尿路感染症 Urinary Tract Infection
正常人尿路の尿は無菌で、尿道および外陰部に存在する細菌による排尿時の汚染が診断時に問題となる。尿路感染症の診断と治療を行う上で、@原因別とA部位別の分類が重要である。
細菌の感染経路として、尿路管腔を上行性(逆行性)に侵入する経路がほとんどであるが、血行性やリンパ行性に移行することもありうる。
感染の原因となる細菌は、尿流が停滞したスペースで急激に増殖し、この増殖した細菌が上皮細胞に付着すると共に細胞間隙にも侵入して組織損傷を引き起こす。このような感染成立機序の各段階で、正常人では宿主の感染を防御する機能をそれぞれ持っている。これらの防御網が突破された時に臨床的な尿路感染症が生じる。
1. 分類
@原因別
単純性 uncomplicatedと複雑性 complicated※

※複雑性尿路感染症:尿路の機能的あるいは器質的基礎疾患に伴う尿流停滞やカテーテル留置などの異物を背景に発症する非特異性細菌感染症。

A部位別
上部尿路(腎・尿管)と下部尿路(膀胱・尿道)
2. 宿主の感染防御機能
@尿流と排尿:24時間尿は常に産生されており、排尿も随時あり。
A上皮細胞への細菌の付着:細菌のpilliが膀胱上皮のreceptorに結合して付着する。細菌は上皮細胞内に貪食、細胞は脱落
B多核球の遊走:細菌の上皮細胞内侵入が起こる頃から上皮細胞間隙を遊走、細菌を貪食 
C尿自体の増殖抑制作用:尿pH、尿素、浸透圧、尿中免疫グロブリン

3.尿路感染症の診断の基本
診断の基本は、@臨床症状の有無、A尿中に有意の細菌尿、B明らかな膿尿、を認めることである。

@尿路感染症の臨床症状として,上部尿路は発熱,腰背部痛などの全身的な症状を、下部尿路は排尿痛,頻尿などの排尿症状が特徴である。
A有意の細菌尿としては、原則として_104CFU/ml。
有意の細菌尿を確定するためには、|細菌汚染による影響を最小限とする尿採取法を用い、}採取した検体は早く検査に移し、~尿中細菌定量培養検査によって細菌数を定量することである。
  細菌尿
| 尿採取方法:採取時の汚染を最小限とする。
a) 中間尿法
c) カテーテル尿法
d) 恥骨上膀胱穿刺尿法
( 採取方法の選択)
    成人男性:外尿道口消毒、中間尿法
    成人女性:外陰部消毒、中間尿法またはカテーテル尿法
    小児:無菌プラスチックバッグ採尿または恥骨上膀胱穿刺尿法
} 採取検体の保存:2時間以内に提出、不能なら冷蔵。
~ 判定:中間尿 105 cfu/ml以上
カテーテル尿 104 cfu/ml以上
臨床症状があり、単独菌腫では103 cfu/ml以上

B膿尿は、尿沈渣で白血球5 WBCs/HPF以上。
膿尿は、尿路感染症の間接的な診断法で、臨床的には広く用いられており、@長所、A短所を知っておくことが大切である。細菌尿患者の60-85%にWBC 10個/HPF以上といわれ、逆に無菌性膿尿の患者では、尿路結核を疑う。  
  膿尿
@長所:簡便、安価、迅速
A短所:感度、特異性に問題あり

4.尿路感染症の治療の原則
尿路感染症の治療において、@基礎疾患の治療を第一とする、A適切な抗菌剤の投与、B診断確定が疑わしい症例は再検する、C症状が消失したことで治癒と判定してはならない、といったことが原則である。

忘れてはならない治療の原則
@基礎疾患のある場合、漫然と抗菌剤の投与を継続せずにその治療を第一とする。
A投与抗菌剤は起炎菌に感受性を有し、安全かつ安価な薬剤を選択する。
 (抗菌剤の種類)
  a. ペニシリン系
  b. セフェム系;新経口セフェム薬、第一世代〜第三世代(注射薬)
  c. キノロンカルボン酸系;新キノロン薬
  d. その他;ミノサイクリン、ST合剤、アミノグリコシッド系
B臨床症状のない場合は尿培養検査を再検する。
 (起炎菌の出現傾向)
  a. 単純性:大腸菌
  b. 複雑性:緑膿菌、変形菌、セラチアなど
C最終的な治療効果は、治療終了1週後の尿培養検査で判定する。

