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                                            広島芸術学会会報 第130号

 

 

巻頭言

臨床美術は美術のラジオ体操

大橋 啓一ひろしま美術研究所 

 

私が臨床美術に接して、そろそろ10年近くなります。先日1113日~15日と関連事業も含めて3日間、広島県立美術館講堂で第6回臨床美術学会が開催され、全国から臨床美術士、医療・福祉関係者、教員、作家等約200名の参加がありました。

臨床美術とは何ぞや? と初耳の方がほとんどと思います。簡潔に言いますと、美術の世界のラジオ体操と言えるかもしれません。子供から高齢者までどなたでも表現できる。しかしラジオ体操はプログラムが主に第1と第22種類しかありませんが、臨床美術はアートプログラムといって60分から90分の制作過程を楽しめるプログラムが、約800種類開発されています。平素使われているプログラムは約200種類です。絵の好き嫌いに関係なく、誰でも美術制作(平面や立体)を気軽に楽しめるプログラムです。

なぜ臨床美術が美術のラジオ体操か?

一つ目には、五感を刺激しながら制作いたします。現在の美術制作は、ほとんどが視覚に頼っていますが、臨床美術はモチーフを触ってみたり、食べてみたり、臭ってみたり、叩いてみたりで五感で感じ、観察して制作していきます。現代社会では生活環境が、子供のころから自然に接する機会も少なく、人本来の感覚が低下し、忘れ去られつつあります。

二つ目には、制作手法が複雑でなく、臨床美術士の指導のもと、手順を踏んで行えば誰でも体験できるからです。子供や障害者でも、基本的に他者が制作中に手を入れることは禁じています。

三つ目には、最後に参加者皆さんの作品を全員で鑑賞します。作品を上手、下手で見るのではなく、作者の感性表現として認め、それぞれの個性の違いの良さを確認する鑑賞会とします。これにより自己と他者の違いの再確認、コミ二ケーション、共感の感情の育成に良い結果が出ています。

また、臨床美術を研究する過程で、美術を制作する行為の中に、脳の血流を促進する行為があることが解ってきました。

一つの例として、一本の線を引く場合、ほとんどの方は左から右へ、また上から下へそれもなるべく速く引こうとします。その行為は皆さんがいつも普通になんとなく行っている行為です。それを意図的に反対にして右から左へ、また下から上へ、尚且つなるべくゆっくりと引きます。そうするといつも使っている手では思う様に描けません。手ではなかなか対応できないので、いつも使っていない右脳的な働きが必要となります。これが結果として脳の血流の促進になるのではないかと言われています。脳の血流が促進されるということは、脳の血管に関する、あらゆる障害において改善が見られる可能性があります。一つのアートプログラムには、このような効果のある行為が46箇所に46種類挿入されています。

過去、美術活動は作品を通して、作家の意思や時代を表す手段として制作されてきました。臨床美術は、美術制作(アートプログラム)を通して、他者に直接かかわり、教育、福祉、

医療分野と横断的に社会とかかわり貢献できる、新たなスタンスの美術分野と解釈できると思います。臨床美術は、時代の必然から生まれた日本発の美術活動です。現在、他国からも注目されつつあります。

 

28回大会研究発表報告 ※前号への未掲載分です

研究発表報告③ ドラクロワの著述にみる文学と絵画

発表:西嶋亜美(尾道市立大学芸術文化学部 専任講師

報告:末永 航 (広島女学院大学国際教養学部 教授)

