前立腺腫瘍
正常前立腺の大きさは、思春期まで約10 g、成人男子が約20 g、老年男子は10 gと幼少時に帰るが、現実には大半が前立腺肥大症を伴っており、大きい。
前立腺は、男性ホルモン依存性臓器である(注1)。精巣のLeydig細胞で産生されるtestosterone(T)は、5 a -reductase(5a-還元酵素)によって生体内活性型の男性ホルモンである5 a -dihydrotestosterone(DHT)に変換され、細胞内の男性ホルモン受容体(androgen receptor)に結合して前立腺細胞に作用する。 
前立腺の構造は、前立腺液を産生するいわゆる外腺と尿道周囲腺のいわゆる内腺に分かれる。

(注1)血中男性ホルモンレベルの加齢による変動
    思春期前;1 ng/ml
    成人男子;5 ng/ml(2.5 - 10 ng/ml)
    60歳男子;成人男子に比較してやや低値

前立腺肥大症(Benign Prostatic Hyperplasia、BPH)
ほとんどの高齢男性は病理組織学的には前立腺肥大症を有するが、症状のある臨床的な前立腺肥大症の頻度は、60歳以上男子の5人に1人程度で、80歳までに78%が前立腺肥大症と診断される。 組織学的変化をみると、大型の腺管内に乳頭状の上皮の増生がみられ、圧排性に発育する結節性病変を示す(nodular hyperplasia)。 前立腺肥大症組織中ステロイドホルモン含量を測定すると、estradiol, T, DHTともに正常とBPHで差なし。各種成長因子( KGF*、IGF、TGF-bなど)の関与が推定されている。 *KGF: keratinocyte growth factor

病理組織学的変化の頻度
  30歳代;10%
  50歳代;約半数
  60歳代;70%
  70歳代;80%
         
1.臨床症状
最も代表的な症状は、排尿困難(Difficult voiding)で、夜間頻尿(Nocturia)、尿線細小化(Forceless thin stream)、 残尿感(Residual sensation)などの排尿症状が主なものである。高度の肥大症のために腎機能障害が生じれば、 食思不振などの全身症状も稀にはある。また、夜間頻尿による不眠で全身倦怠感を伴うこともある。

2.診断
直腸内触診で、前立腺の性状(注)を確認する。排尿困難で努責するために鼠径ヘルニアを伴うことあり。尿閉時には、下腹部(恥骨上部)痛。

(注)直腸内前立腺触診所見の要点
 a) 大きさ(size)
 b) 辺縁(margin)
 c) 硬度(consistency)
 d) 表面(surface)
 e) 圧痛(sensitivity)
 f) 可動性(movability)

尿路感染を伴うか否かを見るために尿検査、尿中細菌培養検査を行い、腎機能障害の有無には血清Cr値、BUNを測定する。
排尿困難を他覚的に知るためには尿流量検査が適しており、また、膀胱機能が不良な場合にも排尿困難が生じるので鑑別のために膀胱内圧測定検査が役立つ。
前立腺超音波断層検査(TRUS)は、前立腺の大きさを測定でき、また内部の性状を検索することで前立腺癌と前立腺肥大症の鑑別に役立つ。尿道膀胱造影(UCG)は、尿道の肥大前立腺による圧迫された状態を知ることに役立ち、膀胱尿道鏡は内視鏡で直接尿道の変化を内腔から観察できるので、内視鏡手術の前にはこの検査で尿道・膀胱を確認する。排泄性腎盂造影(IVU)は、上部尿路の変化を見るのに役立つが、必須ではない。
3.治療
保存的治療と観血的治療に分けられる。保存的治療には、尿道抵抗を減弱させるa-ブロッカー、内分泌的に抗男性ホルモン作用によって前立腺を縮小させるホルモン剤、などがある。観血的治療では、経尿道的前立腺切除術(TUR-P)が基本的な手術方法である。

前立腺癌
1.疫学的事項
前立腺癌患者の90%は60歳以上と、高齢者に多い。臨床癌は、黒人に最も高頻度で、白人、ハワイ日系人、日本人、の順に多いが、潜在癌(注)には白人、ハワイ日系人、日本人、の間に大差なし。

