[平野敏彦HP: 2003/07/14]

雑学「いろは」

アイウエオ(五十音)

◆現在,物事の順序,たとえば辞書の語の配列を,仮名(カタカナまたはひらがな)で表す場合,アイウエオ順(五十音順)を用いることが一般的である。

◆アイウエオは,日本語の清音を,ア行〜ワ行の10行とア段〜オ段の5段の表にまとめた「五十音図」の最初の行の5文字である。(五十音図は動詞系の活用の説明に便利で,たとえば「行く」はカ行5段活用となる。)
もっとも,五十音図では,「イ」と「エ」がア行とヤ行に,「ウ」がア行とワ行に重出するし,ワ行の「ヰ・ゐ」「ヱ・ゑ」「ヲ・を」は現代ではア行のイ・エ・オと同音で発音するので,現代仮名遣いの表記では「ヰ・ゐ」「ヱ・ゑ」を用いず,「ヲ・を」は助詞の場合だけ用いることとされている。
五十音図
←行

wa

ra

ya

ma

ha

na

ta

sa

ka

a



 

ri
 
(イ)
 
 

mi
 

hi
 

ni
 

ti
chi

si
shi

ki
 

i
 
(ウ)


ru
 

yu
 

mu
 

hu
fu

nu
 

tu
tsu

su
 

ku
 

u
 


re
(エ)
me

he

ne

te

se

ke

e

o

ro

yo

mo

ho

no

to

so

ko

o

  • また,日本語をアルファベットを用いて表記するローマ字表記の方式として,小学校で教えられている「訓令式」の場合は,行を「-・k・s・t・n・h・m・y・r・w」,段を「a・i・u・e・o」として,その組み合わせで五十音を表すことにしている。
    しかし,パスポートの表記などに用いられるヘボン式 (アメリカ人宣教師J. C. Hepburn(ヘプバーン=ヘボン)が『和英語林集成(A Japanese and English Dictionary with an English and Japanese Index)』(1867年)の中で使用した英語の発音に基いて日本語をアルファベット表記する方式であるが,現在ヘボン式つづりとされているものは,漢字・かなを廃止し,ローマ字を国字とすることを目的として設立された「羅馬字會」が「ローマ字にて日本語の書き方」(1885年)で提唱し,ヘボンの『和英語林集成』第3版で採用された方式である。その表記の方針は,子音を英語より採り,母音をイタリア語(ドイツ語またはラテン語)から採るいうものであった。) によると,いくつかの変則的なアルファベットの組み合わせが混じることになる。(し:si→shi,ち:ti→chi,つ:tu→tsu,ふ:hu→fuなど。)
    最近では,コンピュータのローマ字漢字変換を用いるためのローマ字入力の方式が,ローマ字表記の標準だという誤解が広がっていることもあり,混乱が生じている。

◆日本語の音節には,清音のほかに,濁音(ガ・ザ・ダ・バ…),半濁音(パ…),拗音(キャ・キュ・キュ…),促音(ッ),撥音(ン)がある。法律条文の表記法として,第2次世界大戦前は,片仮名書きで,濁音・半濁音の「゛(濁点)」と「゜(半濁点)」を表記せず,拗音・促音の「ャ・ュ・ュ・ッ」を小書きせずに大書きで表記していたことは,現行の民法・商法の条文からも知ることができる。戦後は平仮名書き(文体も口語体)に改められたが,拗音・促音の大書きは依然として維持され,小書きが実施したのは昭和64年1月1日以降に公布された法令からである。

イロハ

◆明治時代以降,辞書などの配列は五十音順が主流になってきたが,それ以前は圧倒的にイロハ順の配列であった。たとえば,『色葉字類抄(いろはじるいしょう)』という平安時代の国語辞書(橘忠兼撰。1180年頃)などいわば専門書のほかに,江戸時代には「いろはカルタ」や「江戸の町火消しいろは四十八組」などを通して一般庶民にまで知られている。なによりも江戸時代の識字教育,つまり手習いの初歩として文字の「いろは」から始めることが通例であった。

