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                                            広島芸術学会会報 第123号

 

 

広島芸術学会第27回総会・大会 案内

 

日時:2013713日(土)950分~1630

場所:広島県立美術館 地下1階講堂(広島市中区上幟町2-22

 

総会                                      950分~1020

 

大会                                     1030分~1630

 ◆ 研究発表

  ①「裂開-亀裂-逃走としての芸術作品―ハイデッガー-アドルノ-ドゥルーズ=ガタリにおける

思考しえないものの生成力」                                                                   1030分~1120

    上野 仁(広島大学総合科学部特任講師

  ②「その道は、長いというより広い ——1930年代後半のコーク・ストリートにみる

イギリスにおけるシュルレアリスム受容の一側面——                         1130分~1220

    石井祐子(日本学術振興会特別研究員/広島大学)

 

― 昼休憩 ―                             1220分~1320

 

  ③「それを書くというべきか、描くというべきか——加藤信清の究極の文字絵と生涯」                                    

    福田道宏(広島女学院大学国際教養学部准教授)                   1320分~1410

 

 ◆ シンポジウム                                          1420分~1630

テーマ:「芸術と教育を考える―芸術教育からアート教育へ―」

(1)基調報告  樋口 聡(広島大学大学院教育学研究科教授

(2)事例報告

  民間の造形教育機関「アトリエぱお造形教育研究所」の取組むArt Education

加藤宇章(造形作家/アトリエぱお代表 広島大学大学院教育学研究科)

 ②「音楽づくり」の現場の課題  寺内大輔(広島大学大学院教育学研究科講師)

 ③ 文芸とアート教育  竹村信治(日本古典研究、広島大学大学院教育学研究科教授

  (3)討論

  (4)総括

 

◆ 懇親会 

大会終了後、県立美術館すぐ近くの「ななしや・上八丁堀店」にて懇親会を予定しています。

大会研究発表要旨

裂開-亀裂-逃走としての芸術作品―ハイデッガー-アドルノ-ドゥルーズ=ガタリにおける

思考しえないものの生成力

                                              上野 仁(広島大学総合科学部特任講師)

 ハイデッガー、アドルノ、ドゥルーズ=ガタリ、それぞれ本源が違うにせよ、この3者(人数としては4人だが)の芸術論に、回流するいくつかのモチーフ(自然、大地、遊動など)を見いだすことは可能である。そしてそのモチーフは、それぞれの芸術論の根底へとつながっている。ハイデッガーは芸術作品を「世界と大地との闘争」とし、対概念をつらぬく存在の開きの生成の場を「裂開(Aufbruch)」と呼んだ。この対概念の裂け目は、アドルノにあっては大地の「亀裂(Bruch)」として、作品から生成する非同一なるものを呼び起こす力となる。そしてドゥルーズ=ガタリは、異なる領土、異質な環境への逃走(fuite)、大地から宇宙への領土化-脱領土化の生成のモデルを、音楽に見た。3者の芸術論いずれにも認められるのは、〈建築的〉概念の思考が不可能になったところからの〈感性的(?)〉思考の生成力であり、そしてさまざまな諸相を対立させたり接合させたり、変質させたりするその力を、芸術作品に求めているということである。本発表では、いくつかのモチーフを提示しつつ3者を旋回しながら、モチーフにつらぬかれている〈思考しえないもの〉の動的な生成力を、3者の芸術論をもとに明らかにしたい。

 

その道は、長いというより広い ——1930年代後半のコーク・ストリートにみるイギリスにおける

シュルレアリスム受容の一側面——

石井祐子(日本学術振興会特別研究員/広島大学)

 1930年代後半頃、第二次世界大戦勃発前夜のロンドンでは、コーク・ストリートという小さな街路に三つのモダンアート・ギャラリーが鼎立していた。ロンドン・ギャラリー、メイヤー・ギャラリー、グッゲンハイム・ジューヌと称するそれらの画廊は、ローランド・ペンローズ、E.L.T.メザンス、フレッド・メイヤー、ダグラス・クーパー、ペギー・グッゲンハイム、ハーバート・リードといった人物が関わっており、各々のかたちでイギリスにおけるシュルレアリスム受容に寄与した。

