第3章の[課題]解説

吉田光演

2001/12/06 更新




1. 「姉」,「妹」の意味成分を記述しなさい。また,この2つを英語やドイツ語の対応表現の意味成分と比べてみなさい。

【解説】

「姉」:[+人間, +女性, +兄弟(+同じ親をもつ), +年上]
「妹」:[+人間, +女性, +兄弟(+同じ親をもつ), ―年上]
または:
「姉」:[+人間, ―男性, +兄弟(+同じ親をもつ), +年上]
「妹」:[+人間, ―男性, +兄弟(+同じ親をもつ), ―年上]

ドイツ語/英語
Schwester/ sister: [+人間, +女性, +兄弟(+同じ親をもつ)]
(「年上」「年下」の区別が "Schwester", "sister"にはないから,[+/-年上]の意味素性が関与しない)
※このため,"Meine Schwester", "my sister"などといった名詞句が文脈なしで現れた場合,日本語に翻訳するときに苦労することになる(「姉」とするか「妹」とするか?)




2. 次の文を述語論理の式で表わしなさい(vorstellen= introduce)。

  Hans stellt Anna Peter vor.(ハンスはアンナにペーターを紹介する)

【解説】
上のドイツ語の文は,述語論理で表すと,以下のようになる:

(1) INTRODUCE (Hans, Anna, Peter)

英語では上の文は,次のようになる:
(2) Hans introduced Peter to Anna.

この場合は, 
(3) INTRODUCE (Hans, Peter, Anna)
と表記する方がよいだろう。

※述語論理式における主語・間接目的語・直接目的語のような項の順序関係は,厳密には定義されていない。表層の語順(例えば,ドイツ語や日本語のように,主語(「が」・主格)―間接目的語(「に」・与格)―直接目的語(「を」・対格)を反映していると考えてよい。




3. lesen(読む: read),fürchten(恐れる: fear) の項構造を表わしなさい。

【解説】
(1) lesen (=lesen) : <動作主(agent),対象(theme)>

(2) fürchten (=fear): <経験者(experiencer),対象(theme) >

4. 「彼は駅に走っていった」という文は文法的だが,「彼は駅に走った」は少し不自然である。それはなぜか?この文は英語や日本語ではどのように表わされるか?この対比から移動動詞の意味を考えてみよう。

【解説】
日本語では,本来の純粋な移動動詞は,「行く」と「来る」だけである(「入る」,「出る」,「渡る」などの経路(path)を含みこむ経路動詞はここでは度外視する)。
(1)太郎は駅に(へ)行った。
(2)太郎は大学に(へ)来た。
上の(1),(2)は全く問題ない。ところが,「歩く」,「走る」だと,すわりが悪くなる。

(3)??太郎は駅に走った(歩いた)。
(「太郎は駅まで走った」は問題ないが)

「歩く」や「走る」は,物理的には位置移動を表わすが,認知的には「踊る」や「働く」などに近い「活動」を焦点にあてた動詞である。
だから,単独では着点(方向)を表わす「〜に(へ)」と共起しにくいのだと考えられる。従って,「太郎は駅に歩いていった」などのように,移動の「いく・いった」と組み合わせてはじめて,<移動>の意味を十分にもちうる。

他方,英語のrun, walkやドイツ語のlaufen, rennenには<移動>の意味がじゅうぶんに含みこまれている(ドイツ語の場合のほうがより強い)。よって,方向(着点)を示す"to"や"zu/ in"などの前置詞句と共起しうる。
※ただし,この問題を考えるには,英語やドイツ語の着点の前置詞(to / zu)と,日本語の「〜に」「〜へ」が意味的(統語的)に同じ性格かどうかも考える必要がありそうである。

(4a) Hans ging zum Bahnhof/ zum Arzt / zu Maria.
(4b)ハンスは駅へ/医者へ/??マリアへ行った。

ドイツ語や英語では,場所であれ,建物(制度)であれ,人であれ,すべての前置詞によって移動の着点を表現できる(ドイツ語では,着点の空間的性質によって,in, an, auf などを使い分けるが)。