西嶋さんは、19世紀中盤のフランスで活躍した画家ウジェーヌ・ドラクロワの日記を中心とする著作にみられる絵画と文学や演劇、彫刻といった諸芸術の関係にかかわる記述と、ドラクロワの絵画制作とのかかわりについての考察を発表された。絵画の制作プロセスにおいて、彼の著述が果たした役割としては、第一に絵画の着想源をストックする場としてのものがある。そこでは、1820年代のバイロンやゲーテの文学のように日記に書き留められてすぐに絵画や版画制作に至る場合だけでなく、文学から構想された主題を日記に一旦書きこみ、後に読み返した上でさらに考えを深めて記し、その一部が晩年になって絵画の形になる例を指摘された。一方、絵画作品に関して具体的な素材や色彩等の技法に関する考察が増え、文学に関しては理論的な関心が深まる後半生になると、ドラクロワは空間芸術と時間芸術という性質の違いを繰り返し指摘し、最終的に絵画の優位を主張するようになる。だが、その過程を、「仕上げ」「エボーシュ」といった概念に注目して読み解くと、絵画と文学や諸芸術の関係についての思索が、彼の実際の絵画表現の深化に貢献していることが分かるという。時間の関係で十分質問の時間がとれなかったことが残念だったが、着実な方法によるオリジナリティーのある成果であり、さまざまな芸術にかかわる会員が集う本学会では文学と絵画というジャンル間の関係に関心をもつ参加者も多く、熱心に聴く姿が目立った。

 

            

入野忠芳・ヒロシマを生きた画家レッカともえたジャガイモのために(連載第1回)

                              大井健地(広島市立大学名誉教授)

(序)水の声

 

 偶々てもとにあった詩誌「水声」15号の表紙絵が入野さんの筆。うすい絵具の旋回がつくる渦巻き永遠運動図。一瞬の出現を画家が救いとった、円環軌跡の純造形表現。そうもいえるがナニ多少なりとも絵を描くことになじんでいればああいう形象はパレットから絵具を洗い流すときによく眼にするものさ、といえなくもない。だが見慣れた事象の造形的魅力を、定着・作品化すること、まして大作タブロー化したりシリーズにして越年追究できるのには画家の力量、なんらかの思想と持続する感受性が必要だ。

 

 入野画業について思いをこらす意義を感ずる。広島の芸術のひとつの学ぶべき典型であったのではないか。

 

 この「水声」という品格ある、井野口慧子と木川陽子の2人同人詩誌は木川さんの死によって廃刊となった。木川陽子詩作品を好ましく追慕するのだが、じつはこのような秀れた水の声、野の声、または天地の声がこの地域に充ちているのに僕らが鈍感であるとすればそれは寂しい。

 

(1)ヒロシマがあった

 

 入野さんがなくなられたのは去年の秋。胆管がん、享年73歳。悲噴する激情と遠く、硬質な光線を発していた衛星体が宇宙の果てへあっけないほどスーと消滅する、のに似る。アガキ・モガキの一匹狼無慚の死でなく、臨終正念の境地をまっとうした人物のはず。

 

 入野忠芳(19391114—20131024日)氏の仕事を僕は尊重する。であるからまっとうに鑑賞できる機会の多くあること、作家論、作品論、調査研究の機運の大なることを希望する。

 

 少くとも彼にはヒロシマがあった。

 

 衝撃絵画として見る人に作用する力を持っていた。それは思想のある画家だったから衝撃力のある絵になりうるのであった。思想に対する渇望と用慎と見識をふまえて思想的なのである。彼は思想をおそれない。思想にいじけない。ひねくれてすくむことはなかった。なぜなら彼の生き方が思想を探究し獲得する道程でありつづけたから。

 

 反俗である。反骨である。権威や財や官に従順一辺倒であるわけがない。自己愛はあるが、世俗のきたなさに染まらない体質は持っておられたと思う。言質は未詳だが、絵に即して彼が守旧的惰性的ではなく、戦後的精神文化形成の側で歩を進めたと思う。

 

 入野画業が考察に値することを前提として、次に故意に奇矯な、解釈の3例を挙げたい。

 

 ①キャベツ切断図である。

 ②埴谷雄高の文学の図解のひとつである。つまり言わば、埴谷絵画である。

 ③宇宙生命体絵画である。

 

 ヘナチョコ論議は長びくゆえ、この稿、連載としたいし、今回は①のみで、②③他は次号としたい。

 

(2)キャベツを切る

 

 ①に関し古い未発表の旧稿を公開したい。1989年末、広島県立美術館所蔵品展パンフレットのための未完成原稿で、当時僕はこの館の学芸員。クレームがあって僕がボツにした。入野忠芳《裂罅(れっか)75-6》が広島県美所蔵品。

 

 題は「これは何を描いているのか?『わからない』絵について」。

 