 イギリスのシュルレアリスムについて、これまで主に指摘されてきたのは、その短命さやイギリス的なロマン主義の「伝統」との融合(あるいは同一視)、集団性の欠如など、当時のイギリスの文化的・政治的状況と密接に絡み合い形成された独自の在り方であった。ミシェル・レミを中心として、それらの足跡は綿密に検証されてきたが、先に挙げた画廊同士の関係性や相互作用、それらと同地でのシュルレアリスム受容との関わり等については十分に検討されてこなかった。

 本発表では、コーク・ストリートを中心に形成されたイギリスのシュルレアリスムをめぐる磁場のマッピングを試み、「海辺のシュルレアリスム」(ポール・ナッシュ)ならぬ「街路のシュルレアリスム」について考察する。ペンローズが1938年に著したアート・ブックのタイトルを借りれば、「その道は、長いというより広い」。

 

それを書くというべきか、描くというべきか―加藤信清の究極の文字絵と生涯

福田道宏(広島女学院大学国際教養学部准教授)

文字絵というジャンルがある。文字で描く、つまり文字の集積によって象る絵であり、東アジアでは長く豊かな伝統を持つ絵画の一分野である。たとえば、中国・朝鮮半島・日本に遺品がある、経字を書き連ねて宝塔を象る宝塔曼陀羅の類もあれば、日本の芦手絵のようなものもある。そもそも、東アジアにおいて、書画とひとまとめにされるうち書のヒエラルヒーは高い。書は単独でも平面芸術となりうるが、絵とともに、ひとつの平面を共有し、その上で同居し、しばしば親密に関わり合いもすし、そうした例は枚挙に遑がない。

 本発表で採り上げる加藤信清(17341810)の名を聞いても耳慣れない方が多いに違いないが、彼こそはそうした伝統を持つ文字絵のなかでも、日本美術史上、また恐らくは世界の美術史上、もっとも極端な、究極の文字絵を制作した人物である。信清は江戸の生まれ、幕府御家人だったようだが、晩年20年間に作品が集中しており、前半生についてはほとんどわからない。そして、現存作品は1点を除き、すべて文字絵作品で、多くが仏画など宗教主題のものである。文字で絵が描かれる場合、文字がテクストやその一節であれば、そこには絵の内容と密接に関わる、読み取られるべき意味がある。また、テクストの文字には順番があり、それを解き解すことで、半ば神秘のベールに包まれた描き順も明らかにしうる。本発表では、未紹介作品を中心に、彼の作品と生涯をたどる。

 

大会シンポジウム:「芸術と教育を考える―芸術教育からアート教育へ―」

シンポジウム趣旨                                         樋口 聡(広島大学)

1990年代の後半、教育学における新しい「学び」論の台頭が見られた。学びを、個人の内面の認知的処理過程とする見方から、他者との社会的関係のもとでの自己変容過程と見る見方への変遷である。学校教育における芸術教育について見てみれば、美術や音楽の個別的な技能や知識の習得から、自らが美術や音楽を通して「表現者」になる学びへの転換が提唱されている。一方、芸術それ自体、さらには芸術についての哲学的研究としての美学においても、1990年代の後半以降、さまざまな変化が見られる。そこで持ち出されたのが、制度化された高級芸術に限定されがちの「芸術」概念を越えようとする「アート」の概念であった。近代以降の西洋の芸術概念から対象を拡張させようとする美学は、一つの方向として「感性学」へと向かった。こうした文化と学問の状況から立ち上がってきたのが「アート教育」である。これまでの「芸術」を基盤にしながらも、新たな教育実践の試みがすでに始まっている。従来の学校での「美術」や「音楽」の授業を越えた、自由な感覚での創造的・身体的な制作・鑑賞の実践である。本シンポジウムでは、こうした教育学や美学の議論の変遷をおさえ、学校教育の内外から「美術」「音楽」「文芸」の新たなアート教育実践の可能性と課題を展望したい。

 

 基調報告概要                                      樋口 聡(身心文化論、広島大学教育学研究科教授)

 

