具体的な研究テーマ

  1. ストレスに応答したNF-κBの活性化機構と細胞応答の解析
  2. 活性酸素応答ホスファターゼの制御とシグナル伝達
  3. ROSはどのようにして産生されるのであろうか?

ストレスに応答したNF-κBの活性化機構と細胞応答の解析

NF-κBはサイトカインの発現を誘導する事により炎症応答で中心的な役割を果たすほか、細胞の生と死を制御する重要な転写因子です。NF-κBはIκBαやp100などの阻害タンパク質と会合した不活性型で細胞質に存在していますが、シグナルを受容すると阻害タンパク質は分解されます。活性化したNF-κBは核内に移行して遺伝子発現を誘導します。これまでにNF-κBの活性制御機構については詳細な解析がなされており、二つの経路が同定されてきました。NF-κBの活性化の第一経路 (古典経路)は、TNFαなどの炎症性サイトカインがキナーゼ(IKKβ)を活性化してIκBαをリン酸化し、リン酸化されたIκBαはユビキチンリガーゼβ-TrCPによりユビキチン化をうけてプロテアソームにより分解される経路です。最終的にRelAとp50から構成されるNF-κBが活性化されます。NF-κBの活性化の第二経路(非古典経路)は、CD40Lなどに代表されるようなリンパ球関連因子がIKKαを活性化してp100をリン酸化し、リン酸化されたp100がβ-TrCPを介して限定分解をうけて、最終的にRelBとp52から構成されるNF-κBが活性化される経路です。

NF-κB活性化の3つの経路

一方、細胞をUVで照射したときにもIκBαが分解されてNF-κBが活性化されることが知られていました。私たちはこの機構を解析して、ストレスに応答したNF-κBの活性化には第三経路(非典型経路)が機能することを明らかにしました。UVに応答した第三経路には三つの大きな特徴があります。第一は、IKKβはキナーゼとして機能するのではなく、IκBαとβ-TrCPとの会合を介在するアダプター分子として機能することです。UVに応答して核内でβ-TrCP・IKKβ・IκBα複合体が形成されて、IκBαはユビキチン化を受けて分解されます。すなわちNF-κBの活性化に先行してIκBαとNF-κBの核内移行が誘導されることになります。第二に、UVは低レベルで持続性の活性化を誘導します。第三に、通常はNF-κBは抗アポトーシス遺伝子の発現を誘導して細胞の生存を促進するのに対して、このときに活性化されたNF-κBは抗アポトーシス遺伝子の発現を抑制して細胞死を誘導します。

NF-κB活性化の第三経路 第一経路と第三経路の比較

しかし第三経路の分子機構にはおおくの謎が残されています。UVに応答して活性化されたNF-κBはどのようにして抗アポトーシス遺伝子の発現を特異的に抑制するのでしょうか?どのようにしてIκBαとNF-κBは核内に移行するのでしょうか?そもそも細胞がUVなどのストレスを感受するメカニズムはどうなっているのでしょうか?これらの問題の解明に取り組んでいます。

もう一つ重要なのが、第三経路の生理的役割の解明です。第三経路はUV照射だけでなく、さまざまなストレスを負荷した細胞でも駆動されることがわかってきました。ストレスが負荷された生体内でも第三経路が駆動されていると考えられます。炎症ではNF-κBが活性化されているにもかかわらず多くの細胞で細胞死が誘導されることや、低レベルで持続性のNF-κBの活性化が観察されます。このような現象に第三経路は関与しているのでしょうか?第一経路と、第三経路にはクロストークがあるのでしょうか?この解析のために、第一経路のみを駆動するIKKβ変異体遺伝子と、第三経路のみを駆動するIKKβ変異体遺伝子と、IKKβのコンディショナルノックアウトマウスを用いた炎症応答の解析や発癌実験を行っています。

活性酸素応答ホスファターゼの制御とシグナル伝達

TNFαによる第一経路を介したNF-κBの活性化はサイトカイン遺伝子の発現を誘導して炎症応答を惹起するほか、細胞内でのROSの産生を抑制する機能や、抗アポトーシス遺伝子の発現を誘導する機能があります。このためにNF-κBが活性化されない細胞にTNFαを処理すると、最終的に細胞は死を迎えます。なぜこのような応答が引き起こされるのでしょうか?