 「絵を見て『わからない』と言う人が多いのは事実です。何度かの所蔵品展“ガイド”経験のなかで『わからない』といわれる絵の代表は入野忠芳《裂罅》になります。

 

 『これ、何を描いてるんですか?』

 

 そういう質問にどう答えればよかったのか。

 

 『これはキャベツです』、

 『じつは脳味噌なのです』、

 

 あるいは、『本当のところは原爆なんですよ』」

 

 以下略であるが、最初の仮想解答の「キャベツ」は子どもには支持されやすい、いい線ではなかろうか。むろん正常でなく人工変異型のキャベツ。あるTV時代劇ドラマで人斬りシーンの擬音にキャベツを切る音を用いたという話を聞いたことがある。

 

 試みにキャベツを一刀両断に切ると、その切断面はありありと植物の生命の、生きようと形成する力の神秘をドキュメントするようではないか。

 

 入野さんは自分の絵のテーマは「崩壊と生成」だと語る。「崩れと生きようとする力」だとも言いかえる。晩年はまた、黒焦げの木から緑の芽をふく被爆樹の力に注目し、《精霊》シリーズとして制作した。

 

 そこで次の詩。古代的宇宙的天文的の詩人、多田智満子氏の「わたし」という、「キャベツ」で始まり「根」で終る6行詩を紹介し、入野キャベツの「根」を考える時を持ちたい。

 

 「キャベツのようにたのしく/わたしは地面に植わっている。/着こんでいる言葉を/ていねいにがしてゆくと/わたしの不在が証明される。/にもかかわらず根があることも…」。

 

 

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● インフォメーション:公開シンポジウムのお知らせ

 

日韓合同国際芸術研究会

公開シンポジウム:芸術と文化 ―その融合と創造―

21世紀の新たな価値と東アジア的表現を巡って

日時:1228日(日)16時~18時  場所:広島大学 学士会館 二階

 

◆企画趣旨:

現代社会では、グローバルな文化経済市場を想定して、クール・ジャパンや韓流など、日本らしさや韓国らしさを標榜して文化を生産します。その際、消費国の好みを味付けして、映画や音楽や小説などの売り込みを図っています。それが、悪い訳ではありません。しかし、文化は、商品である前に、我々の生活そのものであり、生のスタイルです。文化が商品となる時代であればこそ、近代的な国境分割に依拠する国らしさのイメージとその利用に際しては、今なお葛藤を生み、痛みをもたらす東アジアの傷の歴史に加え、恵みも共有してきた過去の交流と文化の伝統を、芸術を通して、考える必要があります。

こだわるにせよ、克服の課題とするにせよ、東アジアという意識を芸術を通して再興/再考する一里塚として、日本と韓国、そして中国の研究者やアーティストにより、本シンポジウムを構想しています。しかし、それは決して、東アジア最高という意識を広め共有するためではありません。日本や韓国や中国等の独自の芸術文化の性格や表現を認識し、また東アジアの国境を越えた文化的な母胎を認識し、その拠点から、わけても次世代の若い人々が、既存の芸術ジャンルの垣根を越えて、21世紀に相応しい芸術や新しい価値観を創造するための一歩を歩むためです。

 広島大学学士会館マップ

◆パネリスト参加予定者

金勉(韓国・成均館大学)    

臧新明(中国・山西大学)    

AHN SANG HYUK(成均館大学)    

王向遠(中国・北京師範大学)

久保田貴美子(比治山大学)

 

主催       成均館大学・広島比較美学研究会

後援    広島芸術学会  

後援予定  広島大学広島県日韓親善協会

 

連絡先  青木孝夫  

aokit@hiroshima-u.ac.jp       

0824-24-6333 (不在時6330)

 会場 : 広島大学東広島キャンパス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                               JR西条駅からバス「広島大学」行きに乗り、「広大中央口」下車

 

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http://www.hiroshima-u.ac.jp/news/show/id/21863

 

─事務局から─

 

・ 平成26年度91011月入会者(入会順、敬称略)

裴 健成(演劇の美学、舞台と観客の関係)

銭 暁丹(能楽と崑曲の美の表現形式)

馬 駿(邦画中の武士道精神に関する研究)