われわれが通常「芸術」というとき、それは、絵画・彫刻・建築・文芸・音楽・舞踊・映画などの総称である。それは、西洋近代に成立した概念であり、時代的にも(近代)、場所的にも(西洋)、ローカルなものであり、普遍的なものではないことが指摘されている。西洋近代の一般化した芸術概念を基盤にしながらも、テクネー、ミーメーシス、ポイエーシスといった行為の原理、美・表現・批評性といった契機、さらには東洋の「藝術」観念への着目などによって、芸術概念の拡張が起こっている。その拡張された芸術のひろがりを、「アート」と呼んでみることができる。その「アート」は、狭く「芸術」にとどまらず、「人が生きる技芸」である。一方、昨今の教育学の議論において、「学び」の拡張の重要性が指摘されている。「教育」においては個々人の「学び」の生成がなされなければならないのであり、そこで目指されるのは、広い意味での「表現者の育成」である。こうした教育の姿は、上記の生きる技芸としての「アート」と結び付く。そこに「芸術教育」ならぬ「アート教育」を構想することができる。本報告では、芸術教育からアート教育へ、という方向性の理論的概要を示すことを試みる。

 

事例報告① 民間の造形教育機関「アトリエぱお造形教育研究所」の取組むArt Education

加藤宇章(造形作家/アトリエぱお代表

広島大学教育学研究科・初等教育カリキュラム開発専修所属)

 私の主宰する「アトリエぱお」は、民間の造形教室である。同時に、ピアノ・陶芸・絵画の教室でも、美大受験予備校でもあり、講師派遣、出張授業も数多く行い、障害者美術の支援、造形活動を軸にした社会活動にも取組む、いわば造形教育の「何でも屋」だ

園児から70までの会員は、学校だけじゃ物足りない、既卒だけどもっと楽しみたい、と義務でも無償もないのにアトリエに足を運んでくれる美術好きばかり。一応会社だけど運営は厳しくスタッフの雇用条件も決して良くはなく、ひらたく言えば「好きじゃなきゃやってらんない」状態。公的助成は一銭もなく、当然ながら学校教育法や指導要領等の縛りもない。

 我々は高い教育理念を掲げるでもなく、世界や日本の美術教育の趨勢を追って来たのでもなく、ただただ自分たちが好きでやまない美術を、市民と共に楽しみたいと日々の活動に臨み、モデルも無い所から試行錯誤して我々なりのスタイルを作ってきた。そんなどっぷり民間の私の話は、他のパネリストと随分とずれるだろうけれど、教育の現場は何も公教育だけではない、のも事実。民間の立場から、アトリエの概要/KIDSクラスの取組み/一枚の額から見えてくる物/日米韓の美術教科書比較/ここがおかしい学校教育/「創造力」の育成 等について発信し、皆さんとの意見交換の中で造形教育やArt Educationが見えてくる事を楽しみにシンポジウムに臨みたい。

 

事例報告② 「音楽づくり」の現場の課題    

       寺内大輔(作曲、即興演奏、音楽教育 広島大学大学院教育学研究科講師)

 現在、小学校の教科「音楽」では、表現領域が「歌唱」、「器楽」、「音楽づくり」という3つの分野に分かれている。この中のひとつ「音楽づくり」は、最も歴史が浅い(新しい)ため、その指導法について現場の教員から最も関心を持たれている一方、指導の難しさを度々耳にする分野のひとつでもある。本発表では、「音楽づくり」について、小学校現場での課題を、次の2つの視点から指摘する。一点目は、その目的である。子ども達が音楽をつくる活動をすることによって、何が目指されているのか。このことは、つくろうとする音楽がどのようなものになるかにも関わっている。二点目は、方法である。どのような方法で「音楽づくり」の指導が行われているか。今回は、特に、文部科学省の学習指導要領に書かれている、児童の「思いや意図」の解釈について取り上げる。
 これらを、その後のディスカッションのための問題提起とし、アート教育の望ましいあり方をフロアの皆様とともに考えていきたい。

 

事例報告③ 文芸とアート教育   

竹村信治(日本古典研究、広島大学教育学研究科教授

 文学を「いわゆる文学」と言ったり、〈文学〉というふうに表記しなければ落ち着かなくなったのはいつ頃からだっただろうか。国語教育の世界では、昭和50年代、「詩の授業は鑑賞指導だけでよいか」との問いかけが生まれ、「ものの見方に焦点化した詩敎育論」が提案されている(足立悦男)。詩に「生徒たちの認識や感情を刺激し、生徒たちの内面に隠れている言葉を引き出す力」を認め、「教室に持ち込むだけで、もうそれだけで言葉の波紋をたててくれる」詩を発掘し、「その言葉の波紋を生徒たちと追究する」授業。これを文芸にかかわる「アート教育」の試みとひとまず考えて、新学習指導要領で「伝統的な言語文化」と新たに名づけられた「古典」をめぐる「アート教育」の可能性について、古典和歌を材料に提案を試みたい。