<上部尿路感染症>
1. 急性腎盂腎炎 Acute pyelonephritis
悪感、発熱を主訴として発症することが多く、 比較的軽い側腹部鈍痛を伴う。小児では消化器症状で発症することがあるので注意する。他覚的には、脊柱肋骨角(CVA)叩打痛、尿培養検査で細菌尿を、尿検査では膿尿を認め、CRPも上昇する。治療は殺菌的に働く広範囲なスペクトルを有する抗菌剤を、2週間を目途に点滴静注する。水分摂取と安静を忘れてはならない。

2. 慢性腎盂腎炎 Chronic pyelonephritis
腰痛、易疲労性といった自覚症状で、病歴に尿路感染症の既往があるのが通常である。他覚的所見として、 尿培養検査で細菌尿を、尿検査で膿尿および軽度の蛋白尿を認め、排泄性腎盂造影(IVU)で腎杯鈍円化 (calyceal clubbing)を患側腎にみることが多い。初期治療が不完全、又は基礎疾患(注1)を有する複雑性尿路感染症を伴うことが多いので、排尿時膀胱尿道造影などの検査を行う。 尿中細菌定量培養検査は、特に汚染のない検体で判定する。治療は、感受性のある経口抗菌剤の投与を行い、治癒判定は必ず確認すると共に基礎疾患の有無は経過中も注意する。

(注1) 基礎疾患の存在
a) 尿路閉塞
b) 糖尿病
c) 膀胱尿管逆流現象

3. 膿腎症 Pyonephritis
病態としては基礎疾患が存在し、それに感染が伴って生じ、その起炎菌としてはグラム陰性菌感染が最多である。悪感、発熱を主訴として発症するので急性腎盂腎炎と類似しているがより重篤で、かつ基礎疾患への対応がなければ臨床症状の改善も期待できない。尿検査や尿中細菌培養検査は、尿路が完全閉塞された症例では所見なしの可能性もあるが、通常陽性である。 多くは菌血症となっているので血液培養検査で確認、薬剤感受性検査を直ちに行って、難治例に備える。 IVUや 腹部超音波断層検査といった画像診断法で尿路閉塞などを検索すると共に代謝性疾患の有無を確認する。
治療は、早急かつ的確な対応が不可欠であり、方針を誤ると生命の予後に影響する。治療方針としては、@早急な尿路通過障害の解除、A殺菌的に作用する強力な化学療法、Bショックなどを伴うことが多いので、循環動態の把握、補正、維持、C血液検査によりDICへの留意、が必要である。

膿腎症の治療方針
@ 尿路通過障害の除去
A 強力な化学療法
B 循環動態の補正・維持
C DICの防止

4. 腎乳頭壊死 Renal papillary necrosis
鎮痛剤の長期服用による腎間質炎、糖尿病による腎血管病変によって腎乳頭が乏血となって変性、脱落する。鎌状赤血球症でも異常ヘモグロビンの血管内凝集で、同様な変化を生じうる。                                      発熱、側腹部痛と共にほとんどが血尿を伴い、激症型では乏尿、無尿となる。尿検査では血膿尿を呈し、排泄性腎盂造影(IVU)、逆行性腎盂造影(RP)にて腎乳頭脱落(Ring shadow or Arc sign)が特徴である。尿流停滞の除去などの基礎疾患の治療と強力な化学療法が必要である。

他覚的所見
  画像診断:IVU、RPにて腎乳頭脱落(Ring shadow or Arc sign)
<下部尿路感染症>
1. 急性膀胱炎
排尿痛、頻尿、尿混濁、が3主徴といわれているが、残尿感や血尿(重症例)を伴う。尿検査では膿尿を、尿培養検査で細菌尿を認め、その起炎菌として80%が大腸菌(E.coli)である。大半は単純性尿路感染症であるので、治療は3-5日間、経口抗菌剤投与し、7 - 10日後に治癒を確認する。細菌尿の希釈、体外への排出のために水分摂取を忘れない。

