校というよりはビザ取得のコンサルタント業務を中心とする経営であるといえる,4)バラトプル市の日本語学校から日本の日本語学校に進学し、日本での留学経験を経て、バラトプル市で新たな日本語学校の設立や教員としての就職,また日本滞在中の収入の大部分が留学時の借金の返済として出身地に送金されるなど、国境を挟んだトランスナショナルな領域での人・モノ・情報の動きが活発化している。

 

 

澤 宗則(神戸大)・南埜 猛(兵庫教育大):

「インド料理店によるトランスナショナルな領域化ーネパール人のエスニック戦略を中心に」

 

日本における近年のネパール人の急増は、日本語学校・専門学校における留学生とインド料理店の経営者と料理人、および料理店関係者の妻子の増加によるものである。本発表では、日本におけるインド(ネパール)料理店の増加、ネパール人経営者・料理人とその家族の増加のプロセスを、「トランスナショナルな領域化」と「エスニック戦略」を手がかりに分析した。料理店関係者のエスニックな戦略として、以下の特徴がある。1)郊外の駅前商店街・バイパス・ショッピングモールなどに居抜きで出店(出店料を抑える)するとともに、ランチは1000円未満のセット(ナン食べ放題など)を看板メニューとする定食屋として、夜はアルコール充実(食べ・飲み放題など)の居酒屋としての戦略を立てている。しかし客単価が低い上、客数が少なくそもそも料理店の売り上げだけでは成立しにくい。料理人は月収手取りで10万円程度にすぎない。収入補填のため経営者や料理人は、妻(子)を家族滞在ビザ(週28時間就労可能)で呼び寄せているのが通常である。食品工場(弁当・おにぎり)やホテルのベッドメーキングで月20万となる場合もあり、主たる収入源となっている。2)経営者はインド料理の料理人として兄弟、親戚、同郷者を次々に呼び寄せ、チェーン店化を進めている。チェーン店化が進むほどチェーンマイグレーションも進行する。このような「エスニックな戦略」の結果、日本のネパール人料理人はバグルン出身者が圧倒的に多く、バグルンという特定の地域と日本のインド(ネパール)料理店で、トランスナショナルな領域が新たに形成されている。この領域において連鎖人口移動、実家・出身地への送金、出資、日本のインド(ネパール)料理店関係者の子ども向けの私立学校の新設がなされているのである。

 

 

     

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