私たちはTNFαにより産生されたROSがシグナル伝達物質として機能することにより、細胞死が誘導されることを見いだしてきました。ROSはタンパク質上のシステイン残基を酸化します。タンパク質分子上でシステイン残基はスルフェン酸に酸化された後にジスルフィド結合を形成します。形成されたジスルフィドはグルタチオン系やチオレドキシン系で還元され、もとのシステイン残基に戻ります。

システイン残基とROSの反応

Protein Tyrosine Phosphatase (PTP)で活性中心のシステイン残基近傍には共通の配列が保持されています。このシステイン残基はレドックス感受性が高くてROSにより容易に酸化されるという特徴を持っています。実際にin vitroで活性測定をおこなうと、多くのPTPが容易に酸化されて活性を失うことを確認できます。

PTPase signature motif

このようなROSによるPTPの抑制は細胞内でも機能しているのでしょうか?NF-κBが活性化し ない状態の細胞をTNFαで刺激すると、細胞内にROSが産生されますが、このときにPTPの一種であるMAP Kinase Phosphatase (MKP)の活性中心のシステイン残基がジスルフィド結合を形成して活性を失うことを私たちは確認してきました。このためにJNKが持続性に活性化され、最終的にネクローシスとアポトーシスが誘導されて細胞は死に至ります。

MKPの活性中心システインのジスルフィド結合形成により、JNKの活性化が誘導される

一方、ROSは生体に対して障害をもたらすだけなく、細胞機能や炎症応答を制御する生理的制御因子としての一面もあることが明らかにされています。このような細胞応答が引き起こされるときにも、活性酸素応答ホスファターゼはレドックスシグナルを受容する中心的なセンサーとして機能していると考えられます。私たちは細胞内で産生されたROSによりPTEN が酸化修飾を受けて失活することも確認しています。さらにこの下流でプロテアソームやカスパーゼを介したタンパク質分解系や遺伝子発現系が活性化されることも見いだしています。ROSに高感受性のシステイン残基は活性酸素応答ホスファターゼ以外にも多くのタンパク質で見いだされることから、細胞内にはレドックスシグナルを受容するネットワークが機能しているはずです。このシグナル伝達系ネットワークのレドックス制御による全容を明らかにしたいと考えています。

ROSはどのようにして産生されるのであろうか?

これまでにROSという言葉を定義なしに使ってきましたが、狭義ROSはスーパーオキシド(O2-)、H2O2、ヒドロキシラジカル(・OH)の三種類の分子の総称として用いられています。生体内ではミトコンドリアの電子伝達系からの電子の漏れ出しや、NADPHオキシダーゼによりスーパーオキシド(O2-)が産生されます。O2-は不均化反応によりH2O2に変換され、さらにヒドロキシラジカル(・OH)が生じます。ヒドロキシラジカルは非常に反応性が高く、近傍のタンパク質や脂質などあらゆる生体分子を酸化して細胞機能を障害します。

ROSの産生

ROSが細胞機能障害を引き起こすことから、しばしば「ROSはさまざまな病気の原因である」「ROSが老化の原因である」と言われています。この想定のもとで、抗酸化剤を用いた疾患の治療や予防が試みられてきましたが、これまでの報告では効果は限定的なものにとどまっているようです。有効に作用する抗酸化剤を開発するとともに、ROSの産生を抑制して酸化ストレスを発生させない技術を開発することが必要だと考えられます。このためには、まず生体内でROSが産生される機構を解明する必要があります。

大きな謎はTNFαがどのようにしてROSの産生を誘導するかです。私たちはTNFαによるROSの産生が細胞運命を決定することを明らかにしてきました。このROSはミトコンドリアに由来すると考えられています。では、どのようにしてTNFαのシグナルはミトコンドリアに伝えられるのでしょうか?ミトコンドリアではどのようにしてROSが産生されるようになるのでしょうか?NF-κBはどのようにしてこのROSの産生を防御しているのでしょうか?この機構の解明は、炎症にともなう組織障害の機序を明らかにするだけでなく、老化の仕組みの解明にもつながるのではないかと期待しています。

TNFαのシグナル伝達経路

なぜ老化するのか?なぜ病気になるのか?謎はつきません。
私たちは世界的レベルの研究と、世界に通用する研究者の育成を目指しています。出身学部に関係なく、生命科学の研究に熱心に取り組む大学院生を募集しています。興味のある方は、是非、気軽にご連絡下さい。

鎌田 英明
メール:hkamata アットマーク hiroshima-u.ac.jp
電話:082-257-5138

参考文献

  1. Yoshihiro Tsuchiya, et. al. IKKβ is an adaptor protein for β-TrCP mediated IκBα ubiquitination in UV-induced NF-κB activation. Mol. Cell, 39, 570-582 (2010)
  2. Hideaki Kamata, et. al. Reactive oxygen species promote TNFα-induced cell death and sustained JNK activation by oxidizing MAP kinase phosphatases. Cell. 120, 649-661 (2005)
  3. 実験医学増刊「活性酸素シグナルと酸化ストレス」vol.27, 2366 -2372 (2009) など