2. 再燃性膀胱炎 Reccurent cystitis
一回投与量が少量、投与期間が短い、不適切な抗菌剤の投与といった不完全な初期治療が原因となって感染が遷延したものである。診断には、尿路感染症の既往や排尿状態を確認するなどの詳細な病歴が特に大切である。尿中細菌培養検査には特に汚染のない尿採取法を用い、IVU、排尿時膀胱尿道造影で基礎疾患の有無を確認する。治療は、感受性検査結果に従った7-10日間の抗菌剤投与を行う。
  
3. 慢性膀胱炎 Chronic cystitis
尿路に基礎疾患をもつことが多く、また起炎菌が多岐にわたり、複数菌感染が少なくない。診断と治療は、 再燃性膀胱炎に準じる。

<前立腺炎>
治療の面から、以下のごとく分類されている。

分類(NIH, 1995)
沍^:急性細菌性前立腺炎
型:慢性細菌性前立腺炎
。A型:炎症性前立腺関連痛症候群
。B型:非炎症性前立腺関連痛症候群
「型:無症候性炎症性前立腺炎

1. 急性(細菌性)前立腺炎 Acute prostatitis
尿路からあるいはリンパ行性の前立腺への細菌の侵入、尿道の機械的障害によって生じる。悪寒、発熱といった全身状態と共に排尿終末時痛、残尿感、頻尿、排尿困難といった排尿症状が特徴である。前立腺は腫大して、圧痛を伴い、 尿検査では膿尿を、尿培養検査ではグラム陰性菌が分離されることが多い。治療は、抗菌剤の点滴静注を開始し、症状の軽減した後に経口投与に切り替える。

2. 慢性細菌性前立腺炎 Chronic bacterial prostatitis
会陰部不快感、排尿困難、頻尿、腰背部痛といった不定な症状を呈する。前立腺の触診所見では、圧痛は軽度で、表面はやや不規則となる。 Stamey法(注1)によって診断する。治療は、前立腺組織への移行が良く、 感受性のある薬剤を4週間を目途として投与する。

(注1)Stamey法:尿と前立腺マッサージによる分泌物の検査
WBC >10個/HPF、細菌数 >103/ml(グラム陽性菌、104/ml)

尿路結核
結核菌による慢性肉芽腫性の特異性感染症の結核は、1970年代後半から著しく減少、最近は横這い傾向である。感染経路として、一次結核病巣から血行性に腎へ到達して結核病巣を形成、乾酪性変化を起こしてゆく。一方、尿路へは腎乳頭から結核菌が排泄され、尿管、膀胱に散布されて緩徐に病巣を拡大してゆく。遷延する発熱、全身倦怠感と共に、排尿痛、頻尿、残尿感といった排尿症状がある。典型的な症例では、米のとぎ汁様の混濁尿(血膿尿)を、尿細菌培養検査は陰性であるが、結核菌培養検査は陽性となる。DNAプローブを用いた結核菌のPCR法が検出に役立つ。
画像診断として、排泄性腎盂造影(IVU)の所見が重要である。膀胱鏡検査では、結核性潰瘍(周囲に発赤を伴う丘疹性結節)が特徴である。治療は、抗結核化学療法(Rifampicin, INH, ethanbutol)を6カ月間を目途に行う。尿路の狭窄による腎機能の廃絶例では腎摘除術を、また機能の残存例では時期をみて尿路再建術を考える。

IVUの特徴
a) 腎杯の虫食い像
b) 腎杯の閉塞
c) 水腎症
d) 尿管の狭小化

性感染症(STD)
STDは,性行為を介して伝播する疾患群の総称であり,淋菌性尿道炎,非淋菌性尿道炎,性器ヘルペス,尖圭コンジローム,梅毒が重要である。症状や経過からSTDが疑われる場合は,感染の機会の有無,性行為から発症までの期間〔潜伏期)の情報を得,微生物学的検査により診断し,適切な抗菌剤にて加療する。可能な限り感染源と考えられるセックスパートナーも検査し加療する。淋菌やクラミジアは性器のみに存在するのではなく,咽頭や直腸内に由来する可能性があることも念頭に置く必要がある。