 

103回例会報告

 

美術展関連企画「漱石の文学と美術を語り、味わおう」(例会全体報告)

報告:樋口 聡(広島大学)

 広島県立美術館の「夏目漱石の美術世界」展に合わせての、河本真理、青木孝夫、西原大輔の3氏(いずれも広島大学)による講演会であった。この展覧会は、美術に対する幅広い知識と豊かな鑑賞体験を持つ小説家・漱石の美術世界が体感できる展覧会であり、この度の例会は、「漱石の文学と美術を語り、味わおう」と銘打たれている。(『芸術新潮』の20136月号が「夏目漱石の眼」という特集を組んでおり、この展覧会にも触れている。)

 漱石の文学と美術に触れつつ、それらをめぐって語るということでは、この例会は十分に面白いものであった。漱石文学のインスピレーションの源泉となったと考えられる西洋絵画の中の女性表象に焦点を合わせ、髪・鏡・水に着目した河本氏、西洋的教養と和漢の背景の中に生きざるを得なかった漱石の内面世界に「朧の美学」を見出そうとする青木氏、そして、漱石の美術世界に見出される文学と美術の深いかかわり合いから、展覧会の出品作品の一つ青木繁の『海景』→布良海岸→高田敏子の詩「布良海岸」というつながりを見出し、高田の詩の世界を語った西原氏。いずれも、ご自身の研究に裏打ちされた豊かな話であった。

 しかしながら、漱石との関係に迫るという点では、物足りなさを感じざるを得ないものであった。漱石と美術の関係は、「五六十幅はあつた」という夏目家の絵画コレクションの中に漱石は生まれ育ったという偶然に起因するものであり、まずは漱石の個人的な問題である。漱石の人生の中で、そして文芸の創作の中で、美術がいかに重要な役割を果たしたのか。それに切り込めば、いわゆる「漱石研究」ということになるだろう。一方、美術と文学というジャンルの融合あるいは西洋と東洋の対峙の問題に向かえば、個々の事例を超えた美学の問題構制になる。いずれも、大きな問題である。

 高田敏子の詩についての西原氏の解釈に加えて一言。青春に対して打たれた「渾身の終止符」、まさに得心が行くものであり、感動もした。ただ、夏が終わった後には、言うまでもなく、実りの秋が来る。高田もそうであっただろうし、また西原氏の高潮したテンションの高さが示唆するように、西原氏自身も、幾分でも苦い青春に渾身の終止符を打つことで、実りの秋を謳歌しているのではないか。言葉の力を、改めて実感したひとときであった。

 

講演報告① 夏目漱石と西洋絵画の女性表象――髪/鏡/水

                                                     講演:河本真理(広島大学)

                                                     報告石井祐子(日本学術振興会特別研究員/広島大学)

河本真理氏の講演では、ロンドンへの留学経験を持ち、西洋美術に対する造詣も深かった漱石の文学作品に登場する女性表象について、その霊泉源ともなったラファエル前派の画家たちの作品との関係が鮮やかに分析された。そこで着目されたのは、彼らが共有していた「髪/鏡/水/死」といった世紀末的な「宿命の女」のモティーフであった。内容は非常に専門的でありながら、充実した視覚資料と豊富な事例によって分かりやすく提示され、西洋美術史と漱石文学の双方の理解を深めるために一挙両得の講演であった。(講演で言及される美術作品を実見して味わえるという意味では、一粒で三度美味しい。)

とりわけ興味深かったのは、漱石の描く女性像が西洋的な近代性を帯びつつも、そこから微妙にずれてゆく差異を抱え込んでいた点である。それはおそらく、漱石を育んだ「和漢」の文化的身体性とも呼べる何かに起因するのだろう。漱石にとって、『草枕』のお那美さんが最後に見せる顔は、ミレイのオフィーリアのような恍惚の狂気や儚げな美しさというよりも、「神に尤も近き人間の情」である「憐れ」の表情をたたえるべきものであった。

河本氏の講演の後には、そのような「日本的感性」に分け入る講演が続き、質疑応答の際にも比較文化的観点から活発な議論が展開された。そういう意味で、今回の例会は講演全体と展覧会が有機的に結びつき、漱石の美術世界の豊かな相貌を与えてくれるものであった。