◆「いろは歌」は,平安時代末期に流行した,七五を四回繰り返す「今様(いまよう)」という歌謡形式を守り,さらに仮名一字を一回ずつ使うという制約のもとで作られている。

◆仮名47文字を一回ずつ使うという制約の下で,意味のある内容を歌い込むのは,至難のわざである。「いろは歌」に先行する有名なものとして「あめつち歌」や「たゐに歌」があるが,「いろは歌」はそれらに比べても出来映えが圧倒的に勝っている。
あめつち
(春) あめ つち ほし そら 天地星空
(夏) やま かは みね たに 山川峰谷
(秋) くも きり むろ こけ 雲霧室苔
(冬) ひと いぬ うへ すゑ 人犬上末
(思) ゆわ さる おふせよ 硫黄 猿 生ふせよ
(恋) えのえを なれゐて 榎の枝を 馴れ居て
たゐに歌
たゐにいて なつむわれをそ 田居に出で 菜摘む我をぞ
きみめすと あさりおひゆく 君召すと 漁り追ひゆく
やましろの うちゑへるこら 山城の うち酔へる子ら
もはほせよえ ふねかけぬ 藻葉干せよえ 舟繋けぬ


◆「いろは歌」を記した現存最古の文書は,1079年に書写された仏教書『金光明最勝王経音義』(こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)承暦三年本である。この巻頭に万葉仮名(後掲)で,一行7文字で書かれている。(実は同じ本に五十音図も記されており,現行の五十音図についても『金光明最勝王経音義』は,最古の出典なのである。ただし,古い形の五十音図はそれから百年近く前の『孔雀経音義』にすでに記されているということである。)

◆「いろは歌」は,五十音図のヤ行のイとエ,ワ行のウを除いた47文字を一回ずつ使って作られており,48文字に1文字足りないので,七五調で区切ると,第2句前段が6文字の字足らずになる。また,当時の仮名遣いにしたがって清濁の区別をしていないが,濁音になるのが5文字()ある。これに漢字を当てはめると,下図の部分のように,当時流行していた無常感に彩られている仏教色が非常に強い内容を表していることが明らかになる。

◆この内容は大般涅槃経の聖行品「雪山偈(せっさんげ。せっさんとはヒマラヤのこと)」(「無常偈」とも言われる。下図のの部分)の内容を表しているという。
「偈(げ)」とは詩のことであり,古来インド人は詩を好む民族であるが,仏典においても,詩句でもって思想・感情を表現したものがすこぶる多い。これが漢語では,三言四言あるいは五言などの四句よりなる詩句で訳出されたのである。
  • 「偈」は「讃(さん)」と漢訳されることもある。平安時代から江戸時代にかけて,仏・菩薩,教法,先徳などを和語で讃嘆した歌を「和讃(わさん)」と呼んだ。特に,浄土真宗の開祖親鸞は,七五調風に句を重ね,四句一章(形式として今様と同じ)の和讃を数多く作ったことで有名である。
◆「いろは歌」は,このような仏教の真理を表す高度な内容を読み込んだものであるが,作者についてのてがかりはまったく残っていない。現在では国語学的な理由から否定されているが,昔から「弘法大師空海」作者説が広く流布していた。

万物は常に生成・変化・消滅しており,
一時もとどまってはいない
色は匂へど 散りぬるを
諸行無常 ショギョウ ムジョウ
生あるものは必ず滅びる
我が世誰ぞ 常ならむ
是生滅法 ゼショウ メツホウ
生まれ死ぬという無常の現世を超越して,
悟りの境地に至り
有為の奥山 今日越えて
生滅滅已  ショウメツ メツイ
煩悩に満ちた現世を脱し,
生死の苦から解き放たれたとき,
真の楽しみの境地が開かれる
浅き夢見じ 酔ひもせず
寂滅為楽 ジャクメツ イラク