                                 (事務局長・菅村 亨)

─会報部会から─

 

・チラシ同封について

会報の送付に際して、会員の方々が開催される展覧会・演奏会などのチラシを同封することが可能です(同封作業の手数料として、1回1000円をお願いいたします)。ただし、会報の発行時期が限られるため、同封ご希望の場合は、あらかじめ下記までお問い合わせください。次号の会報は、2月~3月上旬の発行を予定しています。

・催し等の告知について

会員の関係する催し等の告知についても、会報への掲載が可能です。こちらについても詳細は下記までお問い合わせください。

           (馬場有里子090-8602-6888baba@eum.ac.jp

 

109回例会 開催会場の周辺地図

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― 次回第109回例会のご案内 ―

 

下記のとおり第109回例会を開催いたします。

今回は、例年どおり2件の研究発表を行います。その後、懇親会も開きますので、是非ご参加下さい。

※懇親会の場所、時間等は当日お知らせします。

日時:20141220日(土) 14001630

会場:広島YMCA国際文化センター  本館 4階 401会議室

  (〒730-8523 広島県広島市中区八丁堀7-11 ※ 前ページに周辺地図を載せています

 

<研究発表要旨>

「ジャン・コクトーとフランソワ・トリュフォーの映画に見る作家性の系譜」

              安部孝典(関西学院大学大学院文学研究科 研究員)

フランソワ・トリュフォー(1932-1984)1950年代末のフランスで起こったヌーヴェル・ヴァーグの中心的映画監督であり、ジャン・コクトー(1889-1963)はその一世代前の芸術家、映画監督である。両者の接点はヌーヴェル・ヴァーグの隆盛期以前にさかのぼる。コクトーは59年のカンヌ国際映画祭において名誉審査委員長をつとめ、トリュフォーの監督デビュー作『大人は判ってくれない』(1959)に監督賞をもたらした。また、その翌年、トリュフォーはコクトーの遺作『オルフェの遺言』(1960)に資金協力し、製作費の確保に苦しむコクトーに救いの手を差し伸べた。こうした二人の親交や協力関係は、例えばアントワーヌ・ド・ベックとセルジュ・トゥビアナによる評伝の中に詳しいが、一方で具体的な両者の映画作品の比較はなされてこなかった。

 本発表では、前半でコクトーとトリュフォーの映画製作における親交の軌跡を簡単にたどり直し、後半で両者の映画に見られる逆再生やストップ・モーションといった特異な技法に着目し比較・検討する。そうした映画内時間の操作を検証することにより、ヌーヴェル・ヴァーグ以前の作家であるコクトーと、その中心人物であったトリュフォーの映画的表現における影響関係が見いだされるだろう。それらの分析を通してコクトーからトリュフォーへと連なるヌーヴェル・ヴァーグの作家性の系譜の一端を明らかにしたい。

 

建築写真のモダニティー、あるいは新即物主義のリアリズムについて」

                       山下寿水(広島県立美術館 学芸員)

建築写真とは、主に、新規に作られた建築物をメディアで紹介するために撮影された写真のことである。当然のことだが、建築物は建てられた土地から動くことが出来ない。それ故に、古くから建築ジャーナリズムはイメージの伝達の為に写真を用いてきた。だが、ただ単純に建物を被写体とした写真のことが「建築写真」と言われるのではなく、あくまで建築写真的な撮影方法がそこでは遵守されてきた。

建築写真の制作手法における特徴の一つとして、画面からノイズを排除することが挙げられる。建築写真というメディアを巧みに使った一人としては建築家のル・コルビュジエが知られるが、人物や生活の痕跡といったノイズを画面から排除することで、建築写真は写真に特有の哀愁(それはかつてあった)を排除し、ある種の永遠性を示すといえる。

本発表では、そうした建築写真的空間と、1923年にマンハイム美術館館長のグスタフ・フリードリヒ・ハルトラウプによって提唱された、客観的、冷静なリアリズム表現を特徴とする新即物主義の作家としてカテゴライズされるアレクサンダー・カーノルトのノイズ性を排除した作品等を横断しながら、モダニズム美術―建築を再考する。