 

講演報告② 朧なる美をめぐり

                                                                                     講演青木孝夫(広島大学)

                                                                                     報告藤崎綾(広島県立美術館)

青木氏の発表は、英文学者であり明治の知識人を代表する漱石が、西洋文明から受けた影響の一方で、東洋的教養や感性に裏付けられた美学を持っていたことを明らかにするもので、「朧」や「朦朧」といったキーワードをもとに、「瀟湘八景」など東アジアの美術や文学に見る伝統的表現を例示しつつ、展覧会の出品作である松岡映丘の絵画イメージでも知られる『草枕』の女性表現に焦点を当てて展開された。那古井温泉で那美さんが入浴する下りは、赤裸々な描写をさけた裸体表現に漱石が自負を持っていたことが知られるが、湯煙の立ち込めるほの暗い湯殿という潤いのある大気の中に、神秘的な存在として浮かび上がる女性の描写には、氏の主張される「朧」なる美学の存在が強く感じられた。

また、このたびの発表では西洋美術との関係は割愛されたものの、『草枕』をはじめ漱石が何度も言及しているターナーへの関心と作品に対する高い評価は、《雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道》に代表される大気や光をとらえたターナーの先駆的表現が、漱石のこの美学に引き合う性質を持っていたことに由来するのではないかという連想も湧き、さらに関心をかき立てられるものがあった。

 

講演報告③ 高田敏子の詩「布良海岸」と青木繁 《海の幸》

                                                                                     講演西原大輔(広島大学)

                                                                                     報告藤崎綾(広島県立美術館)

早世の画家・青木繁の遺作展を見た漱石は、作品から強い印象を受け、その才能を高く評価した。古代から続く労働を描き、時を経ても変わらない人間の生へのエネルギーを伝える《海の幸》は、青木の代表作であり、明治洋画の中でも特筆すべき作品である。

房総半島の布良は、この作品の舞台として美術愛好家にはよく知られるところ。詩人・高田敏子も、『布良海岸』の執筆以前から、長年《海の幸》の原風景に対する憧れを抱いていたという。西原氏の発表は、高田の詩『布良海岸』の持つ平易な表現の背後に潜む意味合いを丹念に読み解くことで、作品に漂う若さの喪失という哀感を浮かび上がらせる内容。年齢を重ねることで、若さのただ中にいた時には気づかなかった詩の奥深い魅力に迫ることができたという氏の個人的体験が、繰返す朗読の中に強く感じられた。あわせて、《海の幸》を青春群像と位置づけ、エネルギーに満ちた力強い絵画イメージと詩の哀感の対比を指摘された点が興味深く、《海の幸》が陰画のように浮かび上がらせる静かな喪失感に、詩の鑑賞の広がりを感じた。

 

 

● インフォメーション:美術展のお知らせ

HIROSHIMA ART DOCUMENT 2013 国内外の作家による現代美術展

*会場:旧日本銀行広島支店広島市中区袋町5-16

*会期:20137 20(土)-  83(土) 

開館時間: 10 : 00 - 17 : 00  

*入場無料  

*オープニング:7 20(土)17:00

鈴木たかしによる自作曲演奏、HMMMによる音楽パフォーマンス

 

*出品・参加アーティスト

Ange LECCIAアンジュ・レッチア)、Dominique PASQUALINIドミニク・パスカリーニ)、

Jean-Luc VILMOUTHジャン=リュック・ヴィルムート)… フランス

范 叔如 … 中国

バイパー・ウエアー原仲 裕三、間瀬 実郎的場 智美沼尻 昭子野村 敦佐古 昭典、鈴木 マリ、鈴木 たかし、上杉 知弘 … 日本

HMMMDominique Pasqualini, Jack Vannet, Clément Delhomme, Jérémy Ledda… フランス

 

主催:Creative Union Hiroshima / クリエイティヴ・ユニオン・ヒロシマ  Tel & Fax 082-254-1121

734-0007広島市南区皆実町6-18-31

後援: 広島県 広島県教育委員会 広島市 広島市教育委員会 フランス大使館 中国新聞社 NHK広島放送局(申請中)

● 美術館レポート

海外美術館事情~パリ編:館内での写真撮影

古谷可由(公益財団法人ひろしま美術館学芸員)