(注)潜在癌
潜在癌は生前に臨床的に前立腺癌の徴候が認められず、死後剖検により初めて前立腺癌の存在を確認した症例をいう。臨床癌は臨床的に発見されたもの。

危険因子として、年齢、脂肪摂取、家系、人種(アフリカ系)。宦官には、前立腺癌は発生せず、男性ホルモンは、前立腺癌の増殖を促進する。

年齢と前立腺癌罹患率
50歳以下:まれ
60歳以上: 23.1/人口10万人
70歳以上:103.1/人口10万人
80歳以上:256.6/人口10万人

2.病理学的事項
癌病巣は、前立腺の辺縁領域、すなわち外腺部分より発生することが多い。組織学的には腺癌(adenocarcinoma)で、高分化型腺癌、中分化型腺癌、低分化型腺癌に分類される。Gleason's scoreは、異質な癌病巣を総体的に評価する組織学的指標であり、予後との関連があるので良く用いられる。
転移形態としては、リンパ行性に閉鎖神経周囲リンパ節、総腸骨リンパ節へ、また血行性には椎体、骨盤骨などの骨格系への転移を起しやすい。
病期分類として、わが国では前立腺癌取扱い規約が、国際的にはTNM分類が用いられる。

*日本泌尿器科学会・日本病理学会による臨床病期分類
病期 A: 臨床的潜在癌
 A1:片葉、TUR切片で3片以内の高分化型腺癌
 A2:びまん性病変、または中〜低分化型腺癌
病期 B: 早期癌、前立腺内に限局
 B1:片葉内に限局、最大径1.5cm以下
 B2:両葉または最大径1.5cmを超える
病期 C: 局所浸潤癌
病期 D: 遠隔臓器転移巣あり
 D1:所属リンパ節に転移
 D2:その他のリンパ節、膀胱頚部以外の膀胱、その他の臓器へ転移
3.診断
前立腺癌は、病巣が尿道から離れた辺縁領域に発生することが多いので、早期では閉塞症状が出にくい。無症状の内に発見するためには、直腸内前立腺触診(Digital Rectal Examination, DRE)、前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen, PSA)が極めて有効である。
DRE、PSAにより異常所見があった場合には、直ちに前立腺針生検(needle biopsy)を行って前立腺癌の有無を確定する。
画像検査としては、経直腸的前立腺超音波断層検査(TRUS)により前立腺内部エコーの不均一性や前立腺被膜エコーの不連続性といった質的な変化から疑う。局所診断法としては、簡便かつ安価な利点あり。
X線学的検査では、排泄性腎盂造影、尿道膀胱造影がある。排泄性腎盂造影では、膀胱三角部、尿管口周囲への浸潤の有無が判定でき、尿道膀胱造影では前立腺部尿道の不規則な圧排、変形によって尿道への浸潤の程度を知ることができる。なお、膀胱への浸潤の有無は尿道膀胱鏡がより確度が高い。
転移巣検索法として、骨盤部CTスキャンにより閉鎖神経周囲および総腸骨リンパ節転移の検索を、骨転移については全身骨シンチグラフィー(bone scintigraphy)でhot spotを認める。また骨格系の単純X線撮影で、転移巣はほとんどが造骨性変化(osteoblastic change)を示すことが特徴である。

前立腺癌早期発見のポイント
直腸内前立腺触診:硬結(nodule)を触知
血中腫瘍マーカー値測定
a. 前立腺特異抗原(prostate specific antigen, PSA)
b. 酸性フォスファターゼ(acid phosphatase, ACP)
c. g-セミノプロテイン

4.治療
前立腺癌の生物学的な最大の特徴は、ホルモン依存性癌で、抗男性ホルモン療法が極めて有効であるが、当初の臨床効果は平均2年後にはなくなって再燃してくる。そのために根治手術が期待できるものは年齢を考慮して手術することが基本となる。すなわち、病期 A & Bの局所限局癌は前立腺全摘除術を、骨転移などを伴う病期Dの進行例は延命効果を期待して抗男性ホルモン療法を行う。病期Cの局所浸潤癌は放射線療法あるいは抗男性ホルモン療法を行うことが多い。抗癌化学療法は進行期の再燃例に試行されている。

抗男性ホルモン療法
初期治療効果は70-80%に認められる。   
a. LH-RHアナログ剤
b. 両側除睾術
c. 合成女性ホルモン剤
d. 5a-還元酵素阻害剤

前立腺癌のキーポイント:
前立腺の解剖学的事項、男性ホルモン依存性、日米の発生頻度の差異、病理組織学的分類と癌細胞の増殖特性、DRE、PSA、針生検、前立腺全摘除術、抗男性ホルモン療法、前立腺癌の再燃