一方,日本語では,建物や建物を表わす職業(「医者」や「床屋」)など,空間的な広がりがあるものには「に・へ」をつけて,移動の着点を示すことができるが,たんなる人(「マリア」や「山田さん」など)は「へ・に」をつけて「移動の着点(〜へ行った)」を表わすことができない(「私はマリアに本を送った」のような授与表現では問題ないが)。このような相違を比較するのも面白いテーマであろう。




5. 次の文には解釈が2つある。musst (=must)の意味をNECESSARY,否定nichtを〜で表わすと,2つの意味はどのように表わせるだろうか?

Du musst nicht Logik lernen. (=You must not learn logic)
a. 君は論理学を学ぶ必要はない。 (musstにアクセント)
   b. 君は論理学を学んではいけない。 (nichtにアクセント)

【解説】
 a') 〜NECESSARY [LRARN (you, logic)]

NECESSARY [LRARN (you, logic)]ならば,「君が論理学を学ぶこと」がすべての可能世界で「必然的である」,すなわち「君は論理学を学ばねばならない」ことを表わす。この命題の否定
〜NECESSARY [LRARN (you, logics)]
は,「君が論理学を学ぶことが必然ではない」ことを表わす。

b') NECESSARY 〜[LRARN (you, logic)]
 〜[LRARN (you, logic)]は,「君が論理学を学ばない」ことを表わす。これに「必然」が加わって,〜NECESSARY [LRARN (you, logic)]となれば,「君が論理学を学ばないことが必然的」つまり,「学んではいけない」ということになる。
 厳密に言えば,"must", "müssen"は,様相論理(命題の妥当性についての話者の確信度)を表わす場合と,義務論理(「しなければならない」という理想状態)に区別されるが,ここではこの区別には立ち入らない。
重要なのは,命題などをスコープにとる"must", "not"などのオペレータ表現が2つ以上あるとき,スコープの範囲によってあいまい性が生じることである。
日本語でも,「この病気は注射だけで治る」というのと,「この病気は注射でだけ治る」といったあいまい性が生じる。この場合,「だけ」という程度詞(nur, onlyにあたる)が,「〜で」という道具(mit, withにあたる)を表わす要素との間でスコープの違いを生み出す(時間があったら,この問題を考えるとよい)。
※同様の例として,"Du musst nur dieses Buch lesen, wenn du die Logik verstehen willst"(論理学を理解しようと思うなら,この本を読みさえすればいいよ)といった文がある。





6. Jeder Junge mag ein Mädchen (=Every boy likes a girl)という文の数量詞句の(作用域の)解釈には2とおりある。どのような解釈か?

【解説】
jeder ("every")がein("a")より大きなスコープをとる解釈と,ein ("a")が,jeder ("every")より大きなスコープをとる解釈の2通りである。

(i) ∀x [BOY (x) → ∃y [GIRL(y) & LIKE (x, y )]]

(ii) ∃y [GIRL(y) & ∀x [BOY (x) → LIKE (x, y )]]

少年のグループが,Hans, Peter, Daniel, Kenだとしよう。
少女のグループが,Maria, Anna, Mikiだとしよう。
そして,次のような2つの状況があるとする:

S1: Hans がMariaを好きで,PeterがAnnaを,DanielがMikiを,KenがMariaを好きな状況。
S2: HansもPeterもDanielもKenも少年達はみな,Annaが好きである状況。
S3: Hans がMariaを好きで,PeterがAnnaを好きで,DanielがMikiを好きであるが,Kenは女の子がそもそも好きではない。

(i)の解釈では,S1とS2は真である。しかし,S3は偽である(Kenには好きな女の子が一人もいないから)
(ii)の解釈では,S2は真であるが,S1, S3は偽である(S1もS3も「少年みんなが好きであるような少女は一人もいない」から)。

(ii)が成り立つ状況(S2)では,(i)も必ず成り立つが,逆は成り立たない。その意味で,(ii)の解釈は非常に強い存在解釈である。