パリのオルセー美術館が改修中であることをご存知だろうか。館を閉じることなく、順次改修していく(2009年からはじまり2015年頃に全面完了)とのことなので、お気づきでない方も多いと思う。5階の印象派、ポスト印象派の部屋がベージュ色の壁面と大理石の床からグレーの壁とブラウンのフローリングへと変更される(2011年に完了)など、おもに内装関係の変更である。そんななか、以前のオルセー美術館を知る人のなかから、きわめて残念な変更点が、話題となっている。館内・展示室内の写真撮影が全面的に禁止されたことである。

日本の美術館で、しばしば指摘される苦情(?)のひとつが、写真撮影不可となっている点である。その際よく言われることが、海外の美術館ではOKのところが多いのに、なぜ日本の美術館ではダメなのか、というものであった。この質問を真正面からされると、実はわれわれ日本の美術館に働く者は、応えに窮することになる。

その理由に「著作権」を挙げる場合がある(本気でそう思っている美術館関係者がいるのも問題であるが・・・)。しかしこれは明らかに誤解であった。著作権法は、個人が趣味で楽しむための複製(この場合写真撮影)までを禁じるものではない。そもそも著作権(狭義)は、知的所有権のなかでも財産権のひとつであって、普及に通じる使用を禁じるものではないのである。

会報122号の巻頭言で西原先生が同じく著作権を問題にされていたが、やはり運用を含めていろいろ問題が指摘されている。私が図書館における著作権に詳しくない上に誤解を恐れずにあえて言うと、国会図書館といえども、個人や研究者が研究目的でコピーをとるのはまったく法律に抵触するものではいと思う(ただし、西原先生の場合は出版ということを念頭におかれていたので、問題は複雑ですが・・・)。むしろ、著作の普及を図る上で、著作権法の趣旨からいっても、他で入手することが難しい著作物の普及には、積極的に協力すべきであると考える。事実、著作権法では、「図書館等における複製」は著作権が制限される、つまり自由に使える例外規定のひとつに挙げられている。逆に、利用者の要望だといって、近刊本(どこでも安価に手に入る本)を多量に購入して貸し出している町の図書館こそ、著作者の財産権を侵害するものではないか。

美術館での著作権に話を戻すが、特別展会場での写真撮影を禁止している場合がある。これは、所蔵者からの要望(借用条件)で禁止している場合が多く、著作権の問題ではない。少なくとも所蔵作品に関しては、写真撮影はOKであるはずである。そもそも、万国著作権条約に加入している日本にあって、同じ条約加入国の欧米諸国と、著作権法上の問題から、その扱い(つまり写真撮影の可否)が異なること自体がおかしい。

それでは、なぜ、日本で写真撮影が禁止されているのか。ひとことでいうとマナーの問題である。つまり、とくに日本では、写真を撮ろうとする人を優先する習慣がある。カメラを構えた人が優先される。しかし、美術館では、記録や記念のための写真撮影より、モノ(実物)に触れることを優先したい、優先すべきということで写真撮影を禁止しているのである。海外においてフラッシュ撮影が禁止なのも同じ理由からである。フラッシュの光が、(同様にシャッターの音も)他の鑑賞者の迷惑となるのであった(作品保護との指摘も受けるが実はフラッシュ程度で作品が傷つくことはほとんどない)。それゆえ、まわりの人に配慮して写真を撮るにはなんの問題もないことになる。美術館関係者のひとりとして自戒の念を込めて言うと、本当は制限(つまり写真撮影を禁止)するのではなく、マナーの普及を図るのも美術館側の責任であろう。

海外の美術館では、このマナーが守られてきた。また、そもそも日本のものと比べその規模が大きいがゆえに、どこかで写真撮影していても、さほど鑑賞に支障がなかったのである。しかし、近年、その混雑ぶりは目を見張るものがある。また、日本人観光客だけでなく他国の鑑賞者も含めて、そのマナーの低下が指摘され、とうとうオルセー美術館も写真撮影禁止に踏み切ったようである。同美術館に行くと、大きく日本語と複数のアジア言語で、写真撮影禁止と表記されており、この禁止の原因がわれわれアジア人たちのマナーであることに気づかされる。現在、パリでいうと、ルーヴル美術館をはじめまだまだ多くの美術館が写真撮影OKである。しかし、いずれルーヴルも、またほかの美術館も、写真撮影禁止になるのではないかと美術館関係者の間でささやかれている。

 

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─会報部会からのお知らせ─

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