初めての茶事 1999年10月24日(日) <エピローグ> ある日、お稽古の最中に先生が言った。 「みっちゃんから結婚するって電話があったのよ。」 みっちゃんとは、広島の大学に進学してお茶の稽古にも通っていたけど、就職先が郷里の 山口になったので、もう何年も会っていない人だ。 「へえー、そうですかー。」 めでたい、めでたいとそこに居合わせた弟子4人がよろこんでいると 「それでね、結婚前に広島に来るって言われてるから、お茶事をしてお祝いしましょう。」 「ひえ〜」 と、4人がパニックになったのは、言うまでもない・・・・・・・。 <2日前> 「本当にするの〜?大丈夫〜?」 と電話をかけあう私たち弟子たちの声は、かなり頼りない。 なぜなら、茶事というものを経験したことがない。 かろうじて、私があの不思議な「除夜釜」に招いていただいたくらいだ。 まず、なにはともあれ、「裏千家茶道教科 茶事」という本で茶事の勉強から始める。これ で無事に当日に間に合うのか? <茶事> 正午の茶事 初炭手前 懐石 中立ち 濃茶点前 後炭手前 薄茶点前 「初炭手前」は、炉に炭をつぐこと。これも、理にかなった作法があり、いろいろな道具 を運び出しては使うので、稽古だと楽しい。しかし、使う道具が多いってことは、バリエ ーションも多いって言うこととほぼ同じ意味を持つので、当然いつまでたっても手前は覚 えられない。 「陰陽五行」は、風水の流行とともになじみ深い言葉になってきているけど、五行とは「木 火土金水」のことだ。宇宙のあらゆる事象はこの五元素の働きによるものだとする五行説 は、中国から渡ってきた思想で、古くから日本の文化に影響を与えてきた。当然,昔から その時代の知識人たちの遊びであった茶道に影響してないはすはなくて、炉にもちゃんと 五行が揃っている。 炉縁の木、炭の火、炉壇の土、釜の金、釜の中の水。炭手前は、奥が深い。 「懐石」 皆の本音は「食べるのは楽しみだけど、これを作ると思うとちょっと・・・・・。」 それでも、青年部の料理の鉄人から一番だしのとり方から、しらあえのレシピまで教えを 乞い、なんとか献立が作れるんじゃない?っていう気がしてきたぞ。 「中立ち」とは、亭主が茶室を陰から陽に変えるために、客が一旦席をたつこと。 五行もよく分からんが、この「陰陽」という二進法にも似た観念は、本当によく分からな い。明暗、奇数偶数、内外、上下などなど、相対的なものかと思えば数字のことのように も思えるし・・・。 それでも、やはり、「陰陽五行」とふたつが混じりあって、茶室の緊張した空間が生まれて いるようだ。 「濃茶」一度飲んだら癖になる人と、貧血を起こして倒れる人に分かれる。 点前中の私には目的が理解できない不思議な仕草や、何人もの人がひとつの茶碗で回し飲 みする様は、薄茶に比べると儀式的な色合いが強いように感じる。 「後炭手前」は、あまり稽古しないのでよく分からない。よって、ノーコメント。 「薄茶」は、お茶といえば、これ、っていうくらい馴染み深い。棗、茶碗も楽しみだけど、 茶会に行って楽しみなのが煙草盆と火入れ。 と言うと、なんだか、いっぱしの茶人になった気がする。 <前日準備> 不安な面持ちで先生の家に集合した弟子4人。 用事があって遅れた私が到着した時には、ほとんど献立は決まっていた。 私以外の3人は主婦ばっかり。 夫は仕事中の人、夫に子供の面倒を見てもらっている人、夫と1歳の子供を義母に面倒見 てもらっている人と、それぞれ大変そうだ。 懐石のメニュー 向付 鯛の刺身 汁 白味噌仕立て ごま豆腐と練りからし 飯 サトイモご飯 焼き物 ブリ 鉢 炊き合わせ 柿のしろあえ なんだか、それらしくなってきたぞ。 人数はちょっと多めだけど7人を予定して、さっそく買い出し。 しっかり者の姉弟子律子さんの指示に従って、和菓子屋さんとスーパーをまわる。 <思わぬ不覚> 「え、炉と風炉で順番違うんですか?」と私が固まると 「え、そうなのよ。」と師も固まった。 そうなのだ。 「裏千家茶道教科 茶事」は上、中、下の3冊あるが、上巻は母が持っていて私の手元に ない。「風炉の正午の茶事」という項目はその上巻に載っていたので、「正午の茶事」炉編 で予習した私は、風炉と炉で順序が違うと知らなかったのだ。 「まあ、懐石が一番になるだけだから。」 さすが、茶人はフォローを忘れない。 <当日> 朝5時半起床。 着物を着て、車ででかけた。 途中で、夫と子供を義母へ預けてひさびさに一人でゆっくり一晩を過ごして「いやー、よ かったよー、くせになりそう。」と喜んでいるえみさんを乗せて先生の家に向かった。 11時にみっちゃんが来るので、それまでに料理をほぼ終えて、みんなでいただこうとい う、かなり変則的な(というか、ほとんど掟破りの)算段だ。 ちょうど,ご飯が炊きあがった頃,みっちゃん登場! で,さっそく,茶事が始まった。 自分たちで作っておいて言うのもなんなんだけど、料理はどれも大成功を収めた。 やはり、昆布とカツオから取っただしが効いている。(料理の鉄人なみにカツオをつぎ込ん だカイがあった。) 山口の銀行に勤めているみっちゃんは、以前とあまり変わっていない。 「懐かしいねー。」から始まり、彼氏との出会いについて「高校時代の同窓会で久々に会っ て、それからね・・・。」と話は尽きない。 弟子の歩むそれぞれの「道」を思う師が、床の軸に選んだのは青墨の色がやさしい「道」 の一字。 変則なので、亭主が一人と決まっていない。炭、濃茶、薄茶は弟子が代わる代わる点前を 務めたが、炭手前は律子さんで、香をくべると白檀の香りが席の中に広がった。 「陰陽五行」の不思議な世界が茶室にかすかにたち現れたような気がした。